第33話 ホタルがやって来た
僕が、『Cafe・プリマヴェーラ』をリニューアルオープンさせてから、もう3年が経過していた。
再開して間もなくの頃は、接客との両立がこんなにも大変だとは思わず、疲労困憊していた。泉天さんがこれを一人でやっていたことを思うと、改めて泉天さんの凄さを痛感したものだ。
1年ほど悪戦苦闘した日々が続いたが、泉天さんの日記からの情報(泉天さんはカフェでの反省なども書いていた)も手助けとなり、次第にお店を切り盛りすることに慣れていった。そして、ある程度慣れた頃に純華を泉天さんの実家から引き取った。
未経験の2~3歳の子供の子育てが加わると、また、慌ただしく過ごすこととなった。
遠方の(約10km先)保育園の送り迎え、食事や病気など想像以上に子育てというのは大変だと実感した。
カフェを再開してから3年も経過すると、子育てにも慣れ、カフェのお客様にも助けられながら、充実した日々を過ごしていた。
気持ちの良い朝だ。
今日は、日曜日でカフェはお休みだ。巷では、ゴールデンウイークのため、一応観光地であるここ『緑ノ里』も賑わっている。
昨日などは、結構なお客様がカフェにも見えた。嬉しいことだが、ああいう日には人手が欲しくなってしまう。
「ふう、良い天気だな・・」
外に出て、身体を伸ばす。もう慣れたが、ここの澄んだ空気は何よりも身体を活性化させる。
ふと、泉天さんがいない空虚感をまだ思いだすことがある。
あれからもう4、5年にもなるというのに。
「うん?」
カフェの前まで来ると、ふと誰かが滝の傍で滝を見上げている後ろ姿が見えた。
長い髪で白いワンピースを着た女性だ。
「ああ・・・」
僕は、眼をみはった。
そして、思わず、叫んでしまった。
「泉天さん!」
滝をジッと見ていた女性がこちらに振り向いた。
「・・・」
泉天さんじゃない。
当たり前だ。
だが、よく似ているがとても若かった。
恐らく高校生位だろうか。
その女の子は、僕の方に近づいて来た。
「私は、泉天じゃないわ。ホタルよ」
ホタル?
どこかで聞いたような名前。
その声も泉天さんによく似ている。
「もう、ホタル。さっさと走って行って!」
そこに、泉天さんのお母さんがやって来た。
「あら、○○さん」
「お義母さん、どうしたんですか?言ってくれれば迎えに行きましたのに」
「オホホホ、そうね。そうしようとしたんだけど、この子が言わなくていいって言うから。恥ずかしがって」
「恥ずかしがってなんかない」
ホタルの頬が少し赤くなり、視線を逸らした。
「○○さんは、ホタルとは初対面だったわね。この子は、ホタル。泉天の娘です。この4月に高校生になったのよ。さあ、挨拶して」
「・・・・」
「○○です。ホタルちゃん、よろしく」
「よろしく。ホタルでいい」
ホタルは、尚も照れ臭そうで真っすぐこっちを見ない。
「パ~パ?」
そこにヒョコヒョコと、純華がやって来た。
「純華!」
ホタルは、駆け寄って、純華に抱きついた。
「大きくなったね、お姉ちゃんだよ」
純華はもうすぐ4歳になろうとしていた。
「お姉ちゃん?」
「うん、そうだよ。会いたかったよ」
そう言いながら、ホタルは純華の頬に自分の頬を摺り寄せる。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
純華も嬉しそうにしている。
離れていても姉弟というのは、惹かれあうものなのだろうか?
そう思うと少し嬉しくなった。
「今日、カフェはお休みなのね」
お義母さんが言う。
「はい、泉天さんの時から日曜日は休みにしています。プリマヴェーラは、地元のお客様を大切にしているので、平日メインでやっています」
「なんか、○○さん、段々カフェの主人って感じになってきましたね」
「そうでしょうか?まだまだです。地元のお客様に支えられて何とかやっています」
「それが良いのでしょう?」
「はい、そう思います」
それから、休日だがカフェの方に案内し、お茶と食事を振舞った。
お義母さんとホタルは2日ほど泊って行くと言う。
泉天さんの部屋はそのままにしてあったので、二人にはそこを使って貰うことにした。
「ここ、ママの部屋だったの?」
ホタルは、部屋に入り、見回す。
「うん、そうだよ。そのままにしてある。どうしても片付けられなくて。泉天さんの・・・。いや、何でもない」
僕は、言葉につまる。
「ねえ、ママのこと愛していた?」
ホタルは真剣な眼差しを向ける。
その眼が泉天さんのものに僕には視えた。
「うん、僕は泉天さんを愛していたし、今でも愛している」
「そう・・・」
ホタルの表情が少し和らいだようにみえた。
「では、寛いでください」
ふう、何だかやりにくいな。
年頃の女の子とはあんな感じなのだろうか?
翌朝。
僕は、カフェオープン前の準備をする。
裏庭の野菜畑から、その日に使う野菜を収穫する。トマト、春キャベツ、新玉ねぎなどだ。
純華も一緒だ。
「パパ、これ?」
「あ、それは、まだ早いかな。純華のようにまだ小さいからね。もう少し待とうね」
「はーい」
2人で大きな籠に摘んだ野菜を入れていく。
そこに、ホタルがやって来た。
「手伝うよ」
恥ずかしそうに小声で言う。
「あ、でも、ホタルちゃんはお客さんだから大丈夫だよ」
「手伝う!」
ホタルは、急に大きな声をあげた。
「え?あ、ありがとう」
どうもこの子は、感情表現が苦手なのかな?
泉天さんとは随分違うようだ。
僕は、ホタルに食べごろの野菜がどんなものかを教える。ホタルはそれを熱心に聞いてくれた。のみ込みが早い。ちゃんと言われたとおりのものを収穫してくれ、感心した。
「私が、持つよ」
「あ、いや大丈夫だから」
「持つ!」
「はい」
強情なホタルに負け、籠を渡すが、どうも嫌な予感がした。
大きな籠を受け取ると、数歩歩き、ホタルがこけた。
それも、顔からスライディングするように派手に。
(やはり、この子は泉天さんの娘だ(※)・・・)
※第3話をご確認ください
「大丈夫かい」
「へ、平気よ。これ位」
強がるが鼻血が出ていた。
「平気じゃないよ。鼻血出してるじゃん!」
僕は、ハンカチでホタルの鼻を拭いた。
「大丈夫だから」
ホタルは、ティッシュを鼻につめて、アピールする。
「・・・・・・」
それから、採れた野菜をお店に運び、仕込みなどを行う。
そこにもホタルが、またやって来て、手伝うと言ってきかない。
仕方ないので、テーブル拭きや、お店周りの掃除などを依頼すると、テキパキとこなした。
サラダの盛り付けなども教えると、ホタルは飲み込みが早くすんなりできた。
ホタルの手伝いもあり、いつもより楽に開店準備が整った。
人手があるのは、ありがたいと思った。
『open』 の看板を掲げると、少しして、年配で淑女の常連客である野木さんがやってきた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいまて」
お店には、ホタルとそれに泉天さんのお母さんもいて、3人揃って挨拶をした。少し遅れて、純華もテーブル席から挨拶をした。
「あらあら、今日は賑やかなのね」
「ハイ、泉天さんのお母さんと娘のホタルちゃんが来ているので」
「ちゃんは、いらない」
ホタルは、目を伏せてそう言う。
「まあ、ホタルちゃんは泉天ちゃんにそっくりね」
野木さんがホッコリと言うと、ホタルは顔を赤くした。
「大屋と言います。泉天の母です。この子はホタルです。よろしくお願いいたします」
「野木です。泉天ちゃんの時から毎日ここに来るのが日課になっていて、○○さんがここを受け継いでくれて本当に助かっていますわ。こんな素敵な場所無くなるのは、とても寂しいですからね」
「そうですか」
お義母さんは嬉しそうに僕を見た。
野木さんとお義母さんは意気投合したようで、それからしばらくいつものテラス席で談笑していた。
カウンターには、僕とホタルになった。
「無理して手伝う必要はないよ。せっかく遊びに来たのに、周辺を見て回ったら?」
僕は、ホタルに声をかけた。
「いい。今回来たのは、ママがここでどうしていたのか知りたかったからだから」
「泉天さんが?」
「ママが、何故パパの跡を継いでここを始めたのか知りたいの。あの仕事第一だったママが、その仕事を辞めてまで何故カフェをやろうとしたのか?私を置いて」
ホタルは、最後はボソリと言った。
「・・・・・」
ホタルと泉天さんがどんな関係だったのか、僕にはわからない。
泉天さんから聞けたのは、
『私は悪い母親なんですよう』
と言う言葉だった。
それは、印象的だったから覚えていた。
泉天さんがそう詫びていた当人であるホタルが目の前にいる。
複雑な気持ちだ。最後の言葉に泉天さんへの想いがある気がした。
僕は、言葉に詰まりそれ以上何も言えなかった。
昼になると、常連のお客さんが来始めた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいまて~」
「お、純華、今日もパパのお手伝いか。偉いな」
関さんと近藤さんがやって来た。関さんが純華を高く抱き上げた。純華は、キャッキャッと嬉しそうだ。
二人は、カウンター内にいる、ホタルを見てぎょっとしていた。
「泉天ちゃん」
「泉天さん」
二人がほぼ同時に口にする。
「若い・・」
そして、こちらも唱和した。
「あ、この子は泉天さんの娘のホタルちゃんです」
「ちゃんはいらない。2度目」
「へえ、泉天ちゃんの娘さんか」
「知っていましたか?」
「ああ、娘さんがいると言うのは、聞いていたけどそれだけさ」
「ご注文は!」
関さんに突きつけるように、メニューをホタルは渡した。
自分のことを話題にされて気分を害したのだろうか?
「あ、ああ」
関さんが遠慮がちにメニューを受け取る。
「ちょっと、泉天ちゃんの娘の割に可愛げが無くないか?」
「ですな」
ヒソヒソ声で関さんと近藤さんが話すが、こっちまで聞こえている。
「悪かったわね、ママに似ていなくて!」
「あ、いやそういう事じゃなくて」
「いいから、さっさと注文しなさいよ!」
「お前なあ、それが客に対する態度か?」
「あの、関さん、今日は、少し手伝って貰っているだけなので。後で言い聞かせますから」
「まあ、いいけどよ」
関さんも子供がしていることとそれほど怒っているわけではない。
「ふん」
しかし、ホタルはそっぽを向く。
「おーい、注文いいかな」
「はーい」
テーブル席のお客さんに呼ばれると、ホタルが、注文をさっさと取りに行く。
「へー、ホタルちゃんって言うんだ」
「泉天ちゃんの娘さんか。やはりお母さんに似てすごい美人だ」
「えー、そんなことないですよ」
ホタルはテーブル席のお客とは、打ち解け、愛想よく注文を取っていた。
「おい、○○君、あれは何なんだ?」
関さんが、ホタルの方を指を差して僕に言う。
「えーと、何なんでしょうねえ・・」
僕に言われても、わからない。
ホタルが笑顔で戻って来た。
「日替わりパスタセットと森のカレーセットにソーセージをトッピングです」
「は、はい」
関さんとの対応を目にした後だけに、僕はホタルが難なく注文を取って来たことに少し驚いていた。
「何よ」
ホタルは、僕を少しきつい眼で見た。
「じゃあ、俺の注文だけど、『森のカレー』のセットのベーコントッピングで」
関さんが注文を言う。
「まーだ、注文してなかったの?どんくさいわね」
「いッ!」
僕は驚いてホタルを見た。
「お、お前な!泉天ちゃんは、そんな対応しないぞ!」
関さんが余計なことを言った。
「泉天、泉天うるさい!私は、ママじゃない。馬鹿!」
「馬鹿~~~?馬鹿とはなんだ!」
「まあまあ、関さん」
「べーっ!」
ホタルは、関さんにアカンべーをする。
久しぶりにみた。
「うぬぬぬ・・・・」
関さんの顔は、真っ赤だ
「はあ・・・」
この後、お店が落ち着いた時に、僕は、ホタルに聞いた。
ホタルの接客は、良かった。お店としても助かったほどだ。常連のお客さんにも泉天さんの娘で美人なこともあり、気に入られたと言っていい。
しかし、関さんにだけは、何故かツンと言うかトゲトゲしい対応をした。
ホタルは、「わからない」、「知らない」と言うばかりだった。
関さんのことが、気に入らないのかと聞くと、首を横に振った。
あー、年頃の女の子の気持ちがわからない。
お義母さんとホタルが帰る前日の夜だ。
僕等は、カフェの方で、夕飯を取ることにした。是非二人に食べてもらいたいメニューがあったからだ。
「はい、お待たせしました」
僕は、その料理をテーブル席の二人の前に置く。
「うわあ、とても美味しそうね」
お義母さんが笑顔になった。
ホタルも口には出さないが、眼がキラキラしているように見えた。
僕が出したのは、ピザだ。
「当店自慢の『森と滝の清流が香るピッツァ』です。地元の山菜、ブロッコリー、緑の野菜をふんだんに使った山葵醤油風味のピザです」
「まあ、山葵がアクセントになって、さらに爽やかな感じがあるわね」
「ライムとミントもアクセントに入れていますので。これから暑くなっていく季節向けなんです」
「美味しい・・・。私これ好き」
ホタルも美味しそうに食べている。
「良かったです。これは、泉天さんが最後に完成させたメニューなんですよ」
「え?」
二人の手が止まる。
「丁度僕が、アメリカに行く直前に泉天さんが、このメニューのレシピ作ると話してくれたんですよ。このレシピを見つけた時に、その時の事を思い出し、涙が出ました。僕は、このメニューをすぐに作ってみました。そして、食べた時、その味に感動したんですよ。涙が溢れて止まらなかった・・・・。入れすぎた山葵のせいもあったのかな。フフフ」
僕は、最後笑わせようとしたが、お母さんも、ホタルも目が潤みだしていた。
「美味しい。本当に美味しい。ママ・・・・」
「ええ、そうね。○○さん、ありがとう」
ホタルは、泉天さんを思い出していたのだろう。泣きじゃくりながらひくひくしながら食べていた。
そして、夜遅い時間、人の気配を感じて、僕は外に出た。
プリマヴェーラの前で、星を眺めているホタルを見つけた。
「もう遅いから早く寝た方が良いよ」
「星が奇麗。私こんなにハッキリと星を見たことが無かった」
「そうだね。僕もここに来た時同じことを思ったよ」
「私、ママのことが嫌いだったの」
僕の方を振り返り、ホタルが言う。
「そう・・」
ホタルは頷き、話を続ける。
「パパが大変な時に助けもせず大好きなパパを死なせた。そして、私を一人にして、田舎でカフェをやるからと祖父母に私を預け、私を放置した。そんなママが許せなかったんだ」
「・・・・」
「でも、純華の出産のため、東京に戻ったママと何度か会っているうちに気付いたの。私は、ママに愛されたかったんだって。ママのことが本当は大好きだったんだって」
「・・・・」
「突然ママが亡くなった時とても後悔した。私、ママが大好きだって伝えたかった・・・」
ホタルの頬に涙が伝い、光るのが見えた。
僕は、それを見て話し始めた。
「あのね、ホタル。このカフェ・プリマヴェーラにはね、お父さんとお母さんの夢が詰まっているんだよ」
「え?」
「ちょっと一緒に来てくれる?」
僕等はカフェの中に入った。ホタルがカウンター席に座る。僕は、カウンター内に入り、戸棚からノートを数冊取り出し、ホタルの前に並べた。
「これ、パパの字だ!」
「そう、これは、君のパパが書き残したものだ。ここには、ここプリマヴェーラでお父さんが思い描き、やろうと思ったアイデアやメニューがいっぱい書いてあるんだよ」
「パパらしい・・。何これ、『空に浮かぶ特等カフェ』ってこんなの無理じゃん」
パラパラとめくり、ホタルが言う。しかし、その眼は輝いていた。
「そうだね。でもね。泉天さんはお父さんならやって行こうとするだろうと思って、このノートのアイデアを実現しようとしていたんだ。さっき提供したピザもそう」
僕は、そのページをホタルに見せる。
「何これ、レシピでも何でもないよ」
ホタルが笑いながら、瞳が潤む。
「うん、そうだね」
それは、『森と滝の清流が香るピッツァ』と言うメニュー名が書かれた下に絵が描かれ、簡単に材料が書かれただけのものだ。
「でも、泉天さんは、これだけの情報からレシピを作り、プリマヴェーラのメニューとして実現させていたんだよ。それってすごく素敵なことだよね?」
「・・・・」
「これって、お父さんとお母さんの想いの賜物だと思わないかい?」
ホタルは頷く。
「そして、今僕がこれらをお客様に料理として提供している。夢ってこうして引き継がれて行くんだって今感じているのさ」
「・・・・・」
「まあ、間に他人の僕が入るのはちょっと変かもしれないけどね。アハハハ」
「そんなこと無い、そんな事ないよ!」
ホタルは首を横に振り、円らな眼から涙が溢れていた。
「そんなこと無い・・・・・」
僕は、ホタルに泉天さんの想いを伝えることが出来たことが、嬉しかった。
そして、翌日ホタルとお義母さんが帰る日の朝。
僕は、二人を駅まで見送る。
「ねえ、夏休みにまたここに来ても良い?私、カフェを手伝いたいの」
駅のホームでホタルが突然言い出した。
「勿論さ。歓迎するよ」
「おねえちゃん、おねえちゃん」
僕の腕の中から純華がホタルに抱きつこうとする。ホタルを行かせたくないようだ。
「ごめんね、純華。お姉ちゃん、また来るからね」
ホタルは、純華を抱き、頭をなでた。
そしてホタルとお義母さんが汽車に乗った。
「私、きっと来るから!必ず来るから!」
ホタルは、走って行く汽車の車窓から手を振り、そう叫んでいた。
(つづく)




