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第百句

「良かったな。忘れられなくて」

春兄(はるにい)はさ、なんか、やりたいこととかないの?』


 心は湯呑に茶を注ぎながら春に質問した。少し考えてから言う。


『……今は、心がいるだけで十分かな』


 そっけない返事をされながらも納得してくれた様子だ。いつも身の回りのことを手伝ってくれる心にはとても助かっているし、感謝している。ただ気がかりなのは――質問の回答を考えているときの顔を見られていなかっただろうかということだ。口角は上がっている。だが、自分でも自覚するほど曇っていた目を、ただ知りたくて質問した彼に見られていないかというのが心配だった。





春は涼しい風の吹く縁側にちょこんと座りながら月を眺めていた。ここは本当に綺麗に見える周りに虫の音が聞こえる。ここももう夏が来ているのか。だがその顔は徐々に膝に置いた両手にまで下がっていった。


(わかっていた。主が古今和歌集の完成を見なくして亡くなったことなんてとうに知っていた)


 口角は上がったままだ。その優しそうな目を変えずにまた月を見始めた。


 春の主、紀友則はあまり恵まれていなかった。そのため、春は主のために何事も全力を尽くそうと頑張っている。これでいっそう気を引き締めた。


 その瞬間、月に影が浮かび上がった。大きくなっていくそれは間違いなく影狼だ。そばに置いていた杖を引っ張ると、まっすぐな刀身が出てきた。どうやら仕込み杖のようだ。鞘を縁側に置くと鋭い目と共に構える。


「私のような老体には杖が必要ですね」


 影狼が胸のあたりまでに来ると同時に刃の向く方向を変えて突き刺した。それを抜くと今度はそのまま左に振り、茂みから出てきた影狼の口に収まらせた。噛んで止められている間に持ち方を戻して左手を添える。一気に押し込むと顎が外れ、腹を押し付けていた足の代わりに刃を貫通させる。


 後ろに気配を感じたので振り返ると、もうすでに影人が屋敷をはびこっていた。今までのものは、春の意識を背けるためだろう。まずは屋根だ。瓦に捕まり、這いずる姿勢で止まっているのに鞘へしまった刀身を首元に当てる。もう一人も腹のあたりに強く当てると動けなくなってよろめいた。


 屋敷はあまり広くない。屋根もせいぜい三、四人しか乗れないので足を一歩でも踏み外したら落ちてしまうだろう。気絶して落ちそうになっている影人をしっかり押さえながら着地した。


 動き的に、操られてはいるがあまり細かくはない。人数が多いか、はたまた操っている場所がここから遠いかの二択だ。縁側の縁に寝かせて物音がする御簾の奥を凝視した。影人はすっかりいなくなっているが部屋はひどいありさまだ。破られた何かの紙、ひっくり返された机、これを撰者たちが見たらどんな顔をするだろうか。


(今まで影人たちが入っていたら気づくはず。じゃあいったいどうして――)


 後ろを向くと影人たちが飛び込んできた。御簾の中に入らない極限の場所まで下がって距離を取ると素早くみぞおちのあたりに鞘の先端を入れた。思ったより深く入ってしまったものもいたのか、咳をする者もいた。


 操作していた影狼は結局見つからなかった。だが、それならもうこの人たちは影人落として使われることはない、ポイズンリムーバーで毒を抜いて懐にしまうと、部屋の整理を始めた。ひっかき傷や破れた部分の数理は難しいが、物の位置などは大体覚えている。片付けている最中にふと、裏口が目に入った。


(なるほど、裏口から出て私の後ろに回ったのですね。その賢さもやはり影狼が操っている理由になる)


 その流れで考えたのは貫之に化けた影狼のことだ。裏口の開きが悪いと言っていたのは、一度影狼は扉を取り外したからだろう。ばれないように焦っていたら扉がうまくはまっていない状態になってしまったと考えたら説明がつく。片付けが終わると、影狼の襲撃に備えながら縁側に座った。

百話目を突破いたしました!今まで見てくださったみなさんのおかげです。これからも、百人一魂をよろしくお願いいたします!


百話突破記念として、番外編を16:00頃にあげたいと思います。ぜひそちらもご覧ください。

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