第31話 そして僕は森のカフェを再開させた
新たな展開の予感・・・・。
初夏の頃。
よく晴れた日だ。
「よし!」
『Cafe・プリマヴェーラ 本日、リニューアルオープンします』
僕は、その立看板を県道に面するカフェの駐車場に置いた。
リニューアルと書いたが、特別新しいことは無い。
泉天さんがやっていたことをできる限りそのまま続けようと思ったからだ。
プリマヴェーラは、泉天さんのご主人が夢を描き築き、泉天さんがその夢を引き継いで育てたお店だ。
僕の役割は決まっていた。
それを壊さず守り続けること。
そして、できれば、次の世代に引き継ぐことだ。
泉天さんとご主人の夢はまだ続いているのだから。
それから、僕は、カフェに戻り、お店の玄関口に『open』の看板を掲げた。
かなり久しぶりに『open』の看板を掲げると緊張した。
それも泉天さんはおらず、僕一人なのだ。
「よし!頑張るぞ。泉天さん見ていてください!」
僕は自分の頬を両手でパチリと叩き気合を入れた。
しかし、特に宣伝らしい宣伝はしていなかったが、どれ位お客さんが来てくれるか?
お店を再開すること知っているのは、関さんと近藤さん位だ。
あの2人は来てくれると言っていたけれど・・・。
『任せておけって』
関さんは、そう言ったが、初日だし数人来てもらえれば、ありがたいかな、と思うことにした。
カラン、カラン!
しかし、そんな不安に関係なく、オープンして間もなくシックなコーデの初老の女性が来店した。
そう、常連客だった淑女という言葉がふさわしい野木さんだ。
「野木さん、早速来て頂きましてありがとうございます」
僕は、野木さんを迎え、お礼を言う。
「○○君、久しぶりね。まあ、すっかり逞しい感じのいい男になって。関さんに今日から『プリマヴェーラ』を○○君が再開すると聞いていたから、早速来ちゃったわ。楽しみにしていたのよ。オホホホホ」
そして、野木さんが決まって座る滝が見えるテラス席にご案内した。
「ふう、やはりここが一番落ち着くわ」
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
「いつものをお願いできるかしら?」
野木さんは、嬉しそうに注文してくれた。
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」
そして、僕は、野木さんがいつも注文していたコーヒーとママレードジャムのスコーンを給仕した。
「うーん、良い香りね。スコーンも美味しそう。これは泉天ちゃんが作ってくれたようだわ」
「はい。泉天さんが提供していたものを壊したくないので、頑張りました」
「コーヒーも良い香り。懐かしい香りたわ」
「・・・・」
僕は、野木さんがコーヒーを啜るのを待った。
野木さんが上品にコーヒーを飲むと、眼を見開いた。
「これは、泉天ちゃんの味だわ!とても懐かしくホッとする味」
そして、野木さんの眼から涙が滲み出て来るのが見えた。
「ええ、これは泉天ちゃんのコーヒーよ。これがずっと飲みたかったのよ!」
「ありがとうございます。野木さんにそう言って貰えてとても幸せです」
「○○君、よく頑張ったわね。泉天ちゃんがあんなことになって一番辛かったのは○○君だったのに。よく戻ってきてくれたわ」
「僕は、泉天さんが遺してくれたこのカフェをどうしても再開したかったんです。野木さんにそう言って貰えて、とても救われた思いです」
「ええ、ええ」
僕は、涙をグッと圧させていたが、我慢できなくなり、野木さんも涙をハンカチで拭っていた。
昼時になると、その他の常連だったお客さんもやって来てくれた。
「○○君、居ても立っても居られず、早速来ちゃったぜ」
「プリマヴェーラの再開楽しみにしていたぜ。ここのカレーが食いたくて仕方なかったからな」
「再開待っていたぜ!店が閉じていた間どこに食いにいくか決められなかったから嬉しいよ」
プリマヴェーラの再開を楽しみにしていてくれたお客様がこんなにいたことに僕はとても感謝するとともに、泉天さんが遺してくれたものの期待の大きさに責任を感じた。
一方で励ましの言葉も頂いた。
「泉天ちゃんがいなくなってとても悲しいぜ。泉天ちゃんには癒してもらったし、励ましももらったからな。でも一番悲しいのは○○君だよな。よく戻って来てくれたよ」
「泉天ちゃんがいなくなって、プリマヴェーラはもう再開されないと思って残念で仕方なかったから、○○君が再開してくれて嬉しいぜ」
「泉天ちゃんがいないのは、悲しいし残念だけど、ここの常連は、ここが大好きだから、○○君がプリマヴェーラ再開してくれて感謝してるんでぜ」
「いいえ、僕の方こそ、こんなにも皆さんの温かい励ましを頂きまして感謝しています。泉天さんが遺してくれたこのカフェを僕は一生懸命守っていきますので、これからもよろしくお願いいたします」
本当に、ここ『緑の里』の地元の方々の心の温かさに僕は助けられているんだ。
関さんと近藤さんも来てくれた。
「おっと、何だ?初日から結構人いるじゃん」
「ですな」
そう言って、カウンター席の空席に腰かける。
「お二人が、宣伝してくれたからです。本当にありがとうございます」
「別に何もしてねえよ。俺等はただ、プリマヴェーラが再開するらしいぜ、と伝えただけさ」
関さんがテーブル席の客を見て言う。
「そうそう」
「ここからは、ハッキリ言って、○○君次第だぜ。客を繋ぎとめられるかどうかな」
「はい。そのためにずっと準備してきましたので。泉天さんをガッカリさせるようなことにならないよう頑張ります」
「おう。期待してっからよ。あ、注文いいか?俺はカレーでソーセージをトッピングして。大盛ね」
関さんの注文だ。
「私は、ミートソースのパスタセットをお願い」
近藤さんは相変わらず、パスタが好きなようだ。
「畏まりました」
「こっちも、注文いいかな?」
「はい、今伺います」
「こっちは勘定お願い」
「はい、ただいま」
僕は、注文を取り、調理して料理を提供する。
これらワンオペの大変さを実感した。
泉天さんはこれに、お客様との自然な会話を入れていたのだ。
改めて、泉天さんの凄さを実感しながら、仕事をこなしていた。
「はい、関さんの森のカレーにソーセージトッピングです」
「近藤さんのミートソースのパスタセットです」
僕は、関さんと近藤さんに注文した料理を給仕するが、2人とも料理をジーっと見ている。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、ちゃんと注文したものが出て来たからな」
「そうそう」
「泉天ちゃんなら、ここでソーセージの代わりにベーコンがトッピングされているからな」
「恐らくミートソースじゃなくナポリタンが出ていたかな」
「そこまで出来ませんよ、僕には。もう!」
僕は、呆れて抗議した。
「ハハハハ、冗談だよ」
「冗談、冗談」
「このカレー、やっぱりプリマヴェーラの味だな。美味い美味い」
「ミートソースも泉天さんの味だ。愛情がトッピングされているね」
「お二人にそう言われると嬉しいです」
「○○君、よく頑張ったな」
「はい・・・」
僕は目頭が熱くなり、二人に感謝した。
それから半年ほどが経過した。
僕は、カフェ『プリマヴェーラ』をオープンすることができた。
そして、もう一つ。
泉天さんとの約束を果たしたかった。
そのため、僕は、泉天さんの実家を訪れた。
息子の純華を迎えるためだ。
いつまでも、お義父さんとお義母さんに甘える訳にもいかないし、何よりも純華を自分の手で育てたいという思いがあった。
「パパ~!」
トコトコとお義父さんに連れられて純華がやって来て、僕に抱きついて来た。
「ありがとうございます。純華を長い間預かっていただきまして」
「そんなことないのよ。純華は、とっても良い子で手がかからないし、泉天が遺してくれた子供だもの。何よりも私たちの生活の励みになるわ」
「そう言っていただけると嬉しいです。カフェをオープンしてやっと何とかやれるようになってきたので、ご挨拶と純華を迎えようと思いまして」
「○○さん、本当に大丈夫?小さい子を男手一つで育てるのは、とても大変よ」
「はい、わかっています。でも、カフェをやるのも、純華を育てるのも自分でやりたいんです。カフェがあるあの場所で純華を育てたい。それが泉天さんの願いでもあるので」
「あ、そうそう。こんなものを見つけたのよ」
お義母さんが僕にノート帳を渡す。
「これは・・・。泉天さんの日記ですか?」
僕は、パラパラとめくり、確認した。
「あの娘が、ここに来てからつけていたようね」
僕は、あるページに目を止めた。
『最近、純華がよくお腹をけっとばすの。○○君に似ていそう』
「えーと、・・・」
恥ずかしくなり、すぐに別のページを捲る。
そして、僕は最期のページを見た。
『〇〇君、愛しています。私は、ダメそう。会えなくてごめんなさい。あなた、○○君。純華のこと、プリマヴェーラのことを頼みます。できれば、娘のホタルのことも、気にかけてあげて・・・ください。ホタル、ダメなお母さんでごめんなさい』
力ない筆の動きでそう書かれていた。
「泉天さん・・・」
僕は、涙が出そうになるのを抑えていたが、気になったことを口にした。
「娘・・・って」
そう言えば、僕は、前のご主人との間に娘さんがいるというのは、泉天さんから聞いていた。神奈川県のご主人の実家の方にいるらしい、と。彼女の進路・進学などのこともあり、訳あって、別居しているとのことだった。
このことを話してくれた時の泉天さんは、とても寂しそうだったのを覚えている。
「○○さんには、話していなかったわね。私達にはもう一人孫がいるのよ。泉天と前の夫の○○さんとの間の孫です。ホタルと言うの。今中学生で、神奈川にあるあちらの実家の方で暮らしているのよ」
お義母さんがそう話してくれた。
「泉天さんから、娘さんのことは少し聞いていました」
「そう。向こうのご両親の反対でどうしてもホタルの将来のためだと、泉天は、カフェを一人やり始めた時にあの子と別居せざるを得なくなってしまってね。私達もたまに、会わせてもらえる位であんまり会えていないのよ。ホタルは、会うたびに泉天に似てくるわ」
「そうだったんですか」
僕は、泉天さんに似ているというホタルちゃんのことが少し気になった。
泉天さんの願いでもある。何か力になれることがあれば良いのに。
そのうちホタルちゃんに会えるのだろうか?
(つづく)




