第34話 家出
泉天さんの娘のホタルが、夏休みにプリマヴェーラにやってきた。しかし、それには、トラブルが伴っていました。さてさて、どうなることやら・・・。
その年の夏。
ホタルは、学校が夏休みに入ると、宣言したとおりに早々にここ『Cafe・プリマヴェーラ』にやって来た。
というか、夏休み初日にいきなりやってきた。
僕は、これには驚いた。
閉店時間となり、お客様もいなくなっていたので、『close』の看板を掲げようとお店の外に出た時に突然やって来たのだ。
後ろを振り返ると、ホタルが立っていたので、僕は驚いてヒィーと情けない声をあげてしまった。
ホタルは、高校の制服姿だった。青いブラウスに赤と紺色のチェックのスカートだ。そして、紺色の長いソックスにローファーの靴。それに大きな黒いリュックサックを背負っていた。髪も前は長かったが、ボブヘア位の長さに毛先を切り揃えていた。
ハッキリ言って、制服とマッチしていてとても可愛い。
「まさか、こんなに早く来ると思わなかったよ。連絡してくれれば、駅まで迎えにいったのに」
情けない声をあげてしまったことを誤魔化すように言う。
よく見ると、少しやつれているように見えたのが気になった。
「早く来ちゃまずかったの?」
ホタルは少し不機嫌そうだ。
「いいや、歓迎さ。夏休み中は忙しいから人手が欲しい位だからね」
「この辺って良いところなのに、駅の周りとか人気があまり無くて寂しいね」
「昔はリゾート地として賑わっていたみたいだけど、ブームが去り、観光客が離れ駅前のホテルなどが潰れ、商店街は衰退し、シャッターを閉じた店が多くなっているからね。観光で来る人も電車よりも車だから駅前は、ホント寂しくなっているね」
「おねえちゃ~ん!」
そこに純華が、ホタルの声に気づいてお店からヒョコヒョコと出て来た。
純華は、もう4歳になっていた。
「キャーッ、純華会いたかったよー」
ホタルが純華を抱き寄せると、純華の頬に自分の頬をスリスリしている。
純華はくすぐったそうにしているが、嬉しそうだ。
姉弟仲が良いことに僕は嬉しくなる。
「ああ、疲れたー。純華、お姉ちゃんとお風呂に入ろうか?」
「うん!お風呂、お風呂!」
僕がそんな二人のやり取りを微笑ましく見ていると、ホタルがキッと僕を見る。
「な、何よ」
ホタルが、顔を少し赤くして僕を見た。
え、何だ?この反応は?
「エロおやじ・・・」
すれ違い様のホタルからの一言はきつかった。
ううう、まだ30歳なのだが・・・。しかもエロって・・・。
しかし、悲しいが、高校生からすればオジサンか。
はあ、年頃の女の子の心は読めない。
「ふう」
口から落胆の溜息が漏れる。
家の中に入るとホタルがボソリと言った。
「その、着る服がないんだ・・・」
「え?その大きなリュックの中は?」
「教科書とかだし・・」
そう言えば、何で制服のまま来たのか気になっていたが、ホタルが横を向いていて話したくなさそうに、前髪をいじっている。
「そう。服は、泉天さんのがあったと思うから、それを着てみたらどうかな?体形も合いそうだし」
「え?」
「今はそれで我慢して。後で服をネットで探してみようか?」
「とりあえず、ママの服でいい」
ホタルは、泉天さんの部屋へと入って行った。
ホタルと純華がお風呂から出て来た。
ホタルは白い無地のノンスリーブのシャツと青いホットパンツという恰好だ。
少し大きめだが、とても似合う。
思わず見とれてしまう。
「ママ、こんなの着ていたんだ」
ホタルが僕に見せるようとするかのようにクルリと回る。
「・・・」
「何?」
「あ、いや、何でもないよ。さあ、長旅で疲れたよね。食事にしようか」
いかん、いかん。
またエロイオジサン扱いをされてしまう。
そう言えば。
泉天さんがこの格好をしていたとき、緊張したのを思い出した。
自分の頭をコツンと殴り、キッチンに立った。
邪念を振り払わねば。
その日の夜遅くに、泉天さんのお母さんから電話が入った。
ホタルも純華も、もう寝ていた。
仲良く一緒の布団で寝ていた。
「○○さん、ホタルがもしかして、そちらにお邪魔していないですか?」
「え?はい、来ていますよ。もう寝ていますが。それがどうかしましたか?」
「ああ、良かった。見つかって」
お義母さんが安堵のため息を漏らす。
「やはりね。あの子、実家の葵井さんには黙ってそちらに行ったようなのよ」
葵井は、泉天さんのご主人の実家だ。
「はあ?」
「実は、・・・」
お義母さんから経過を聞く。
「ええッ!」
僕は、驚きの声をあげた。
お義母さんの話によると、ホタルは、実家の葵井に内緒でここにやって来た。
終業式の日に葵井の祖母と喧嘩になったようだ。そして、家出するように出て行ったと言う。
そうか。じゃあ、昨日はどこかで夜を明かしたのだろう。
だから、ホタルは制服のままだった。
「そうだったんですか」
「無事でよかったけれど、明日、迎えにそちらに行くわね」
「お義母さん、ホタルは何でご実家に黙ってここに来たのでしょうか?」
「さあ、それは・・・」
「そうせざるを得なかったんじゃないでしょうか?」
「・・・・」
僕は、決めた。
今このままホタルを帰すのは良くない。
彼女の中で、今何か変化が起きているだろう。
そこを捉えてあげないと。それが大人の責任だと思った。
「お義母さん、ホタルのことは一先ず僕に任せてもらえませんか?」
「え?」
「ホタルに僕の方から訳を聞いてみます。ホタルは、カフェを手伝いに来たと、そう言っていましたし。僕の方で本人の気持ちを確認しておきますから」
「でもね、葵井さんの方が、お怒りになっていて・・」
「お義母さん、ここはホタルの気持ちが大事じゃないでしょうか?」
僕は、少し強い口調になる
「しかし、あちらの・・・」
「私に代わりなさい」
そんなやり取りが聞こえたのか、お義父さんが電話を代わった。
「ああ、○○君か。そうだね。君の言う通りだよ。ここはホタルの気持ちが大事だと思う」
「お義父さん」
「君に任せるとしよう。葵井の方には私から連絡しておくから、ホタルのことを頼むよ」
「ありがとうございます。またご連絡いたしますので」
僕は、安堵して電話を切った。
「でも、どうやってホタルに探りを入れるかな・・・」
翌日から、ホタルはカフェの手伝いをしてくれた。
ホタルは、泉天さんの仕事服を着た。
長袖の白いシャツを腕まくりしてキュッとしたブルーのジーンズに紺色のエプロン(プリマヴェーラのロゴ入り)を着る。エプロンは僕が着ているのと同じだ。
少し、服が大きいように見える、泉天さんがそこにいるかのように錯覚してしまう。
いかん、いかん。妄想は捨てよう。
しかし、ホタルがお店の手伝いをしてくれて、とても助かった。
既にGWの時にホタルと接していたお客さんからは、ホタルが実家に帰って行った後に、「ホタルちゃんは?」と聞かれることが多く、実家に帰ったことを伝えると、残念がっていたのだ。そのホタルが戻って来たことを喜んでいた。泉天さんほどではないが、さすが親子と言うべきか、泉天さん似の美人であることに加えて、お客様への接し方にも気遣いがあり、お客さんのハートを早くも掴んでいた。
只一人を除いては。
そう、関さんだ。
関さんとは、ぶつかった。
ホタルは、関さんには素っ気ない、ぶっきらぼうな接客をするからだ。
二人は、視線も合わせないほどにギクシャクしていた。
まあ、この二人のことは、後に譲ろう。
そして、ホタルがカフェに来てから、3日ほど経過していた。
僕は、ホタルが実家に無許可で出て来たことを詮索することはしなかった。
ホタルが、自分の方から言ってくれるのを待ちたいと思ったからだ。
しかし、任せろと言った手前そろそろ確認する必要がある。
そして、ある日の夜に、居間で寛いでいると、僕のスマホが鳴った。
知らない電話番号からだったが、思い当たることがあったので、出た。
「はい」
「○○さんですか?」
「はい」
「私は、ホタルの祖母の葵井と言います。孫のホタルはそちらにいますよね?」
強い口調に圧を感じたが、僕は平静に対応する。
「はい、お店を手伝ってくれていまして、元気に働いていますよ。私の方は大変助かっています」
「ええ!あなた、ホタルを働かせているの?」
「はい。ホタルが手伝いたいと言うので」
「あなた、他人なのに、孫を呼び捨てするのはないんじゃないですか?」
葵井さんは、声を荒げた。
「失礼しました。彼女がそう呼んで欲しいと言うので、つい」
「まあ、いいわ。あなた、○○さんですよね。いいですか?ホタルは、今大事な時期です。あの子は、神奈川でも優秀な進学校に通っているの。大事な夏休みにあなたのお店を手伝っている場合じゃないんですよ」
葵井さんは、ホタルを神奈川でも優秀な中高一貫校に通わせており、当然泉天さんと同じように優秀な大学に通って就職することを期待しているのだろう。
「勉強でしたら、ここで僕も教えられると思いますが」
「何を言っているの!GWにそちらに行ってから、あの子の成績は下がっているのよ。あなたのせいじゃないの!」
「そうでしたか。失礼しました」
一応、僕も優秀と言われる大学を出ているのだが、それは言うのは止めた。
今は、ホタルのために何ができるかだ。
「あの・・・」
「いいですか!とにかくホタルは連れ戻します。迎えにそちらに行きますから、あの子に伝えておいてください。あの子、私の電話に出ないので。いいですね!」
ツー、ツー、ツー、ツー
突然電話を切られてしまった。
「ふう」
僕は、スマホをテーブルに置き、天井を見上げた。
「ねえ、誰から?」
後ろを振り向くと、パジャマ姿のホタルが立っていた。
「え?ああ」
どうしようか?
言うべきか?
言わない方がよいか?
「葵井のおばあちゃんからでしょ?」
ホタルは察していたようだ。
「うん」
「ごめんなさい。黙っていて」
ホタルが頭を下げた。
「いや、いいよ。それよりもそろそろ話してくれるかな?何で葵井さんに黙って来たの?」
「黙ってなんかいない!言ったわ。でも、ここに来るのはおばあちゃんにダメだって言われたの。勉強しなさい、しなさい、そればっかりで」
「成績が下がったって聞いたけど、どうして?」
「それは・・・、高校に上がったら急に勉強が難しくなって。それに私もうここで働いて行くつもりだし、まあ、いいかなって。ねえ、私カフェのことを色々調べたのよ。ほらこれを見て!」
そう言って、ホタルはスマホで色々なカフェの写真を見せる。
「ここの△△駅の地下街にあるお店はね。フルーツをふんだんに使ったパフェが美味しいのよ。・・・・・・・・・」
ホタルは、生き生きと食べ物のことを話す。
僕は、それを黙って聴いていたが、話が一段落済んだところで言った。
「あのね。ホタルが、ここで働いてくれるというのは、僕は嬉しいよ。それは泉天さんやお父さんの願いでもあると思うし。でも、それは、高校生の君が勉強しない理由にはならない」
「ええ!それじゃ、おばあちゃんが言うように夏休みは予備校で勉強しろって言うの?」
ホタルが不機嫌に口を膨らませる。
「そうは言ってないよ。せっかく来てくれたんだし、お店も手伝ってもらえると僕も助かるから。だから、君はここでちゃんと勉強するの」
「ええ!それは、無理だよ。ここは塾とかないし」
「塾なんか必要ないよ。僕が君の勉強を看るから」
「ええ?○○が?」
「こう見えても僕も結構優秀と言われる大学を出ているから、高校生の勉強位は看れるよ」
「ええーッ!ひ、必要ないよ、私ここのカフェで働くんだから」
ホタルは、どうしても勉強したくないようだ。
「カフェは、いつでもできるから。ホタルが進学して大学を出た後でもね」
「私、大学行く気ないし」
ホタルはそっぽを向く。
「今決められなくてもいいさ。将来の選択肢は色々持っていた方がいいからね」
「いいよ」
僕は、ホタルの言い訳を許さない。
「さあ、成績が下がっていると聞いたからね。今日から早速始めよう」
「ひえーー!」
「つべこべ言わない。ここにいたいんだろ?だったら勉強でおばあちゃんを見返してごらん」
ホタルは思わぬ方向に話が行き、頭を抱えた。
「あれ、純華、何書いているのかな?」
ホタルは、話が無かったかのように純華の所に逃げる。
純華は、大きな紙に鉛筆で何かを書いていた。
「カタカナ?純華もう字書けるんだ」
純華はひらがなやカタカナで、自分の名前や「ホタル」など単語を書いていた。
「文字に興味があるみたいでね。絵本を読んであげるとその字にも興味を持ってね」
「あれ、お姉ちゃんの名前書けるだ。純華偉い!さすが私の弟!」
ホタルは、純華を抱き寄せ、スリスリしている。
「そうだね。じゃあ、お姉ちゃんらしいところ見せないとね。さあ、勉強を始めようか」
僕は、ニターっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ええッ!」
ホタルは、墓穴を掘った。
こうして、ホタルは、夏休みはここで勉強をしながら、カフェも手伝うことになった。
(つづく)




