第1-7話:談笑と叫び声
「モクルリさん、忙しそうだったわね」
「そろそろ文化祭が近いですからね……」
現在、朝陽と海産は二人で下校中である。
本来ならば主もこの場にいるはずなのだが、文化委員として呼び出されたため、彼に先に帰るよう促したのだ。
「司会って、文化委員がやるものなのかしら。私はよく知らないけれど、漫画では放送部がやっているイメージだったわ」
「ああ、ウチの高校、今年で放送部が廃部になるらしくて……一人だけになった先輩が司会をする筈だったんですけど、その人が今朝突然、自宅で倒れたみたいで」
「それでさっき、彼女が代理に選ばれて呼び出されたってわけね……それにしても、残念だったわね、その先輩」
「……ええ、そうですね。高校最後の放送部としての活動だったのに」
肩を竦め、長くため息を吐く海産の表情に目を奪われる朝陽であったが、会話を途切れさせないように意識を取り直す。
「……ねえ、ジョウコウチ君。朝から言おうと思ってたけど、私相手に敬語を使わなくてもいいのよ? 同級生なんだし、モクルリさんみたいに親し気な口調で話してくれた方が壁を感じなくて助かるわ」
「え……あー、やっぱり……そう、かな?」
言葉使いに対する指摘を受け、頬を掻きながらやりづらそうに返答すると、彼女も困ったように小さく笑いながら言葉を返す。
「ん、ごめんなさい。突然変えるっていうのは難しいわよね。人には人のペースがあるもの」
「いや、僕も同級生にはあまり堅苦しく感じさせない話し方をするように心掛けてはいるんだけど……馴れ馴れしいって思われたらどうしようとか、色々考えちゃってさ」
主はあんな感じだから受け入れられやすいんだけど、と付け加えつつ小さくため息を吐く。
目前の少女のため息には美しさを覚えた朝陽であったが、無意識とはいえいざ自分がやってみるとその格好の付かなさに恥ずかしさを感じてしまう。
「まあ、そうね。第一声からタメ口だったら流石に馴れ馴れしく感じてしまうかもしれないし……あ、私はちょっと他人のことを言えないかもしれないけれど」
話している内に自分の態度に思う節があったのか、また小さく笑う海産。
「まあ、有久さんは美人だし……」
「容姿は関係ない、と、言いたいところだけれど、まあ、完全に否定はできないわね。表に現れる全ての要素を包めて『その人』という評価になるわけだから……って、さりげなく褒めてもらったわね。ありがとう」
フォローのつもりでかけられた彼の言葉に真面目な顔で返したかと思うと、微笑みを浮かべ、素直に称賛を受け入れ礼を言う。
仮に自分が同じことを言われていたら卑屈な応対をしてしまうのだろう、とまた恥ずかしさを感じながらもソレを振り払い、自身も笑みを浮かべる。
「主はこういうとき、見た目は関係ないって言うタイプだから何だか新鮮に感じるよ。清々しくて悪い気分にもならないし」
「そう? あまり気にしたことはなかったけれど……ところでジョウコウチ君。モクルリさんってただの幼馴染? それとも彼女?」
何でもないような表情で朝陽にとって鋭敏なブローのような質問を入れる海産。
「ただの幼馴染だよ。昔からよく一緒にいるってだけで、そういう関係じゃないよ……それに、僕と主じゃ釣り合わないだろうし」
内心は慌てているものの、それを表には出さずに可能な限り冷静に返答をする。
「ふぅん、事あるごとにモクルリさんの名前が出るからそういう関係なのかと思ったけれど、よく一緒にいるから名前が出やすいってことかしら?」
「多分、そういう事だと思う」
幼少期の朝陽に対してならば違う返答が期待できたのかもしれないが、現在の彼はその頃の気持ちを覚えておらず、また、自分と幼馴染を比較する癖がついてしまっているのでそんな返答になってしまう。
「なるほどね……けれど、貴方にそんな幼馴染がいたのは予想外だったわ」
「え、予想外って……?」
「ほら、貴方の体質のことを知って興味が湧いたから様子を見ていたって言ったじゃない?」
「ああ、そうだ――」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁッ!」
「!?」
朝陽が頷きながら更に話を聞こうとした瞬間、何処からか叫び声が響く。
「叫び声ッ!?」
「あっちの方から聞こえたわね……! 道路を面して向かい側ッ!」
「商店街ッ!? 何かやばい人が暴れてるのかも……ッ!?」
海産が指さしたのは夕方頃、つまり、丁度今頃から賑わいの第二ピークに達する商店街であった。
「行ってみましょう、ジョウコウチ君!」
「え、危ないから行かない方が……! 有久さんっ!」
昼休みに彼女は『解決可能なイザコザを見逃さない』という自分の理念を彼に話したのだが、先ほどの悲鳴はどう考えても一学生に解決可能な騒動ではないだろう。
しかし、朝陽が止めようとしたときには彼女は既に駆け出しており、彼もそれを追う形となる。
「もしかすると救助が必要な状況かもしれないわ!」
「もしかすると自分たちも危害を加えられる状況かもしれないけどね!」
前を走る少女の言葉に対抗するように叫ぶが、ただでさえ運動不足の彼にとってこのエネルギー消費は大きなもので、足を踏み出すたびに息が弾む。
「幸い信号は青よッ! これは早く行けってことねッ!」
そんな訳ないだろうと思いつつもこれ以上無駄に体力を消耗することを避けるために朝陽は無言で付いて行く。
「……有久さん! アレは……ッ!?」
しかし、無言状態は数秒で終わる。
「見間違いじゃあ、ないわよね……ッ!?」
二人の視界に映るのは、動揺する人々と、ある一つの物体。
「あれ、心臓みたいに見えるんだけどさ……ッ!」
「そう? 私には化け物のように見えるけれどッ!」
「ああ、言い方が悪かった! 心臓みたいな化け物が見えるよ……ッ!」
「それなら同じねッ!」
そう、その物体は動いている。
それは心臓のような形をしているが、逞しい腕と足が生えている。
それは、夢の中にのみ現れるはずの化け物だった。