緑の魔女の本領発揮!〜ピンチに現れるのは〜
「王!緑の魔女、ロージィ様がいらっしゃいました!」
「おお……来てくれたか、ロージィ……ゲホッゴホッ!」
「ギュスタヴ王!無理をして話さないでください、今症状を見て薬を調合しますから……!!」
時は一刻を争うことと、店を空けるわけにもいかないことでリカルドには留守を頼み私1人で杖でひとっ飛びしてきたらたちまちに兵士に王の部屋へと連れて行かれた。
病床に付したギュスタヴ王は想像していたよりも遥かに顔色が悪く、話すだけでも苦しくてたまらなそうな有様であった。
「咳と笛みたいな呼吸音……重咳症の悪化?それならナナカマドの樹皮を煎じた物を元にしてポーションを……」
「良いのだ、ロージィ……。見ろ、これを」
「……っ!喀血……?」
ギュスタヴ王が見せた手のひらには真っ赤な血がベッタリと着いていた。咳と喀血を伴う病。そしてこの衰弱っぷり。
導き出される病は1つ。不治の病と恐れられている肺溺咳だ。肺からの出血を原因とした病で、肺に溜まった血を激しい咳と共に吐血するのが特徴である。
肺溺咳に限らず、病と言うのは基本的に治癒魔法では解決しない。治癒魔法というのは言わばかさぶたができて、それが剥がれて怪我が治るというサイクルを異常に早める力だ。しかし内臓というデリケートな箇所に治癒魔法をかけることは思わぬ副作用を引き起こす可能性も高く、あくまで外傷に対して使われる魔法である。
実際に肺溺咳にかかった家族を救おうと肺に直接治癒魔法をかけた結果、血の塊が肺にできてしまい窒息死した事例なども後を絶たない。
だからこそ病には私たちのような薬草に精通した魔女の出番なのだが、肺溺咳は未だに肺から出血を起こす原因がよくわかっておらず、特効薬となる薬草も見つかっていない。
できることと言えば、せめて苦しみを和らげるための鎮痛薬を調合することくらいのものだ。
「……っ、咳で喉が切れてしまったのかもしれません。診察を続けさせてください……!」
「よい、ロージィ……。それくらいのことは自分でわかる。年寄りのワガママですまないが、お前を呼んだ理由は謝らせて欲しかったからだ……」
「そんな、王が謝ることなどなにも!」
「いいや、あのバカ息子をお前の婚約者とし……お前の人生を縛り……挙げ句の果てに、知らなかったとは言えあのような暴挙を防ぐことすらできなかった。すまなかった、本当に……」
やはりギュスタヴ王は婚約破棄の件を知らなかったのか。
私はふるふると首を振る。この国を守るために王が忙殺されていたのは王妃教育を受ける日々で知っていた。
「謝らないでください!だって、だって私はこの国から……!」
この国から出ていく。そのひと言が罪悪感で喉につかえて言えない。ギュスタヴ王はそんな私の様子を見て、優しく微笑みを浮かべた。
「いいのだ、ロージィ……。王としては間違っているのだろうが、私はお前が自由に幸せになってくれるのならばそれでよい。もうお前は国のために充分頑張ってくれた……」
「ギュスタヴ王……っ!」
王宮入りしてから長らく見ていなかった、まだ私やリカルドが幼い頃に見せてくれたのと同じ優しいおじいちゃんの顔。
私は体中の血液がカッと熱くなるのを感じた。大切な人1人病から救えず何が緑の魔女か。私は病魔の原因を解明するために持ってきていた、真実を見通す媒介である四つ葉のクローバーを取り出した。
これを通して世界を見ることで、世界を形作るエネルギーがそのまま目に見えて病の原因などを探ることができるのだ。
「どうかお気を確かに、王!私が必ずや治癒してみせますから……!」
目を瞑ってクローバーに魔力を込める。隅々まで自分の魔力を通し、葉の1枚1枚が自分の目であるかのように視神経を集中させる。すると真っ暗な視界から、エネルギーが形作る世界がクローバーを通して見えた。
今までになく感覚は研ぎ澄まされており、王の身体を形作るエネルギーの流れもハッキリと目に見える。
(よし、これなら……!)
病巣であろう肺を確認すると、確かに邪なエネルギーが溜まって肺を傷付けているのがわかった。
だが、そこで気付く。今までにも肺溺咳の患者をこの方法で見たことがあったが、その時とは様子が違う。
「これは、呪い……?」
魔女として呪いの勉強は一通りしている。肺の中、巧妙に隠された小さな澱みの源。それが呪いだというのはひと目見ればすぐにわかった。
誰かが王の暗殺を企んでいる。それも、これだけ精密に呪いをかけられるなら王宮の中にいる誰かが。気が付いてしまった事実に血の気が引くが、今は解呪を急ぐのが先だ。
加工して糸状にした、邪気を払うヤドリギの枝を呪文を唱えながら杖に結び付ける。
「よし、これで……!」
最後にありったけ魔力を杖に込めて、ヤドリギの枝を通してギュスタヴ王へ破邪の魔力を流し込む……!!
パアアアアッッと部屋が光で満ちる。魔力の奔流で髪が舞い上がり、遮られた視界の中で『よく頑張ったね』と知らない誰かの声が聞こえた気がした。
光がおさまると、王は目を白黒させて自分の身体を見下ろしていた。
「なんということだ、身体がすっかり軽くなったぞ……!まさか不治の病である肺溺咳まで治してしまうとは、ロージィ、お前は本当に素晴らしい魔女だ!」
(よかった、成功した……!!)
しかし喜んでばかりもいられない。
城の者を信頼しているギュスタヴ王には辛い事実だろうが、王にはしっかりと真実を話して、呪いの主に対して警戒をしてもらわなくては。
「王、実はですね、」
「グゥー、グゥー……」
「あ、寝ちゃってる……」
王宮内に呪いをかけた者がいることを、意を決して話そうと顔を上げるとギュスタヴ王は豪快な寝息をたてて眠ってしまっていた。
これも解呪の反動だろう。ゆすっても呼びかけてもしばらく起きそうにない。私は念のため呪い避けのヒイラギの葉のお守りを王の懐に忍ばせて、王の目覚めをゆっくり待とうと傍の椅子に腰掛けたその時だった。
「悪事はそこまでですわ、ロージィ様!!」
「えっ、なになに!?」
バァン!と勢いよく扉が開き衛兵をゾロゾロと引き連れて、この場に不釣り合いなほどに着飾った少女が入ってきた。
一度しか見たことがないが、覚えている。あの婚約破棄のパーティーでギルベルトといちゃついていた女、レイナだ。
「あなたの悪事は暴かれていてよ、ロージィ様!薬草の知識を悪用して王に毒を盛ったという、死に値する悪事をね!!」
「順序が逆だよ、私は王が倒れたという報せを受けてここに来たの!」
「卑劣な工作を。やましいことがあるからあのパーティーの日にあんな逃げ方をしたのではなくって?そして王の信頼を悪用し、トドメを刺すためにここにやってきた……そういう腹づもりでしょう?」
「そんなめちゃくちゃな……!そもそも王が倒れた原因は毒じゃなくて呪いだった!王が目を覚ましたら私が解呪をしたことを話してくれる!」
「まあ、なんて恐ろしい!王は既に洗脳されて魔女の手のひらの上だと言うの……!?」
ダメだ、話が通じない。というか話をしようとしていない。
レイナが引き連れてきた衛兵はほとんど見たことのある顔だったが、彼女の言葉に踊らされて私を見る目は敵意に満ちている。これでは彼らへの説得も無駄だろう。
「さあ、大人しく捕まりなさい!すぐにあなたの一族も仲良く処刑台へと送って差し上げますわ!」
「くっ……!」
早くこのことを知らせて家族だけでも逃さなければ。
しかし私は戦闘に向いた魔女ではない、こんな衛兵に囲まれた状態ではメッセージを飛ばす魔法1つも使うことができなかった。
万事窮すか。ジリジリと迫ってくる衛兵を前にギュッ、と目を瞑ったところで爽やかな風が吹き抜けていくのを感じた。
「……やはり『保険』を掛けておいてよかった」
聞き覚えのある声に恐る恐る目を開ける。そこには、身の丈はあろう大剣を構えたエドヴァン様が私を庇うように立ち塞がっていた。