第37話 転校
ホタルが転校します。その周辺の話ですね。
夏休みも終わりが近づいていた。
ホタルが、葵井の実家に帰る日の前日。
最期の晩餐だ。
「うわあ、すごい料理!私の大好きなものばかりある!」
ホタルが、歓喜の声をあげる。
「りょうり~、りょうり~、わーい!」
弟の純華もフォークを持ちテーブルを叩く。
夏休みの間プリマヴェーラを手伝ってくれたホタルに感謝を示したかったので、僕は腕によりをかけて準備した。
ホタルの好きなカフェメニューのハンバーグ、エビフライ、ナポリタンのパスタ、彩豊かな森のサラダなどをテーブルに並べた。
「カフェを手伝ってくれたお礼と勉強も頑張れ、という学校生活への激励を兼ねてね」
「ありがとう!勉強は余計だけど、どれから食べるか目移りしちゃうよ。プリマヴェーラの料理はみんな美味しいから」
そして、心ゆくまで楽しんだ食事の後、ホタルが口を開いた。
「決めた。私、ここに住む!」
「え?」
突然の表明に僕は、驚く。
「だって、こんな美味しい料理、神奈川に戻ったら食べられないし」
「いやいや、こういうのは毎日出ませんので」
料理だけで、大事なことを決めるのは、やめましょう!
「料理だけな訳ないでしょ。そこまで食いしん坊じゃないわ。私も色々考えて決めたのよ」
「引っ越すって、学校は?ここからじゃ、通えないでしょ?」
ホタルの住む神奈川県の横浜の辺りとここ緑ノ里は、電車だと3時間位かかるし、車でも150Km以上ある。
僕は、当然の疑問をぶつけた。
「おねえちゃんといっしょ、おねえちゃんといっしょ・・・・」
純華は、喜んでいるが・・・。
「私、こっちの高校に転校する!」
「ええッ!」
またしても、驚いてしまう。
「調べていたの。この学校。市立北里高校(架空です)。自由な校風ってとこにとても興味を感じたの。私、ここに通いたい」
「北里高校?この辺では、有名な進学校だけど、結構偏差値高いよ。転入試験もあるだろうし」
「えへん、今の学校も偏差値高いし、私は、こう見えて結構頭がいいのですよ」
ホタルは、立ち上がり、胸をはる。
ホタルは、中高一貫の女子高等学校に通っていた。神奈川でも結構有名な女子高だ。中学から通っているので、高校受験はしていないと思うが。
「今は勉強嫌がっているけどね」
ホタルの頭の良さを疑っている訳ではないが、ここはクギを刺す。
「グサッ!」
ホタルは、核心を突かれて胸を押さえる。
「とにかく、私は、北里高校に通いたいの。ここで学ぶことにとても意義があると確信するわ。それに、ここで暮らせば、プリマヴェーラも手伝えるでしょ?」
「ホタル」
最期の言葉に僕は反応し、真剣な表情をホタルに向ける。
「な、何?」
「無理しなくていいんだよ。僕は、ホタルが、プリマヴェーラをやりたいという気持ちだけで嬉しいから。カフェは、君が学校で勉強し、色々経験した後でいいと思う。急いで決める必要なんてないんだから。今は、勉強もして好きなことをやればいい。青春は、今しかないし、泉天さんだって同じ気持ちだと思う」
「だから、私は、この学校に転校するのよ。ここに住んでみてわかったの。私はここが大好きだって。純華と暮らしたいし、○○とももっと・・」
「え、僕とも?」
ホタルは少し顔が赤くなっている。
「と、とにかくおばあちゃんには悪いけれど、私の居場所はもう神奈川じゃなくて、ここなの」
ホタルの決心は、固いようだ。なら、僕はもう何も言うまい。
「わかった。なら、勉強頑張らないとね。転入試験は甘くないだろうから、僕もできる限りサポートするよ」
「うん、やるわ。本気の私を見せてあげる!」
ホタルの眼は、メラメラと燃えていた。
幸いなことに、市立北里高校の4月からの編入枠があった。
ホタルの実家の祖母の葵井さんには当然のことながら、かなり反対された。しかし、ホタルの本気度と熱意に負けて転入試験に合格すれば、良いことになった。
僕は、ホタルの試験対策など、出来る限りサポートした。北里高校の授業を調べて、試験問題を類推し、それをホタルに提供したり、面接対策も、試験直前に行った。
そして、ホタルの市立北里高校の試験の日がやって来た。
春先のまだ寒い日だ。
僕は、ホタルを送り出すことしかできない。
結局、頑張るのはホタル自身だ。
そう思うと、歯がゆい。受験に子供を送り出す親の気持ちがわかる気がした。
学校まで、車で送り、ホタルを送り出す。
「緊張しすぎないようにね。ここまで頑張ったんだから、自信を持っていこう」
「おねえちゃん、がんばれー!」
純華と二人で、声援を送る。
「あ、ありがとう。やってやるぜ。イエイ」
少し緊張が見えるが、闘志の方が上回っているようだ。ホタルは右腕のチカラコブ見せるポーズをした。
そして、校門をゆっくりと潜って行った。
試験が終わる頃、車でホタルを迎えに行き校門近くで待っていた。
ホタルが、見えた。
こちらに気付き、ホタルは駆けて来た。
「試験はどうだった?」
「面接は、緊張したけれど、もうやることやったし、大丈夫・・かな。イエイ」
ピースマークを見せ、強がるホタルだ。
「うん、きっと大丈夫だよ。頑張ったからね」
僕は、無意識にホタルの頭に手をやり、よくやったと頭を撫でていた。
あ、しまった!
「あ、ありがとう」
ホタルの顔に少し朱が混じっているように見えた。怒ってはいないようだ。
僕は、ホッとした。
そして、ホタルは、見事に転入試験に合格し、高校2年から、市立北里高校に通うことになり、僕等とここ、『緑ノ里』で一緒に暮らすことになった。
今日は、ホタルの高校2年生の始業式だ。
初めて市立北里高校に通学する。
僕は、ホタルを車で近くの緑ノ里駅まで送った。彼女は、エンブレム入り紺のブレザーと赤いチェックのスカートの制服の上に紺色のコートを着ていた。緑ノ里は高地にあるため、4月でも朝は冷える。
「では、行ってきます」
敬礼してアピールする。
ホタルは敬礼ポーズが好きなようだ。
「学校まで送ったのに」
学校までは、車だと15Km位なので、30分もかからない位だ。電車だと乗り換えもあり、駅から学校までの徒歩期間を含めると1時間以上はかかる。
「これから毎日通うんだから、迷惑はかけたくないもの。駅までで十分だよ」
ホタルは、首を横にふる。
「そう、いってらっしゃい。友達が早くできるといいね」
「うん、そうだね。えい!」
そう言って、ジャンプして電車に乗り込むホタルを見送った。
その日は、カフェの仕事をしていても、ホタルのことが気がかりで仕方なかった。
一人ぼっちになっていないかな?
でも、あのキャラなら大丈夫かな。すぐに溶け込んで、友達ができそうだ。
そんな風にも思い、クスリと笑みが漏れる。
授業についていけるだろうか?
最近は、結構勉強を頑張っていたから、だい・・。
いや、合格がわかってからは、疎かにしていたぞ!
ここは心配だ。
いじめられたりしないだろうか?
い、いきなり、それは無いだろう。
色んなことが頭に浮かび、心配してしまう。これは親心というものだろうか、とふと思ったりしていた。
一応、僕にも純華というホタルとは異父の可愛い息子がいるのだから。その純華は、近くのテーブル席でお絵かきをしていた。お客さまと和気あいあいとしている。純華は、髪もボブヘアで見た目が女の子っぽい。服装もホタルが女の子っぽいのを着せるため、始めてのお客様には、大抵女の子と間違われる。
「そう言えば、ホタルは今日から学校だっけ?」
いつものようにランチタイムに来ていた関さんが、声をかけてくれた。
「はい」
「心配なんだろう?なんかずっとそわそわしているぜ」
「そう見えますか?確かに少し心配していますね」
「○○君も、親だねえ」
関さんと近藤さんが、うんうんと頷いた。
「ハハハ・・・」
照れ笑いするしかない。
夕方、僕は純華と駅まで車でホタルを迎えに行った。
2両列車の電車がやって来て、止まり、ドアが開く。
「よっと!」
飛び跳ねながらホームに降り立つホタル。僕等を見つけると、駆け寄って来た。
「ただいまー!」
また敬礼ポーズを取るホタルだ。
「お帰りなさい」
僕は、明るいホタルを見てホッとした。
「おかえりー」
純華と声を合わせる。
車の中で。
「学校はどうだった?楽しかったかい?」
「うん、友達もできたし。というか、みんな自分から声かけてくれるの。こういうの神奈川ではあまり無いから、ビックリ」
「そうか。良かったよ」
僕は、安堵した。
「何で○○の方が、心配しちゃってるの?」
「そりゃあ、心配するでしょ。僕は、葵井さんから君を預かっているんだし、親代わりだからね」
「それだけ?」
ホタルは、僕に視線を向ける。
「え?うん」
「そう」
ホタルは、視線を逸らし窓の外の景色に眼を向けた。
転校してからのホタルの学校生活は順調だ。
部活も始めて、ダンス部に入ったようだ。新しいことを始めようと思ったようだ。身体を動かすのが好きな彼女に向いている。
授業の方も毎週試験があるようで、以前は、あまり見えなかったが勉強も自分からきちんとしていた。
平日は学校の授業がみっちり詰まっているのと部活で、カフェの手伝いは学校が休みの土曜日にしてくれていた。
高校では、ホタルは泉天さん譲りの器量と、持ち前の明るいキャラで早くも人気者になったようだ。
学校は、カフェからだと電車を乗り継いでいくため時間がかかる。自転車通学も坂道が続くため、難しいのだ。なので、寝坊などで、遅れそうな時は、車でホタルを送っていくことになる。
実は、これが意外と多いのだが・・・。
「いつもごめんなさい・・・」
とその度に凹んで謝罪するが、一向に減らない。
まあ、元々学校までの送り迎えを想定していたので、気にしていないのだが。
部活もやって夜遅くまで勉強していたりもするので、仕方ないと思っている。
とある日。
ホタルがまた寝坊して学校まで車で送って行き、学校の前で、ホタルを降ろす。
「ありがとう」
ホタルが、急いで車を降りると、校門に駆けだす。
「ホタル、お弁当忘れてる!」
僕は、車の後部座席を確認すると、作ったお弁当が入ったカバンがあった。
「あ!」
これもいつものことだ。
僕は、車から降りて、お弁当を渡す。
「慌てないの」
「テヘヘヘヘ」
ホタルは、照れ臭そうに受け取ると、校門に走った。
僕は、彼女の後ろ姿を見送った。
友達と会い、仲良さそうに校舎に向かうのを見て、ふと笑みが漏れた。
ホタルの学校生活は充実しているようで、安心した。
「さて、戻ってお店、お店っと」
自分も頑張らないといけないと、活を入れた。
(つづく)




