表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/35

第35話 祖母(おばあちゃん)の涙

新しい女子高生ヒロインのホタルの話が続きます。

 ホタルが暮らしている葵井あおい家は、泉天いずみさんのご主人だった○○(偶然だが、僕と同じ名前)さんの神奈川県にある実家だ。


 ホタルは、ここで父方の祖父母と一緒に暮らしていた。


 僕は、直接会ったことはなかったが、先日、祖母おばあさんの方の葵井さんと電話で話をしたのだが、険悪な状態で切られてしまった。


 このままではまずい、と思っていた。


 そのことを泉天さんのお母さんに電話で伝えると、ホタルが葵井家で生活していることについて色々教えてくれた。



 葵井あおいさん(※1)は、息子の○○さんが亡くなったことを、泉天さんに原因があると思いこんでいた。○○さんは、ここ『Cafe・プリマヴェーラ』を一人で開業するのに、心身をすり減らし、過労で亡くなったとを泉天さんからも聞いていた(※2)。泉天さんはそのことで自責の念に駆られていたから、葵井さんに反論しなかったのだろう。


 ※1 葵井はホタルの父方の祖母のことを差します。祖父は登場しないのでこうします。

 ※2 ここは、「第5話 そのカフェの女店主の秘密」で泉天が告白しています。



 泉天さんは、カフェの準備が一段落したら、ホタルを迎えようとしていたようだったが、ホタルは葵井家で育てると、葵井さんは頑なに許さなかったという。ホタルの方も、迎えに来ると言っていたのに中々泉天さんが来なかった(ここには誤解もある)こともあり、泉天さんへの反発心があり、泉天さんと生活することを選ばず、自分の意思で葵井家にいることを選んだと、先日、ホタルから聞いたところだ。


 そんなホタルが変わったのは、泉天さんの死がきっかけだった。そして、プリマヴェーラに、ゴールデンウイークにやって来て、父と母の想いに触れたことで、心境がガラリと変わったのだろう。しかし、葵井さんには、ホタルの想いというものが伝わらなかった。だから、ホタルは、今回家出するように出て来たのだ。




 それから数日して、当の葵井さんがやって来た。


 暑い夏だが、ここは高原であることもあり、スッキリと晴れ、過ごしやすい日だった。


 お客様も大分引けた、午後3時頃に葵井さんは、突然やって来た。


 還暦を少し過ぎたというが、ほっそりしていて、年齢よりもとても若く見えた。グレーの女性のスーツを上品に着こなし、やり手のキャリアウーマンのように見えた。投資や起業などのコンサルタントの仕事をしているという。仕事をしながら、孫のホタルを育ててきたという自負もあるのだと思う。



「ようこそお越しいただきました。○○です。どうぞ、中にお入りください」

 僕は、カフェのドアを開け、中へ入るよう案内する。

「・・・・」

 葵井さんは、僕を見るなり、少し驚いたような表情を見せていた。

「どうかしましたか?」

「ウフン、な、何でもありません・・・。ホタルの祖母の葵井です。今日は、時間を頂きましてありがとうございます」


 咳払いをし、挨拶した後も、何度も僕の顔をチラ見している。


「あ、あなたが、息子の後の泉天さんのご主人なのね?」

 先程から何か少し動揺しているようなのだが・・・。


「正式には、泉天さんと結婚していませんでしたが、僕はそのつもりでした。僕は、今も泉天さんを愛していますので」

「そう。でも、泉天さんも薄情なものね。息子が亡くなったからって、若い男に目を移すなんて」

 葵井さんは、僕と視線を合わせないように横を向いて言った。


「反論するつもりはありませんが、泉天さんの心の中には、ずっとご主人の○○さんがいました。でなければ、このカフェを○○さんが亡くなったあと一人でやろうとなどしなかったでしょう。僕は、泉天さんを知るうちに、そんな泉天さんを支えたいと思うようになったんです」

「・・・」

 葵井さんは、言葉に詰まり俯いた。


「葵井さんは、プリマヴェーラ(ここ)は初めてですか?」

 気まずくなったので、話題を変える。

「ええ。興味が無かったですし、仕事も忙しかったものですから。そ、それよりもホタルに会わせてもらえますか?私は、わざわざ時間を作ってあの子を迎えにきたんです。こんな場所にいつまでも置いておけないの。あの子は、今大事な時期なのですから」

 葵井さんは、一刻も早く用事を済ませたいようだ。腕時計を見て、時間を気にしている。


「はい、ホタルには、お会いいただきますが、・・・」

「孫を呼び捨てなんて失礼ですね」

「すいません。彼女がそう呼ぶように言うものですから」

「ホタルが?あのホタルがそんなことをあなたに?」

「はい、そうですが・・・」

「まあ、いいわ。早くホタルを連れて来てください」

「わかりました。その前に、コーヒーなどいかがですか?」

「そうね。喉も乾いたし、いただこうかしら」

「では、少々お待ちください」


 僕は、葵井さんに是非、プリマヴェーラ(ここ)のコーヒー飲んでもらいたかったので、了承されて嬉しくなり、笑顔を葵井さんに向けた。


 しかし、葵井さんは、ハッとしたように顔をそむけた。


 僕は、いつもどおりだが、少し緊張しながらコーヒーを淹れた。

「どうぞ。こちらが、当プリマヴェーラ自慢のブレンドコーヒーです」

 葵井さんは、香りをかぐと、ピクリと目元を動かした。

「この香りは・・・」


 そして、ゆっくりと一口啜った。


「美味しい・・・」

 葵井さんのその言葉は自然と発せられたように感じた。


 葵井さんは俯いた。

 

 少し間をおいてから言った。


「懐かしい。これは、とても懐かしい味です」


 葵井さんが顔を上げると、その眼が少し潤んでいるように見えた。


「このコーヒーは?」

「泉天さんから教わった味です」

「泉天さんから?」

「はい。でも、中々この味が出せないことに悩んだ時もありました。僕は、このコーヒーに救われたんですよ」


 僕が、初めてプリマヴェーラに来て、泉天さんと出会った時のことを手短に話した。このコーヒーは、僕が絶望して自殺しようとした時に泉天さんが出してくれたもの。その温かさに、僕は救われたことを話した。


 葵井さんは、それを黙って聞いていた。


「このコーヒーは元々泉天さんのご主人の○○さんの味です。本当に美味しいコーヒーです」

 僕も自分のコーヒーを啜る。

「・・・・」

 葵井さんが俯き、その肩が少し揺れていた。

「ありがとう・・・」


 僕は、思いがけない言葉を聞いて少し驚き、葵井さんを見た。


「本当に美味しい。心に染みたわ。久しぶりに息子に淹れてもらったようだった。すぐ傍に息子を感じたようで。○○さん、ありがとう」

 葵井さんは、顔を上げると、目元が潤み、涙が頬を伝う。

「あら、やだ。私ったら」


 葵井さんは、ハンカチで涙を拭う。



 カランカラン!


 カフェのドアが開くと、ホタルが駆け込んできた。


「おばあちゃん!」 

 その声に、葵井さんが振り返る。



「おばあちゃん、私をここにいさせて。お願い!」

 葵井さんの近くまで来ると、ホタルは必死な表情で訴えた。

「ホタル・・・」

「どうしても私ここにいたい。パパとママが作ったこのカフェをもっと見ていたいの。お勉強だってここでするから」

 葵井さんは、ホタルを抱き寄せた。

「ホタル、ごめんね」

「おばあちゃん?」

 ホタルが驚いて、顔を上げる。

 微かに、葵井さんの肩が震えているようだ。

 ホタルは、眼を閉じて、葵井さんに身を委ねていた。



 葵井さんは、暫くホタルを抱きしめた後、ホタルを放して静かに言った。


「私が、何もわかっていなかったようね。泉天さんのことも、このカフェのことも、あなたの気持ちも」

「おばあちゃん」 

「このコーヒーを頂いて気づいたのよ。息子がやりたかったことがまだここにあるって。そして、ホタル、あなたはそれに気づいたのよね?」

「うん。ここには、パパとママがやりたかったことがあるの。だから、私もここにいて、もっと見たいの」

 ホタルが頷いて、力強く言う。


 葵井さんは、頷くと僕の方を向いて言った。


「○○さん、ありがとう」

「いいえ、僕なんか何も・・・」

 僕は、恐縮して言う。

「いいえ、本当に美味しいコーヒーを頂きました。息子に言われているようだった。『母さん、これが俺のやりたかったことだよ』と。私が間違っていたわ」


 葵井さんが頭を下げた。


「あの、頭をあげてください。気にしていませんので」

「それに、○○さん、泉天さんが、あなたを好きになった気持ちがわかりました。あなたは、息子に似ていますね」

「そんなことは・・」

 僕は、言葉に困ってしまう。


 葵井さんは、ニコリとしてホタルの方を向く。

「ホタル、もうあなたの好きにしなさい。まだ子供だと思っていたけど」

「おばあちゃん!」

 ホタルは、嬉しそうに僕の方を見た。

 僕は頷く。


「ただし、お勉強はしないとダメよ」

「わ、わかっているわ」

 ホタルのテンションが急に下がった。

 さっき、勉強すると言ったと思うのだが。


「ご安心ください。ホタルの勉強は、僕が看ますので」

 余計なことを、と言う様に、ホタルが僕を小突いた。

「痛て」

  


「うふふふ、では、ホタルを頼みますね」

 そう言うと、葵井さんは、席を立った。


「では、失礼するわ」

「おばあちゃん、もう帰っちゃうの?泊ればいいのに」

「私も忙しいのよ。あなたのために、ここまで来たけれどね」




 僕とホタルは、県道に面した駐車場まで葵井さんを見送る。


 葵井さんは、サングラスをかけると、シルバーのAクラスセダンのべ〇ツの運転席に乗る。


「では、○○さん、ホタルを頼みます。それと・・・」

 最期の方は、手招きされたので、僕が耳を近づけると、小声で言った。

「そ、そんなことは思ってもいませんので、ご、ご安心を」

「あら、そうなの。残念ね」

 葵井さんは、微笑を浮かべる。


 この人は、意地悪な人だと思った。


 ホタルが、キョトンとして見ていた。



「ホタル、ちゃんと勉強するのよ。○○さんを困らせちゃダメよ。じゃあね」

「うん」


 べ〇ツが、低いエンジン音を響かせ、県道へと滑り出して行くと、見えなくなるまで、僕等はそれを見送った。


「元気なおばあちゃんだね。さあ、戻ろうか?」

「うん」

 

 2人でカフェへの林道を歩いていると、ホタルが言った。


「ねえ、おばあちゃん、さっき何て言っていたの?」

「え。ああ・・・。そうそう、ホタルをよろしく頼むって」

 僕は、頬を搔きながら、誤魔化すように見え見えの嘘を言う。


「うそ!」

「うそじゃないよ」

「うそだ!」

「うそじゃない!」

 僕は、ホタルから逃げるようにカフェの方に走りだした。

「こらー、教えろー!」

 ホタルは、僕を後ろから追いかけて来る。


「教えろーーーーーーっ!」

「うわーーーーーーーっ!」


 深緑の森の中に奇声が響いた。


                    (つづく)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ