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追放されたはずなのに?〜王宮からのSOS〜

「ロージィ様。人間界に戻られる前に、里の様子を見ていきませんか?」

 

「えっ、いいの?見たい見たい!」


 帰りの案内をしてくれたのは行きに城に連れてきてくれたのと同じ兵士だった。名はアレスと言うらしい。最初は敬語で話していたのだが、畏れ多いと固辞されてしまって今に至る。

 アレスはファーストコンタクトの時の殺気に満ちた姿が嘘のように穏やかな物腰の青年だった。まあ部外者の私が挨拶もせずにうろついてたのが悪いのであって、本来はこういう落ち着いた人なのだろう。


 行きは空を飛んで一息に進んだ道のりをゆっくり歩いて進む。街並みは賑わいつつも植物と共にあり、澄んだ空気が心地よい。

 周囲のエルフはこちらを興味深そうに眺めつつ、敵意は向けられていないようだった。


「あの、アレス。私のことって里の人たちにはもう伝わっているの?」

 

「ええ、もちろん。というかちゃんと周知おかないと逸れた時に命が危ないですからね」


 最初に矢を向けられた時のことを思い出して身震いする。


「ほ、本当にちゃんとみんなに伝わってる……?」

 

「もちろんです。私たちエルフは聴力に優れており、緊急性のある連絡はこの笛を吹いて内容を伝えます。メッセージを受け取ったものは同様に笛を吹き、それを繰り返して里全体に迅速に情報共有をするのです」

 

「へえ〜!すごい便利!」


 見せてくれた笛はクルミの木でできていた。笛にするには細めの木だな、と見ていると「この笛は誕生月に合わせて全てのエルフが産まれた時に贈られるんですよ」と教えてくれた。緑と共に生きるエルフらしい素敵な文化だ。


 そのまま里を探索していると、薬草店が目に留まり立ち止まった。もし移住するならばライバル店だ。しっかり調査せねばなるまい。


「ふ〜ん、思ってたよりは品揃えも多くないのね……ってあら?」

 

「ねえ、お姉さん。お姉さんって女王様になるの?」


 並べられている植物の種類が意外と少ないことに首を捻っていると、小さな女の子にスカートの裾をひかれて声をかけられた。静止しようとするアレスを目配せで引き留めて、私は女の子に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「女王様になるかはわからないけど、みんなと仲良くなれたらいいなーって思ってるよ」

「ふぅん……そしたら女王様じゃなくてお友だちね!おみみが丸いお友だちは初めてで嬉しいわ!」

「ふふ、私もお友だちになれて嬉しいな」


 女の子はぴょこぴょこと跳ねながら、ご機嫌な足取りで去っていった。時折り振り返ってぶんぶんと手を振るものだから、私はその背中が小さくなるまで見守り手を振りかえさなければならなかったが、無邪気な子どもの好意は純粋に嬉しかった。


「ロージィ様は、こちらに移住することを決められたのですか?」

 

「うーん、どうだろう……でも、自分で思ってたよりもずっと前向きな気持ちかも」

 

「……私は、貴女がエドヴァン様の妃になってくれたらと思っております」

 

「えっ?」


 予想だにしなかった言葉にアレスの顔を見上げると、憂いを帯びた目と目が合った。


「エドヴァン様と話してどのように感じましたか?」

 

「えーっと……すごく良い人だった。不器用だけど誠実で、優しい人なのが伝わってきたかな」


 アレスは深く頷く。


「そう、エドヴァン様は孤児院の出でありながら誰よりも強く優しい御心を持つ君主です。ですが、その出自を理由にエドヴァン様を貶めようとする者がいる。私はそれが悔しい」

 

「……そうだったの」


 自分は男の王だから疎まれていると本人が言っていたが、そんな事情もあったとは。

 頬を触られただけで顔を真っ赤にしていた彼の姿を思い出す。最初は厳しい雰囲気に緊張したが、今思えばしかめ面はきっと悪意から身を守る仮面だったのだ。


「ロージィ様はエルフでこそないが女神の末裔です。貴女が王妃に迎えられれば、エドヴァン様の君主としての正当性も確固たるものになる。だから私はぜひ貴女にエルフの里を選んで欲しいのです」

 

「あなたが言いたいことはわかったけど……そういうのって私に直接言っちゃっていいの?」

 

「貴女は見る目がありそうなお人ですし、情に脆そうな人だとお見受けしたので。隠さずに話した方がいいと思いまして」


 正直なんだか確信犯なんだか。うやうやしく胸に手を当てて話す姿は『食えない男』という印象を強く抱かせた。


「……エルフの王妃って、王妃教育とか結構大変?」

 

「そうですね……。王配は政などに関わることはあまりありませんが、民の相談などを聞いたり、里や周囲の森の植生の調査を行なったりが主な業務になります」

 

「植生の調査……?」


 私はキラリと目を光らせた。それはだいぶ話が変わってくるぞ、と。

 人間界の王妃の仕事は王の補佐、社交界での人脈作りなど、とにかく窮屈。森に入るなんてとんでもないという役割だった。

 それが堂々と植物の調査を王妃の業務として行える!こんな充実した役目が他にあるだろうか。素晴らしきかなエルフの里。


「なるほどねー、うん。まあ、前向きに考えておこうかな……!」

 

「?はい、ぜひにお願いしますね」


 気持ちの天秤はだいぶ移住に傾いたが、流石に家族に事を伝えずに即答する訳にはいかない。

 いきなり足取りの軽くなった私に不思議そうな顔をするアレスに見送られて、私はエルフの里から帰還したのであった。


 

「みんな、ただいまー!」

 

「あっ姉さん……!やっと帰ってきた!」

 

 浮き足だった気分で家の戸を勢いよく開ける。

 しかし、私の帰宅に駆け寄ってきたリカルドの表情はやけに切羽詰まっていた。


「どうしたのリカルド、父さんと母さんは?」

 

「2人とも魔女の集会に挨拶回りに行っちゃってる!それより姉さん、大変なんだ!こんな書状がさっき届いて……!」


 手渡された書状を受け取り、目を通す。


『ギュスタヴ王が急病で倒れた。王は病床でロージィ・カモミールを担当医として指名している。王の容態に一刻の猶予もない、ただちに出仕するように』


 ざっくりとした内容はこうだった。

 自然と書状を持つ手に力がこもる。両親も不在、考える時間もない状態で突きつけられた選択肢。


 ここで王の下へ行くか。人間界を捨ててエルフの里へ去るか?


 リカルドは不安そうな目で私を見ていた。


(弱気になっちゃダメ、しっかりしないと!)


 母不在の今、カモミール家の魔女は私だけ。私が決めなければならないのだ。

 目を瞑って逡巡する。脳裏には先ほど出会ったエドヴァン様の微笑みとアレスの言葉、そして幼い頃に私たちの成長に嬉しげに破顔していたギュスタヴ王の顔が目に浮かんでいた。


「……よし、決めた」


 私は薬草運搬用のリュックサックをバッと手に取った。


「王宮に行くわよ、リカルド!今から支持する薬草を詰めておいて!私は工房から魔法に使う植物を用意してくる!」

 

「……!うん、わかったよ姉さん!」


 リカルドは少しホッとした顔でリュックを受け取り、薬草の置いてある店内に駆けていった。

 あんなことがあったとは言え王家とは旧知の仲、特に幼い頃は祖父のように可愛がってくれたギュスタヴ王のことを実質見殺しにしてしまうのは罪悪感があったのだろう。


(私だってギュスタヴ王のことは好きだったし、絶対に助けてみせる。でも、まだエルフの里を諦めたわけじゃない……)


 もう私は自分の望みを押し殺したくはない。

 そんな決意を胸に持って、私は久しぶりに訪れる自分の工房で急ぎ準備に取り掛かるのであった。

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