今更ヨリを戻せと言われても~私の新しい婚約者様!~
私から婚約拒否を言い渡されたギルベルトは、ヘナヘナと座り込んだ。
「そんな……どうして!オレにできることならなんでもする、気に入らないところがあるなら治すから!」
「悪いけど、一度あんな風に裏切られちゃったらなんて言われたってまた信用を築き直したいとは思えないよ」
「じゃ、じゃあ父上に仕えるのはどうだ!?お前も父上のことは慕っていただろう、今回の功績もあるし地位も名誉も思いのままに授けられるぞ!」
「ギュスタヴ王のことは尊敬しているけど……私はもう私の人生を生きると決めたの。王もそれを祝福してくれた」
「じゃあ、じゃあ……!オレは、どうしたら……」
ガックリと床に手をつき、ついにボロボロと涙を流し始めてしまったギルベルト。
これ以上私が何を言っても、彼の要求を1つも飲むつもりがない以上追い討ちとしかならなそうだ。どうしたものかと首を捻っていると、次に口を開いたのはエドヴァン様だった。
「黙って聞いていればお前、自分の都合ばかりでロージィのことを少しも考えてないではないか。それでよく求婚しようと思えたな……?」
「なっ、さっきからなんなんだよお前は!オレとロージィは幼馴染で婚約者だぞ!?お前に口出しする権利があると思ってんのか!?」
「『元』婚約者だろう。俺としては当然のことを言ったまでのつもりだが……権利というならそうだな、俺も彼女に婚約を申し込みたい男の1人だ。あんな情けない口説き文句を目の前で見せられたら口の一つも挟みたくなるだろう?」
「き、貴様ぁ……!」
せせら笑うように笑うエドヴァン様に、青筋を立てて今にも剣を抜刀しそうなギルベルト。彼に引き連れられていた兵士たちも「ロージィ様をこの国から奪うつもりか……?」などとざわめきながら敵意でピリついている。
「ふ、2人とも落ち着いて……」
万が一乱闘が発生したらさりげなく杖を構えつつ、彼らを宥めようとするが睨み合いが収まることはない。
これはまずい。助け舟を出してくれたと思ったが、エドヴァン様は思ったことが全部口から出ちゃうタイプなだけかもしれない……!
「……なんだ、この人だかりは?私は確か、ロージィの治療を受けて……?」
「ち、父上!!」
「ギルベルト?なぜお前がここに……?」
一触即発の空気の中、それを収めたのは目覚めたギュスタヴ王の戸惑いの声であった。
ギルベルトは剣から手を離して王に駆けつけ、兵士たちもビシィッと気をつけの姿勢で待機する。私も急いで王の下へと駆け寄った。
「王、お身体はもう大丈夫そうですか?」
「おお、ロージィ!おかげですっかり調子も良くなった、寝起きの身体だが今なら敵の10や20くらい薙ぎ倒せそうなくらいだ!」
わはは、と豪快に笑う王の姿に一旦は安心する。
「呪いで死にかけてたというのに、ずいぶん元気なご老人だな」
「……見ない顔だな。ロージィの知り合いか?」
「俺はエルフの里の王、エドヴァンと言う。人間と関わるつもりはなかったが、彼女の危機を見過ごせず参上した」
「危機だと?私の治療に来た彼女に一体なんの危機があったと言うのだ」
「コイツだ。人間界への侵攻をたくらむ深海の民が人間に化けて、そこの王子サマに取り行ってアンタの暗殺を企んでいた。その邪魔をした彼女をコイツは殺そうとした、煽動された衛兵たちを使ってな」
エドヴァン様が指差した先にはいまだ伸びきっている衛兵たちの姿。王はワナワナと唇を震わせて、動揺を隠せない様子だった。
「なんと……!真の話か、ロージィ?」
「事実です、王。私は肺溺咳の治療をしたのではなく、王の肺にかけられていた呪いを解いたのです。彼女の言動からして、王に呪いをかけたのはレイナで間違いないと思われます」
「なんと、潜り込んだ虫1匹にも気付くことができなかったとは……私も老いたものだ……」
ガックリと肩を落としたギュスタヴ王の傍に、おそるおそるとギルベルトが跪く。
「ち、父上……。もう同じ過ちは繰り返しません、今度こそロージィと共にこの国を繁栄させていきます」
「はあ!?」
いきなり何を言っているんだコイツは。
先ほどあれだけはっきり言ったのに、ギュスタヴ王にさえ話を通してしまえばなあなあで私が嫁入りするとでも思っているのか?
さすがに我慢ならず、頬の1つでも引っ叩いてやろうと手を振り上げる。だが、その手を振り下ろす前に盛大にギルベルトの身体が吹き飛んだ。
ドゴンッッ!と鈍い音と共に彼の身体が壁に叩きつけられる。
彼を殴り飛ばしたのは他でもないギュスタヴ王の右ストレートであった。「ギルベルト様!」と待機していた兵士たちが慌てて駆け寄るが「死んでいないなら放っておけ」とギュスタヴ王に冷たい声で命令されたことでピタリと動きを止める。
「我が愚息が本当にすまなかった、ロージィ。それにエドヴァン殿も」
「お、王……。ずいぶん勢いよく殴りましたね……?」
「この期に及んでも戯けたことをぬかす愚息が見るに堪えんでな。お前の手を煩わせる前に私が黙らせたまでのことよ」
なんだかんだ一人息子には甘かったギュスタヴ王の鉄拳制裁に私は少なからず動揺をしてしまうが、王と、同じくギルベルトが殴り飛ばされるのを間近で見ていたはずのエドヴァン様は平然としたものだ。
「当然の処遇だな。むしろ躾をするのが遅すぎたんじゃないか?」
「ああ……恥ずかしながらエドヴァン殿の言う通りだ」
神妙な顔でギュスタヴ王が私へと向き直る。その面持ちに釣られて、私もキリッと居住まいを正した。
「ロージィ。見ての通り、お前のおかげで私の身体もすっかり良くなった。あの愚息に余計なことを言われたかもしれんが、何も気にせずに好きな人生を送るといい」
「……っ、はい!」
ギュスタヴ王が元気になったことの安堵、背を押されたことの安心感に目をうるませて返事をすると王は優しげな笑顔で頷いた。
「話はまとまったか?なら、ロージィ。先ほどの返事をもらえないだろうか」
「エドヴァン様!返事って、移住の件ですか……?」
「ああ。それに、俺の婚約者となる件についても」
「うっ、それは……もうちょっと考える時間をくれたりとかは……?」
「本当ならそうしたいところだが、今回の件でお前個人が深海の民に目を付けられた可能性がある。本音を言うと、早く移住を決めてもらって俺の傍で保護させてほしい」
「それは……私が女神の末裔だからですか?」
移住を考える上でずっと喉につっかえていた不安。
ギルベルトは結局、最後まで私の『利用価値』しか見ていなかったように思う。エドヴァン様が良い人であるのは確かだと思うけど、同じように『女神の末裔』という価値のみ求められてエルフの里へ移住するのは心情的にはばかられた。
「それは……最初にお前の名前を聞いただけの時はそうだったかもな。だが、お前の考え方や、自分を省みないお人好しさに、俺は確かに惹かれ始めている」
話すにつれ赤くなるエドヴァン様の顔。それは以前のエルフの里からの別れ際を彷彿とさせ、まるで告白のようなセリフに私までつられて赤面してしまう。
「それって、つまり……?」
「……っ、出会ってすぐにこんな事を言う俺を、どうか軽薄な男だと思わないでくれ。お前以上に惹かれる女にかつて出会ったことがないんだ。」
エドヴァン様が跪き、私の手をそっと掬い取る。決して無骨ではないが、私のそれとは違いたくましい手のひら。涼やかな目元の黄金色の瞳は、確かな熱を持って私のことをジッと見つめていた。
「俺がお前を護りたい。どうか俺との婚約を受け入れてくれないか」
「……はいっ、喜んで!」
私は満面の笑みで彼の首元に抱き着いた。エドヴァン様は「なっ……!」と小さく声をあげて耳まで真っ赤にしていたが、私の背へとそっと腕を回し返してくれた。
顔をうずめた彼の髪から森の優しい香りがふわりと漂う。この人が婚約者だと思うと、鼓動が早まり、今までにない幸福感で胸が満ちていくようだった。