第百四句
「死とは、突然に訪れるものだな」
影狼は、前のものがそうしたように井戸に前足をかけて目の前に広がる景色を見ながら着地する。すべては、敵を倒すためだ。早速飛び掛かった先にはナイフを構えた少年が立っていた。例の敵とわかる。だがその目を見た瞬間、時間が止まったような感覚がした。
すぐに意識を取り戻して再び近づくが思うように体が動かない。あっという間に間合いに入られて首元に切られた痛みを覚えた。能力の恐怖を知ったまま、その影狼はあまりにも短すぎる人生を終えた。
暁は井戸から次々と出てくる影狼を倒していた。いつも会うものと違って動きが鈍い。倒しやすいので一匹にかける時間は短いが量が多すぎて体がもたない。その横で、心は近くにあった数本の木に向かって弾丸を放っていた。今までの者より相当な大きさだ。手間取るのもわかるがなるべく早くしてほしかった。
「心!今どれくらいだ」
「まだ半分だ!」
本当は今すぐにでも倒れてほしい。だが、焦れば焦るほど位置がずれる。たったの一発にかかる責任がとても重く感じた。その様子を見ていた暁は少し声を低くしながら言った。
「能力、使え」
「……は?」
引き金から指が外れる。心はさきほど、今回は能力を使わないと自分に誓ったばかりだ。それを靴返してくる暁の言葉には驚愕しかできない。
「い、いやだ。俺はもう……」
脳内にこびりつく、春の胸にできた傷と明らかに無理をして笑っている顔。何度もフラッシュバックしてきて吐き気さえ感じた。
「誰も傷つけたくない……」
「……はぁ」
体ごとこちらに向けてため息をついた。とうとう呆れられてしまっただろうかと、心は心配になる。
「あのな、春が言ってんのは『使うタイミングを考えろ』ってことなの。使いどきってのがあんだろ?俺だってちゃんと敵に接近しねぇとこの目は見られない。そういう時は解除してんだよっ!」
影狼を斬りながら説明された理由にはとても説得力があった。確かに“木を倒す”という目標に設定すれば誰も攻撃することはない。横に身を潜めている撰者たちを見ると、緊張しながら和歌を唱えた。
そこからは早かった。暁はそれを邪魔せず黙々と影狼を倒していく。引き金をいつもの速さの倍近くで引けるほどの集中力があったおかげでちょうど井戸にかぶさる角度で倒れてくる。蓋をしてしまえば出てこないだろうというのが、心の作戦だ。暁は当たらない場所まで非難すると、完全に出てこれなくなった。
残りも協力して倒すと三人が駆け寄ってきた。まじまじと見つめていたようだが二人の戦いに圧倒されていたらしい。敵がいないと分かれば、早く春のもとへ向かう他ない。五人は屋敷まで急いだ。
御簾の中はいつの間にかきれいに片付けられており、机のそばに白菊が座っている。その後ろにはいつも通り目を細く開けている春がいた。机の上にある銀の医療用トレーには血まみれになった二つの弾丸が置かれていた。 “医者”が取り除いてくれたのだろう。
「春兄っ!」
「二人とも、お帰り」
大きく足音を立てながら白菊の隣に座った。
「本当に、本当にごめんなさいっ……。俺は自分勝手だった!」
「わかってくれたなら責めはしません。私も、貴方にあんなことを言ってしまい反省しています」
胸を押さえながら立ち上がると四人は帰る準備をした。ふと、忠岑が机の上を指さす。
「あっ!和歌の紙!」
当初の目的だった和歌の紙が、今まで何事もなかったように机の上に乗っていた。これには躬恒も驚く。
「あぁ。それ、屋敷に戻ってきたらあったんですよ。本当に不思議ですよね」
さらっと話す白菊にも驚きながら同時に紙が帰ってきたことに安堵した。
姿見の前まで送ってくれた撰者たちに革でできた小袋を渡す。いつもの記憶をなくす薬だ。だが、袋が一つ多い。
「これは……」
「それは主……いえ、友則さんの分です。もしかしたら彼にも呪いが残っているかもしれません」
照れくさそうに話す春の言葉をしっかりと受け取り、墓の前に置くことを約束してくれた。四人は振り返り、姿見の中に戻るといつものように他愛のない話ばかりをした。