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第30話 泉天の日記

 僕は、プリマヴェーラのある森の奥の東屋あずまや()()()()()()()()()()、また、関さんと話しができて、前を向いて行こうと思えるようになった。



 僕のやることは、泉天いずみさんが遺してくれたこの『Cafe・プリマヴェーラ』を再開させることだ。



 僕は、すぐに東京に戻ると、『退職願(Resignation letter)』を認め、翌日すぐに提出した。

 帰国前に、退社の意向は伝えていたので、アメリカで僕が遺した成果もあり、上司からは熱心に慰留はされたものの事情を説明すると、すんなり受け取ってくれた。


「〇〇、お前の第2の人生を応援しているよ。カフェがオープンしたら、是非行かせてもらうよ。頑張ってくれ」

 と励ましてくれた。

「それと、お前の開発したAIは、社内でも高く評価されている。近いうちに必ず世に送り出して見せるから、楽しみにしていてくれよ」

「それなんですけど、開発は中止にできないですか?」

「何を言っているんだ。ここまで進んでいるのに」

「あれは、危険です。人の感情を理解しすぎています。僕は、開発したことを後悔しています」

「そのコンセプトこそが求められているんだ。間違いなくこれは世に普及するぞ。今更止められるか」

「しかし、どんなことになるか、僕は・・・」

「いいか。○○。これは素晴らしいAIだ。革新的なものだ。確実に世界を変えて行く。これでわが社はさらに世界をリードしていくんだよ」

「・・・・・・・」

 

 僕は、これ以上話す気になれなくなった。

 個人的な感情もあるが、あれは危険だという思いは強い。

 しかし、僕にはどうにもできない。

 自分の不甲斐なさを後悔しつつ、僕は会社を後にした。




 それから、僕は泉天さんの実家に行った。


 僕と泉天さんは正式に結婚(入籍)していなかった。なので、泉天さんのご両親を何て呼べば良いのか迷っていると、泉天さんのお母さんからこう言われた。


「○○さん、あなたは、泉天の子の純華すみかの父親です。泉天は、あなたのことをいつも話していたので、私たちはあなたにとても親しみを持っているのよ。泉天とは、正式に結婚はしていなかったけれど、私は、あなたを義理の息子のように思っていますから、お義母さんと呼んでくれないかしら?」

「ありがとうございます。お義母さんにそう言って、もらえると泉天さんと結婚いっしょになれた気持ちになれます」

 僕は、涙を堪えつつ頭を下げた。

「ええ、ええ、そうね」

 お義母さんの瞳も潤み、指で落ちそうな涙を拭っている。



「お義母さん。勝手を言ってすいませんが、もう少し純華すみかを預かって頂けないでしょうか。どうしても、泉天さんと一緒に働いたあのカフェを再開したいんです。きっと泉天さんもそれを望んでいると思いますから。落ち着いたら純華を必ず迎えに来ますから」

「いいわよ。あなたの好きにしなさい。泉天も喜ぶでしょう。安心して。純華は、ここで責任を持って育てますからね。この年になってまた育児をするとは思わなかったわ。ホホホ」

「すいません。恐縮です」

 僕はありがたく泉天さんの両親に純華を預けることにした。




 そして、僕は、再びカフェに戻った。


 カフェに戻ると、再開に向けて準備を早速始めた。

 

 建物は傷み、菜園は、雑草が覆う。建物の傷んだ箇所の修理、菜園の手入れや、掃除、整理整頓、レシピの確認と実現など大忙しに僕は数か月を過ごすことになった。

 時々、僕が戻ったことを知った関さんや近藤さんもやって来て手伝ってくれて本当に助かった。




 そんなカフェ再開の準備に奔走していたある日。


「そう言えば、泉天さんの部屋ってどうなっているんだろう?」


 プリマヴェーラのオープンに向け集中して忙しく過ごす中、忘れていたことだった。やっとオープンに目途が立ち、落ち着きを取り戻すと思い出したのだ。


 僕は泉天さんの部屋に数年ぶりに入った。


 埃を被っていたものの、不思議なほど奇麗に整頓されていた。泉天さんが実家に行く前に片付けけたのだろう。

 僕は、想い出のベッドに腰かけた。布団を撫でると横になりたくなり、ベッドに寝転んだ。


 仰向けになり天井を見上げると、泉天さんと熱く身体を交じ合わせた時の事を思い出した。眼を閉じると、涙がにじみ出て来た。


「泉天さん・・」


 もうあの感触を取り戻すことはない。

 僕は、やるせなくなり、顔を手で覆った。


「クソ、クソ!みんな僕のせいだ!何で僕は、泉天さんを一人置いて行ったんだ!」

 悔しさがこみ上げて抑えられない。



すると、()()()()


『○○君・・・』


「ええ?」

 僕は、ガバっと状態を起した。辺りを見回す。


 勿論誰もいない。


「泉天さん!」

 呼びかけるが、返答はない。


 部屋はシーンとしている。

 僕は、暫く気配を感じようと意識を凝らす。



 僕は、ふと泉天さんの机の方を見た。


 立ち上がると、机の方に行き、少し開いていた引き出しを開けた。



「これは・・、日記。泉天さんの・・」


 引き出しに整理して縦置きにされていた何冊もの日記があった。それらを取り出し、机の上に並べて置いた。パラパラと日記を次から次へとめくる。


 どうやら、泉天さんがこのカフェに来てから、このカフェを去るまでのことが書かれているようだ。



 僕は、泉天さんのデスクに腰かけ、日記を読むことにした。

 それから、僕は、魅入られたように、日記に目を通していく。



 日記は、泉天さんのご主人が亡くなった日から始まっていた。


 泉天さんの苦しい胸の内がまず伝わって来た。

 日記は次の言葉から始まっていた。



『私が、あなたを殺した。

 許して・・・』



 この言葉に僕は、ハッとした。

 今の僕と同じ思いを泉天さんも経験していた。


「泉天さん・・」

 改めて涙が出そうになる。



 僕は、泉天さんからご主人のことを聞いた時のことを思い出した。


 それを、泉天さんと初めて出かけたショッピングモールのカフェで聞いた。

 今でもあの時の泉天さんのことを忘れない。


 御主人は、過労で亡くなったこと。もっと早くからご主人を手伝っていれば、ご主人は死ぬことはなかったと泉天さんはとても後悔していたのだ。



 日記は、亡くなったご主人へ今日はこんなことがあった、起きたと報告したり、何かを相談するような形式で書かれていた。


 最初の方は、泉天さんのご主人への懺悔の言葉が多く見られ、なみだの痕も所々にあった。泉天さんのご主人への想いがとても伝わって来た。泉天さんは、こんなにもご主人を愛していて、ご主人を失ったことが耐えられなかった日々を送っていたのだという事がよくわかった。


 これは、今の僕と同じではないか。泉天さんを喪失した僕と。

 泉天さんもご主人を亡くして今の僕と同じ想いで過ごしていたんだ。


「泉天さん」

 僕は、日記のページを捲る。



 カフェを一人で始め出してからは、書き方が変わっていた。御主人へカフェの出来事を報告するような形になった。

 今日は、誰々さんが来てくれたとか、お客さんがたくさん来て大忙しだったとか、料理を出し間違えて失敗したこと、誰々から告白されたというのもあった。


 カフェを続けていくうちに次第に泉天さんの気持ちも落ち着いて行ったように感じた。


「僕も、プリマヴェーラを再開すれば泉天さんと同じような気持ちになれるだろうか?」


 今の僕は、泉天さんを亡くしててこんなにもつらいのに。


 そんな思いを強くしながら読み進めていく。

 そして、ある日の日記に、僕は目を見開いた。



 それは、僕がこのカフェを訪れた日だった。


『今日、雨がシトシトと振り、お客様もあまり来なかったわ。一段落して家の方で寛いでいると、ふと、私は()()()を感じた。何故かしら?それで、急いで外に出ると、カフェの前に若い男性が、雨の中傘も差さず膝を付いていた。そう、何故か、この若い方からあなたの雰囲気を感じたのよ。彼は、死のうと思ってここの滝にやって来たみたい。酷く落ち込んでいて、あやうく滝つぼに落ちそうになったのを私は曳止ひきとめた。この方を死なせてはいけない、と思った。だからカフェに連れて行き彼の話を聞いた。仕事に悩んで死のうとしていたみたいだから、そんなことで死ぬのはダメ、命を粗末にしないで、と強く叱ってしまったの。彼は呆然としていたけど、諦めてくれたよう。良かった。そして、よく見たら顔はそれほど似てなかった。何故かしら、あなたを感じたのは、と思っていたら、その方も○○と言う名前だったのよ。可笑しいわね』


 その翌日。僕が、プリマヴェーラを手伝うことになった日だ。


『あなた、今日また、○○君が来てくれたの。もう仕事で帰ったのかと思い会えないだろうと思っていた。元気になれたか、とても気になっていたので、会えたのは良かった。でも、まさか私が、お客様に向かって咄嗟に○○君を親戚の子だと言ったばかりに手伝ってもらうことになるとは思わなかったわ。こんなこともあるのね。いつまでいてくれることになるかわからないけれど、○○君となら上手くやっていけそうな気がするわ』


 また、ある日の日記には。それは、僕と泉天さんが初めて買い出しに行った日の事だ。


『何故だろう。あなたのことを○○君に話そうと思ったのは。ここでカフェをやっていることを彼が聞いて来たことがきっかけだったけれど。それには、あなたのことを話さないといけない。毎日、あなたにこうして語り掛けているけど、それは、今だからできること。あなたを亡くしたことを思い起し、語るのは、身体を震わせるほどとても辛いことだから。でも、○○君になら話せそうだと思った。いや、むしろ聴いてもらいたいと思えた。何故かしら?○○君はとても優しい子だから?それもある。でも、それだけじゃない。そして、○○君は熱心に耳を傾けてくれたわ。私が言葉に詰まっても、やさしくじっと待ってくれた。話し終えた時に彼に聴いて貰えて胸がスーッとした。あなたを亡くしてから、ずーっと一人で抱えていたものを吐き出せた気がした。○○君は、とてもやさしくて不思議な子だわ。私は、この日、ずっと彼とカフェをやっていけたら良いのに、とふと思ってしまった』


 また、ある日。それは、妖精のカフェを初めてやった時のものだ。


『今日、あなたのノートの夢が、一つが実現した!『妖精のCafe・フェアリー』をオープンしたのよ。準備のため○○君と妖精さん(蛍)のいる谷の東屋に看板を掲げ、淡い緑色のペンキで色を塗りきれいにしておいたの。ハンバーガーのテイクアウトメニューも集まってくれたお客様に好評だった。()()()()もいっぱい元気に輝いてくれた。本当に良い時間を過ごせたわ。○○君がいなければ、出来なかったこと。彼には本当に感謝しているわ。そうそう、あなたも暗い場所を怖がっていたけど、○○君も怖がっていて、思わず笑ってしまったわ。一つあなたの夢が実現した。この日をあなたも喜んでくれるでしょ?』



「あ、この日は・・・」


『今日は、体調を崩してしまったり、色々あった日だった。不覚にも風邪を引いてしまって。でも、○○君が看病してくれた。今日ほど○○君がいてくれて良かったと思えた日はなかった。彼は本当に気が付くし、優しい人。だからかな?ちょっと甘えてしまって。恥ずかしかったわ。こんなこと、あなた以外の男の人には無かったことなのに。不思議ね。○○君の作ってくれたお粥があまりにも温かくて美味しくて涙がでちゃったわ。恥ずかしいけれど、何かドンドン○○君のことが()()()()()()()の。だからかな、○○君が、私のことを好きだと言ってくれたことがとても嬉しくて、私も彼を好きだと言ってしまったのは。○○君に抱き寄せられて、大人気なくドキドキしていたところに、突然、あの髙橋先輩が現れたのよ。驚いてしまって、ドキドキはどこかに行ってしまった。相変わらず、先輩は我が道を行っていた。会社を立ち上げたようで、そこに誘われたけれど、断ったわ。私には、あなたとのこのプリマヴェーラがあるから。私は、ここを守っていく。ねえ、もし私が○○君と二人でプリマヴェーラをやって行くことになったら、あなたはどう思う?ごめんなさい。今のは、無しね』


「泉天さん・・」


 これは高橋さんと泉天さんがデートした時の日記だ。


『髙橋先輩の誘いを断れず、今日高橋先輩と食事に行った。お店の買い出しは、必要だったから、付き合ってもらい、重い荷物を持たせてしまったのは、悪かったかな。いつもは、○○君がやってくれるから、気にならなかったけど、結構大変そうだったから。先輩は、相変わらずパワフルでとても元気。私を()()()()()()()()し、楽しい一時だった。でも、先輩にまさか告白されると思わなくて驚いてしまった。私と彼の会社を一緒にやっていきたいと猛アタックされて困ってしまった。先輩は、離婚していたのね。だから寂しかったのかしら?私をパートナーにしたいって。正直少し嬉しかったけど・・・、私にはプリマヴェーラがあるから、と断った。それは、本当。でも、髙橋先輩に好きだと言われて、私は、○○君のことを、好きになってしまったことを自覚したから。○○君は、いつまでもここにいられないのに、私ったら、どうしちゃったのかしら?』


「そんなことない。僕も泉天さんを好きになっていたんだから」



「これは、妖精のパンケーキを開発していた時の日記だ」


『今日、○○君が倒れた。みんな私のせい。○○君に妖精のパンケーキの開発につきあわせ、とても無理をさせてしまった。私、○○君がプリマヴェーラ(ここ)からいなくなるのが、とても怖かった。○○君のやさしさに甘えて。○○君のことが、頭を離れないから。でも、それは、私のエゴよ。○○君は、今でも自分のお仕事がしたいと思っている。それを私が邪魔をしてしまうのは、絶対ダメ。彼がいる場所は、ここではないのだから』


「僕は、泉天さんにこんな心配をかけていたのか。僕がハッキリしなかったから。僕は、なんて馬鹿だったんだ!」


『昨日、私は誕生日を迎えた。暫く自分の誕生日をお祝いしてもらうことなんて無かったから、あんなにも盛大にお客様にお祝いしてもらえるなんて思わなかった。そして、忘れられない誕生日となった。あなた、ごめんなさい。昨日、○○君に抱かれたわ。私、○○君が好き。どうしようもなく大好きなの。もうこの気持ちは誤魔化せない。彼も私を愛してくれている。不安が無いわけではないけれど、○○君となら、一緒にプリマヴェーラやって行ける。やって行きたいの。あなた、こんな私を許してくれるますか?』

 ノートのこのページには、涙の痕があった。



『○○君が、今日遠くに行ってしまった。自分が彼を送りだしたのに。この喪失感は何だろう?寂しさが湧いてくると、胸が苦しくなり少し震えがでてしまう。でも、お腹の辺りに彼の温もりがまだ残っている。これを大切に私はこれから頑張ろう。きっと○○君は、帰って来てくれる。それまでプリマヴェーラ(ここ)もこの温もりも守って行こう。あなた、ごめんなさい。私は、あなたの他に大切な男性ひとができました』



 記述が変わった。

 ご主人から僕への問いかけへと。


『○○君、私は、新メニューの開発に取り組んでいます!○○君が取り組んでいるAIほど大きなことではないけれど、○○君が帰ってきたらプリマヴェーラの新メニューとして提供できるように頑張りますからね!』


 そして、1カ月ほど経過した後の日記だ。

 ノートにあるメニューを発見する。


「泉天さんは、あの時言っていた新メニューを開発していたんだ!」


 それは、『妖精のパンケーキ』に次ぐ新メニューだ。僕がカフェを去る前に、泉天さんに見せて貰ったご主人のノートに描かれたメニューだ。日記を見て、僕が帰ってきたら試食してもらおうと、試行錯誤を何度も繰り返し完成させた事がわかった。それを見て僕は、涙するしか無かった。泉天さんの想いが僕を突き動かす。


「泉天さん、このレシピ、ありがとう。僕がこのメニューをプリマヴェーラの新しい新メニューに加えますから!」



 泉天さんの妊娠がわかった時の日記だ。


『○○君。今日。私はあなたの子供を授かりました。とても幸せです。きっと○○君も喜んでくれますね。男の子かしら?女の子かしら?○○君はどっちが希望かなあ?うんうん、どちらでも私が元気な子を産むだけですねえ。お母さんなんだから、頑張らないとですねえ』


 そして、最後の日の日記だ。


『○○君、明日、プリマヴェーラ(ここ)を一度去りますね。あなたの子を無事産んで落ち着いたら、ここにまた戻ってきます。不安がないわけではないないけれど、○○君と、お腹の子供、それに、できれば()()()とも一緒にまたこのお店をやって行きたい。今はそんな希望を持っています。この希望が叶うといい。いいえ、きっと叶うと信じて・・・。私は一旦ここを離れますね。


追伸:いつかこの日記を○○君が目にする日があるのかしら?それは、少し恥ずかしいですねえ』


 ここで泉天さんの日記は、終わっていた。




 僕は日記を読み終えると、泉天さんのベッドに横たわり、白い天井を見つめしばらく余韻に浸っていた。


                               (おわり)



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