第1-4話:転校生は夢を覗く
しかし、ホームルーム中、大事件が起こったのだ。
「本当に銀髪美人な女の子が来ちゃったよ……」
俯きながら小さく呟く朝陽。ちらと見える主の表情にも戸惑いの色が伺え、教室内が次第に私語で満たされていく。
そう、担任の呼びかけで教室へと入ってきた転校生は、長く煌びやかな銀髪を揺らしながら堂々と歩く美少女だったのだ。
自己紹介を促され教卓へと立った彼女は爽涼な表情を崩すことなくやや乱雑な字で黒板に自身の名前を書いていく。
「有久 海産です。世界平和を目指しています。よろしくお願いします」
高くもなく、それでいて低いわけでもない声色で彼女はそれだけ言って軽く頭を下げる。
「え、『みうみ』……? 『まりん』って読むハズじゃ……」
「いいえ」
世界平和……? なんて騒つく中、まさしく漏れ出るという形で疑問の声を発した担任に向けて、海産と名乗った少女の不快感を露わにした視線と突き刺すような否定が放たれる。
「え、えっとぉ……し、しょ、書類のミスかしら? ご、ごめんなさいね! えっと、そ、それじゃあ、有久さんに、し、質問したいことがある人はいませんか?」
教師としての勤務年数が短い彼女はこれに慌てるが、言葉を詰まらせながらもどうにか転校生がクラスに馴染みやすいようにと生徒に呼びかける。
「はいっ! その髪の色は地毛ですか!?」
ただ単に気になっただけなのだが、結果的にこれに応えるように主は素早く手を上げ、海産へと尋ねた。
「ええ、そうよ」
自身の髪をふわりと撫で、小さく頷きながら尊大な調子で答える。
「えっと、それじゃあ有久さんはハーフなんですか?」
「ええ」
主に続いた別の生徒が尋ねると、再び頷く。
ハーフという言葉によって教室はまた騒がしさを取り戻す。
外国人と関わる機会が殆どない彼らにとって、そんな存在の血と親しみやすい自国民の血が混ざった者というのは非日常感を味合わせてくれる都合のいい存在なのだ。
「何処の国とのハーフなんスか!?」
この話題になったからには必ず挙がるであろう質問に、海産はやたらと真面目な表情で口を開く。
「私は夢魔と人間のハーフよ」
先程まで良い感じに温まっていた場の空気が急激に冷え込むのを朝陽は感じた。
冗談で言っているのならば笑われて終わるだけの話なのだが、彼女のあまりにも真面目な表情がそうはさせなかった。
「あ、ああ、えっと……はい」
質問した生徒は呆気にとられたようにそれだけ言うと、周囲の友人たちに無言で視線を送る。
それは教室中に伝染しており、依然として悠然と立っている海産だけが異質感を放っている状況である。
基本的にどんな人物とも打ち解けることができる主でさえも、他の生徒と同じように困惑した表情を浮かべながら、海産と朝陽を往復するようにキョロキョロと視線を移している。
だが、視線の先の彼は誰を見るでもなく顎に手を当て俯いていた。
「……あの、有久さん」
控えめに言って地獄であるこの空間に朝陽の声が響く。
授業で発表するときよりも大きなプレッシャーが両肩にのしかかってくるのを感じて若干後悔している彼だが、その瞳はしっかりと教卓の彼女を見据えている。
「ええ、何かしら?」
「夢について、詳しいんですか?」
「それなりにはね。夢に関する相談なら力になれるわよ、ジョウコウチ君」
「え……?」
朝陽の口からつい間の抜けた声が漏れ出てしまうが、それも無理はないだろう。
初対面である筈の人間から名字を呼ばれたのだから。
「他人の夢の中に入る体質、でしょ? たしか、一昨日の夜はそこの彼とジャングルを探検する大冒険を繰り広げていたわよね。そして、昨夜はそこの彼女とスイーツバイキングに行く夢。他にも人はいたけれど彼らは彼女の夢が作り出した像に過ぎない……違う?」
手のひらを天井に向け、生徒を指し示しながら彼女は語る。
その表情には上品な笑みが微かに浮かんでいる。
「な、何で……?」
朝陽だけでなく、彼女に指し示された二人も驚きの声をあげる。
彼の体質については同学年の生徒は殆ど知っているため、何かの拍子にこの情報が彼女へと渡る可能性は否定できない。
しかしそれだけでなく、夢の内容まで彼女は当ててみせたのだ。
「さっきも言ったでしょう? 私は夢魔と人間のハーフ。転校先の人たちのことを知っておこうと思って夢の中で調べたのよ、色々とね。そして、貴方の体質のことを知って興味が湧いたから様子を見てたの」
先程まで冷え切っていた教室の空気がまた温まっていく。
夢魔と人間のハーフ、という言葉を信じたわけではないのだろうが、朝陽のような特殊体質だと捉え、その特殊性を楽しむことにしたのだろう。
「自由に、そして、思い通りの人の夢に出入りできるってこと……ですか? 僕の体質の上位互換みたいな」
「ええ、その認識で合ってるわよ。だけど、まあ……貴方の体質については後で話しましょう。長くなりそうだし」
「あ、それもそうですね。質問に答えていただきありがとうございました」
たしかに、この場で話し込むには適さない話であるため、朝陽は礼を言って席に座る。
「……あの、これで質問は終わりでいいですか? 先生」
「え? あっ、はい! それじゃあ有久さんは常光地くんの後ろの席に座ってください! これからこのクラスの一員として、頑張っていきましょう! 拍手ー!」
パチパチと鳴り響く拍手の中を悠々と歩き、海産は朝陽の後ろの席へと座る。
「改めて、これからよろしくね。ジョウコウチくん」
「ええ、よろしくお願いします。有久さん!」