エルフの王と新たな婚約?
「わあ、ここがエルフの里……!!」
霧深い森の奥、魔術で隠された小さな木のうろを通り抜けた先にある巨大なトネリコの木。
幹が何重にも巻きつき、国1つの面積はゆうに超えるのではないかという途方もない太さの新たな幹となり、幾重にも分かれた枝の1本1本は主要な街道よりもずっと太い。
そして木の上には新たな木々が生えて森を形成し、建物が建てられ、新たな生態系を形成していた。
「特殊な形状だけどこの葉の形、何より溢れる生命力、間違いなくトネリコの木だよね?この葉っぱ1枚でもめちゃくちゃ強力なポーションが作れちゃいそう……っきゃあ!?」
人間界の植物では100年かけて育った大樹でもとうてい及ばない魔力に満ちた葉っぱを手にしてはしゃいでいると、頬スレスレをかすめて一迅の矢が飛んでいった。
おそるおそる振り返ると、こちらを睨みつけて弓を構えるエルフの兵士が立っている。
「そこの魔女さん、そこで何をしているのですか?」
「ひいっ!?す、すみません私怪しい者じゃあないんです!!」
「不審者の自己申告を真に空けるバカがどこに居るんですか?」
「本当に不審者じゃなくてっ!これ、通行証ですっ!」
さすがエルフの兵士。魔力で生成したのであろう光の弓を再度つがえて真っ直ぐにこちらを狙ってくる姿に命の危機を覚え、顔を青くして母さんから渡された通行証を差し出した。
「通行証……ねぇ。それが偽造だった場合は死罪に値すること、覚悟した上でのことですか?」
「はいっ、もちろんです!大丈夫だから確認して、できれば矢をおさめてください……!」
エルフの男は眉間にしわを寄せつつも、弓を下げてこちらに歩み寄り差し出した通行証を受け取ってくれた。………ただし背後の部下たちはこちらに向けて弓を構えたままであるが。
「エルフは外敵への警戒が凄いらしいから気をつけるのよ〜」という母さんの忠告が今更ながらによみがえる。これは人間界の魔女が近付こうとしない訳だ。
「これは……カモミール家の紋章?」
「は、はいっ。私はカミモール家現当主の娘、ロージィ・カモミールと言いますっ」
「……なるほど。あなたたち、弓を下しなさい!」
エルフの兵士がサッと手を挙げると全員がバッと弓を下ろしてくれた。そして指示を出した兵士がサッと私の足元に跪く。
「ロージィ殿、大変なご無礼お赦しください。すぐに我らが王の下へご案内いたします」
「へっ?あ、ありがとうございます?」
いきなり恭しい態度になる兵士に目を白黒させてしまう。
しかし話が早いのはありがたい。時間に余裕があれば里の植物を調査する暇もあるかもしれないし。
「杖はありますか?城までは飛んで向かう方が早いので」
「はい、持って来てます!」
先ほどまでの恐怖も脅威が去ればどこへやら。木の頂上にある城を目指して兵士たちと共に空へ浮かぶと、上から眺める巨大なエルフの里に目が奪われて再度好奇心で私の胸はいっぱいになってしまったのだった。
「王。お客人をお連れしました」
「客だと?今日は謁見の予定などは入れてなかったはずだが」
「それが、カモミール家から来客があったのです」
「……なんだと?」
扉が開いて大きな男性のエルフがぬっ、と出てくる。
里のエルフはほとんどが金髪なのに対して、透き通った銀髪を後ろで細い三つ編みにまとめた青年は、金色に輝く瞳を神経質そうに細めて訝しげにこちらを見つめていた。
「あのー、魔女の一族は人間界から逃げたかったらこちらで迎え入れてもらえると聞いて伺ったのですけれど………」
「……入れ。話は中で聞く。お前たちは下がるがよい」
「ハッ!」
執務室でいきなり王様と2人きり。急展開にどうしたらいいか固まっていると「そこに座るといい」と執務机の前にいつの間にか現れた椅子を勧められた。
言われるがままに着席する。青年もまた自らの椅子に腰を下ろし、そしてゆっくりと口を開いた。
「俺はエルフの王、名をエドヴァン・リーガルと言う。カモミール家の娘、お前の名は?」
「ロージィです」
「そうか、ロージィ。カモミール家はどうして里で暮らしたいと?」
私は事情を話した。
話を聞いたエドヴァン様は少し考える様子を見せたが、難しそうな顔は緩むことがない。
「あの……もしかして里で暮らすのは難しいのですか?」
「いや、そういう訳ではない。むしろお前たちは盛大に歓迎されるだろうが……まあ順を追って説明しよう」
エドヴァン様が宙を指さすと、空中に少女がさらに幼い子どもを大事そうに抱きかかえる浮かんだ。
「これは……?」
「里に伝わっている魔女の始祖ワルプルギスと、お前の家の始祖カモミールの絵だ」
「えっ?でもワルプルギスって人間界で旦那さんを見つけたんじゃあ……?」
「魔女の間では格差が産まれないようにこの話は意図的に伏せられていたのかもな。ワルプルギスは幼い頃、大地の女神に見初められて子をもうけている。その末裔がお前たちだ」
言われてみれば幼子の方はカモミール家の特徴である、黄色い円状の模様が額に描かれている。
そんな、こんな事があっていいのだろうか。
「女神様とワルプルギス様って、女の子同士じゃないですか……!」
「食いつくのはそこか?」
私の驚愕は呆れた顔でツッコまれつつ「まあ神のすることだ、男も女もなかろうよ」と軽く流されてしまう。
「とにかく、大切なのはお前たちカモミール家が女神の末裔であることだ。それは何代も人間と交わった後でもなお、エルフの間では尊ばれるに値する」
「そうなんですか。なんか仰々しくて嫌ですねえ……」
王子の婚約者という仰々しい肩書きで散々な目に遭ったことを思い出し、つい素直な感想が口をついて出てしまってからハッとする。
今の発言はエルフの信仰する女神を否定することになっていないだろうか。
(ここで王様のエドヴァン様を怒らせたら移住計画がおしゃかになっちゃう……!)
「……そうか。お前は女神の加護をそう思うのか」
しかし予想に反してエドヴァン様の表情は柔らかい。
というか今日初めて、うっすらとはいえ微笑んでいるところを見たかもしれない。しかめ面だと厳つい印象だが、笑うと一気に雰囲気が優しくなって顔の良さが引き立っている。
って、そんな見惚れている場合じゃない!
「だが、それならばお前にはここに移り住むのも辛いことになるかもしれんぞ」
エドヴァン様の微笑みはすぐになりを潜めて元の難しい顔になってしまった。私もキリッとした顔をとり繕い、居住まいを正す。
「辛いこと、とはどういうことでしょうか?」
「見ての通り、俺は男だ。本来は女王の血筋が里を治めるはずが、女王の血筋が途絶えてしまったので女神の御前試合で優勝した俺が長となった」
エドヴァン様が顔の前で組んだ手はゴツゴツとしていて、鍛錬をかかしていないことが見て取れた。
「だが、魔法の扱いに劣る男の俺が優勝するとは思わなかったんだろうな。女神と異なる性別である男の俺が王なのを面白く思わない奴らも多い。そこに女神の末裔であるお前が来てみろ、あっという間に俺の婚約者にでも祭り上げられるぞ」
「ええっ、婚約者!?」
嫌な思い出しかない単語に思い切り顔をしかめてしまい、また失言をやらかしたことに気づく。
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いや、構わん。先ほど聞いた事のあらましからお前の気持ちは理解できる。まあ、出来るだけ悪いようにはしないよう俺も手を回してやるが、ここに再び訪れるならばそれなりの覚悟をしてくるといい」
「はい、ありがとうございます」
エドヴァン様の気遣いが心に染みる。同じ王族でもギルベルトとこうも違うものか。
内心感動しつつも一礼して執務室を後にしようとすると「ちょっと待て」と引き止められた。
「はい、なんでしょう……っ?」
振り返ると右頬にそっと手を添えられる。
いきなり何!?ていうか近い!!大きくなってからは弟以外の男性にこんなに近付かれたことがなく、ピシリと固まってしまう。
「これでよし、と。外に兵士を待たせているから里の出口まで案内してもらえ」
「え、は……?なんですか今の……?」
「今の……?帰る前に傷を治してやっただけだが」
エドヴァンは「嫁入り前の娘に傷をつけて帰らせるわけにはいかないからな」とあっけらかんとしている。
触れられた頬を自分でも触れば確かに傷がなくなっている。しかし、ちょっとデリカシーがないのではないかこの男。
「お気遣いはありがたいですが、いきなり異性の頬を触るのはどうかと思いますよ」
「む、そういうものなのか?」
「そうですよ、ほら。いきなりこんな風にされたら驚くでしょう?」
ペチリ、とはたくにも満たない強さでエドヴァン様の頬に手を添える。ちょっとした意趣返しのつもりで、少し照れたりでもすればいいと思ったのだが、予想と反対に彼の顔は真っ赤に染まった。
「い、いきなりなんだ!恥ずかしい女だなお前は!」
「恥ずかしい女とは失礼な、エドヴァン様が最初にしてきたことですよ!」
「う……す、すまなかった。仕事以外で女と関わることはほとんどなくてな。距離感がわからず不快な思いをさせた」
「不快は大げさですよ、驚いただけで……。私の方こそ、ケガを治してくれたのにお礼も言わずごめんなさい。ほら、そんなに落ち込まないで顔を上げて」
あんまりにもしょんぼりとするので可哀想になって逆にこちらが慰めることになってしまう。
顔を上げたエドヴァン様は叱られるのを待つ子どものような表情をしていて、たくましい男の人のはずなのにとても可愛く見えた。
「今すぐに結論は出せないけど、また近いうちに報告に来ますから。その時はよろしくお願いしますね」
「……ああ。よろしく頼む」
右手を差し出して握手を求めると、微笑みとともに手を握り返してくれた。
また王族の婚約者と聞いた時にはかなりショックだったけど、少しだけ前向きに考えてもいいかもしれない。私は入室時よりも遥かに軽くなった足取りで今度こそ執務室を後にしたのだった。