第1-6話:もっと知りたい
「なるほど……売店で札を買って食堂のカウンターに持って行くのね。覚えたわ」
「あははっ! いきなりカウンターの方に行ってビックリしたよぉー!」
「まあ、前の学校とは形式が違うだろうから仕方ないよ……」
時刻は正午を回り、三人は食堂のカウンターの前に立っていた。
「それにしても、売店の方、凄いわね。毎日こうなの?」
「うん、そうだよー! 教室が遠かったり授業が長引いたりしたときは大変なんだよねー……」
「まあ、そういうときは少し時間を置いて行けばいいんだけどね」
幸いにも彼らのクラスは定刻通りに授業が終了したため、ピークタイムが来る前に札を購入できたが、売店の方には大勢の生徒が窮屈そうに並んでいる。
パンを買う者、札を買う者が入り混じる地獄。生徒が此処に放り込まれるかどうかは教師の授業が長引かないことにかかっている。よって、四限目を定刻通りに終わらせるかどうかがその教師の好感度を決めると言っても過言ではないのだ。
「お! 来た来た! それじゃ、あの辺に座っておくねー!」
「うん、わかった」
「ええ、先に食べていてもいいわよ」
注文したわかめうどんを持って席を確保しに行く主。その姿を見送った後、朝陽は海産の方を向く。
「有久さん、ハンバーグが好きなんですか?」
「そうね……好き、というよりは一番食べ慣れている料理、かしら」
「ああ、そうなんですね。日替わり定食のメインの内容を聞いてハンバーグだってわかった瞬間に即答してたから、よっぽど好きなんだって思って……」
「ふふ、迷ったときは自分が食べ慣れているものを選べばいいって何かの漫画で言ってたから、ソレを実践してみたの」
「ああ、聞いたことあるかも。何の漫画でしたっけ……あ、一気に二つ来ましたね」
主と話すときよりも更に目線を上にして話す朝陽。
座って話しているときはそうでもないが、立った状態で話すと、彼女の脚の長さも関係して身長差が明白となる。
漫画のタイトルは不明のままであるが、二人は日替わり定食を持って主の待つテーブルへと向かう。
「……ふぅ。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたぁ! ……あれ?」
食事を終えた三人であったが、主があることに気づく。
「どうしたの? ……ああ」
主に聞いたものの、答えが返ってくる前に彼は理解する。
カウンターの前で二人の男子生徒が口論をしていたのだ。
「……間違えて順番を飛ばしちゃった、とかかな?」
「まあ、多分そうだろうね……」
カウンターに置く札には番号が割り振られており、生徒はこれを覚えることで置かれた料理を取るのだが、番号を覚えていない、または勘違いした者がいると順番飛ばしが発生するのだ。
頻繁に起こることではないが特に珍しいものでもないので、様子を遠くから見守る二人。
だが、彼らはとあることに気づく。
「……え、海産ちゃん、いつの間に!?」
海産が二人の生徒に近づいて話を聞いていたのだ。
「……二人とも、圧倒されてるね」
高身長で銀髪の美人が急にやって来たら驚くのも無理はない。しかも場所は公立高校の食堂なのだ。もし彼らが下級生であればその威圧感は一生忘れられないくらいにインパクトがあるだろう。
「……あ、帰ってきたよ!」
深々とお辞儀をする男子生徒二人を背に、海産は悠然と帰還した。
彼らの方をチラと見る朝陽。
互いに礼をした後にそれぞれのトレーを持って行っている様子を確認し、海産に問う。
「有久さん、二人になんて言ってきたんですか?」
彼女がインパクトの強い発言をしていないか心配する気持ちが伝わったのか、クスクスと笑いながら海産は答える。
「ああ、どちらが先に札を置いたのか覚えていたからそれを教えてきただけよ」
「へー! 海産ちゃんって記憶力がめっちゃ良いんだねーっ!」
「たまたまよ。この食堂が珍しくて色々見てただけだもの」
「それでも、それを伝えに行ったのは凄いと思います。あの間に入るのって、なかなか勇気が要りますから……」
自分なら例え知っていても伝えにはいかないだろう。と、朝陽は感心しながら何度も頷く。
「ふふ、夢は世界平和って言ってるのに解決可能なイザコザを見逃すなんてカッコ悪いでしょう?」
「おぉー……! なんかカッコ良いよ海産ちゃんっ!」
「なるほど……」
世界平和。
朝陽にとってその言葉はどこか現実味のないモノであったが、海産の言葉を聞いたことで彼女の本気具合を感じ、尊敬の念が湧き上がった。
そして、同時にこう思ったのだ。
彼女のことをもっと知りたい、と。