1-8話:夢に潜んでいた化け物
「な、なんだァ? コレ! 映画の撮影かァ!?」
「馬鹿野郎ッ! カメラなんて何処にあんだよッ! それにコイツ、俺とお前の店の間に突然現れたんだぞッ!」
「じゃあさァ、じゃあさァ、何だって言うんだよぉコレェッ!」
「オレこいつを夢の中で見たぞッ!」
「あ、あたしもッ!」
「はぁ!? 噂の化け物が現実にまでやって来やがったっていうのかよッ!?」
「冗談じゃねェ! コレは夢なんかじゃなくて現実なんだ!」
人々の会話がわかる程に接近した二人だが、状況は混乱を極めている。
しかし、あまりのリアリティの無さに、現在この場にいる人々は逃げようとしておらず、好奇心からか化け物の様子を見ていた。
「有久さん、みんな混乱しているみたいだけど、これ、早く逃がした方がいいよねッ!?」
「ええ! このままだと間違いなく嫌なことが起こるわよッ!」
「わかった!」
朝陽は頷くと、近くにいる人々から順に声をかける。
逃げた方がいいと、何が起こるかわからないから、と。
その言葉を受けて逃げる者がいればそれでも逃げない者もいる。しかし、何も行動を起こさないよりは幾分か良いだろう。
その一方で、海産は自分の手のひらを見つめていた。
「もう……ッ! 何でよ……ッ! 化け物がいるのに……ッ!」
震える手のひらを握りしめると朝陽と同じように避難勧告を始める。
「早く! 早く逃げてッ! 貴方もッ!」
「つってもよゥ、コイツ、何かするってワケでもねェし、案外危ねぇヤツじゃねェのかも……おろ? いつの間に?」
彼女の警告を受けるも逃げようとしなかった妙齢の男性が、ふと自身の腹を視る。
「有久さんッ! そこから離れてッ!」
「ッ!?」
男性の腹は伸ばされた化け物の腕によって貫かれていたのだ。
「いや、待ってくれィ! 全然痛くねェぞッ!?」
「!?」
朝陽と海産、そしてまだ残っている数名が驚愕の表情で男性を見る。
腹を貫かれているはずの彼が何ともないように大きく笑っているからだ。
「ハハハッ! もしかしてアレか!? マジックってヤツじゃねェのかコレッ!?」
「よ、よくわからないけれどッ! 今の内に離れた方がいいわッ!」
「いやいや! 大丈夫だってッ! マジックなら怖くねェからさッ! タネも仕掛けもあるんだろッ! なあ、ほれ見ろッ!」
男性が自分の腹を貫いているはずの化け物の腕を掴もうとする。しかし、男性の手は化け物の腕を貫通するように空を切る。
「ど、どういうことだろう……有久さん」
「わからない。わからないけれど、あの状態でいられるのはかなり不安ね……」
「……ああ、場の雰囲気も良くない方向に向かってるね」
緊迫した表情を維持している二人であるが、その場に残った数名には安堵の表情が浮かび、ビデオ撮影まで行う者までもがいた。
男性を押し飛ばすか?
朝陽が海産に視線を送るが、首を横に振る。
万が一男性に怪我を負わせた上で化け物が何もせずに消え去った場合、単なる加害者になってしまうからだ。
それにーー
「……平和のためだもの」
彼女が小声で呟いた言葉を聞き取れず、首を傾げていた朝陽だが、すぐに男性へと視線を戻す。
「おゥ! 撮れ! 撮れッ! こんな機会滅多にねェぞッ!? アーハッハッハッハ――は?」
「……ッ!」
その場にいる者全ての表情が強張る。
何故ならば、男性の腹が本当に貫かれたからである。
「な、何でだよォォォォォォッ!? マジックじゃねェのかよオオオォォォォッ!? いでえよオオォォォッ!」
ゴポリ。
叫びと共に男性の血液が泉のように湧き上がる音が混ざる。
「この……! このォッ! 離せってんだよオオォォォッ!」
「ッ! 有久さん! アレ……ッ!」
「ええ……化け物の腕を掴んでいるわね」
そう、男性は化け物の腕を引き抜こうと掴んでいたのだ。
先程までは掴めなかったというのに。
「まるで、今やっと実体を持ったみたいだね……ッ!」
「……! そうねッ!」
「って、そんなことより! 逃げようッ! 有久さんッ! 流石にみんな逃げてるよッ!」
男性が負傷したことで残った人々もようやく避難をする。
しかし、彼女はその場を動こうとしない。
「いえ、この化け物はここで止めないと、逃げたところで被害は拡大してしまうわッ! それに、次に被害にあうのは私かジョウコウチ君の可能性が高いし、あの男の人をそのままにはしておけないわ!」
「そ、そんなこと言ってもどうやって対抗するっていうのさッ!? いくら実体を持ったかもしれないといっても、生身で闘えるような相手じゃないでしょッ!?」
「……ええ、そうね」
焦るあまり、朝陽はあることに気づかない。
「夢の中ならレーヴフォールさんが助けに来てくれるかもしれないッ! だけど此処は現実なんだッ!」
海産が何かを握っていることを。
彼女が現状を解決可能なイザコザだと考えていることを。
「レーヴフォールなら、此処に在るわ」
「え……? そ、それは……?」
彼女は握っていたモノを朝陽へと見せる。
それは、折り畳み式の手鏡であった。
「まったく……嬉しくて色々考えていたのに、予想外のことが起きすぎなのよ」
握手とか写真撮影とか考えてたのに、と呟きつつ、海産は化け物へと向かってソレを掲げた。
「有久……さん?」
「けれど、今ならできるッ! 『回鏡』ッ!」
手鏡のボタンを押すと、折り畳み式のソレが開き、彼女の背後に背丈以上の大きく丸い鏡が現れる。
「はぁッ!?」
その光景を後方から見ていた朝陽が信じられないように叫ぶ。
しかし、超常現象はそれでは終わらない。
大きく丸い鏡は彼女を巻き込むようにその場で回転を始める。
一回り。
鏡が通った後の彼女の胸と胴部分には筋肉を模した強靭なアーマーが装着される。
二回り。
彼女の肩に翼を模したアーマーが、腰回りから脚にかけてはボディラインに沿った可動域の広いスーツが装着され。
三回り。
彼女の腕から手にかけて、幅の広いアーマーが二つ、肘辺りに銀色に鈍く光るプロテクター、そして手には青く輝くガントレット。足には赤く輝くブーツが装着される。
「有久さんが……レーヴフォール、さん?」
四回り……の前に、海産が後ろをちらと振り返る。
「貴方だけは、絶対に私が護るからね?」
――その顔は、愛おしそうに笑っていた。
鏡越しのその表情に息を飲む朝陽。
次の瞬間、鏡がもう一度回る。
四回り!
彼女の頭に何かの動物を模したような白黒のフルフェイスタイプのヘルメットが装着され、その上に黄色に光り輝くハートマークのようなマスクが装着される。
そう、彼女こそが、有久 海産こそが!
「……レーヴフォール。現の世界に参上したわ」