第2-8話:潜み、気を窺う怪人
「貸切状態並みに人がいなかったからちょっと不安だったけど、結構良いカフェだったね……それにしても、有久さんが食べてたパフェの大きさには驚いたけど」
「ええ、一人で食べられるか不安だったけど、案外入っちゃったわね……とても美味しかったし、奢ってもらったことについては素直に感謝ね」
「はははっ! それは直接伝えた方がいいんじゃないかな!」
「フフ……また面倒な絡み方をされるから嫌よ」
支払いをするから先に出るようにと桃から促された二人は大扉の付近で笑い合う。
「二人ともおっ待たせーっ! それじゃ、帰――」
バンッと勢いよく開かれる大扉。
満面の笑みを浮かべ二人へと呼びかけながら歩み寄る桃。
しかし、彼らの目線はその上方にあった。
「会長ッ!」
「上ッ!!」
「――あぁッ!?」
とてつもない轟音と共にコンクリートで舗装された地面が割れ、破片が周囲へと飛び散る。
「……ぶないなぁもうッ!? なになにッ!? 何が落ちてきたのッ!?」
間一髪のところで後方へと飛び込んでいた桃。
混乱しながらも立ち上がり、落下物へと目を向ける。
「……ッ!」
しかし、落下してきた『何か』も桃へと視線を向けていたのだ。
「会長ッ! 店内に入ってくださいッ!」
「出来れば裏口から逃げて、警察を呼んでッ!」
「わ、わかった! 朝陽くんたちも早く逃げてねぇッ!」
「……ッ!」
岩石を彷彿とさせる紫の肌。
爛れ落ちた鳥類の頭部。
稲妻のように走る鋭い眼光。
目前の存在の恐ろしさを即座に察知した桃は朝陽の助言を受け再び大扉を開け、店内へと入っていく。
「あ、有久さんッ!?」
「大丈夫……! 飛んできた石で袖が少し破けちゃっただけよ! ちょっとだけ切り傷も負ったけれど、支障はないわッ!」
自身の片腕を見つめていた海産の様子に気づいた朝陽が叫ぶが、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「よ、よかった……ッ!」
「それよりも……ッ!」
負傷していない右腕で上空を指差す。
その先には、怪人が宙に立っていた。
「まさか……!」
「ええ! もう一度落ちてくるッ!」
「走って逃げようッ!」
「いいえ。私を信じて、タイミングを合わせてちょうだい!」
「ああ! わかったよッ!」
視線を上空の怪人に向けたまま、二人は決断する。
「……」
「……」
「アァァァァァアァァァッッ!!」
暫しの沈黙……の後に怪人が動き出すッ!
「今よッ! 後方に!」
「うんッ!」
二人が後方に跳んだその直後、怪人は彼らの目前に着弾する!
「破片がッ!」
「大丈夫! 心配しないでッ!」
前方へと右腕を伸ばしていた海産が叫ぶ。
握られていた手鏡のボタンは、既に押されていた。
「わッ!?」
朝陽が驚きの声をあげる。
突然海産に肩を掴まれ抱き寄せられたのだ。
「これで弾くわッ!」
二人の後方に現れた大きな鏡が素早く回転し、コンクリートの破片を全て弾き飛ばす!
一回り、二回り、三回り!
「す、すごい……おわ!?」
再び驚きの声をあげる朝陽。
海産の抱き寄せる力が次第に力強くなり、密着した状態となったのだ。
「あ、有久さん……?」
「大丈夫? 怪我はない?」
困惑した表情で彼女へと声をかける。
しかし、装甲を見に纏った海産から返ってきたのは自身の身を案じる言葉のみだった。
「う、うん……ごめんね! すぐ離れるからッ!」
硬い装甲に包まれているとはいえ、女性の胸部に頬を当てている状態になっているのが気が気でないのか、声を裏返しながら謝罪する。
「あら……こちらこそごめんなさい。痛くなかった?」
当の本人は気にしていないように笑みを浮かべ、その手を離す。
「ぜ、全然大丈夫! その、有久さん……僕も逃げた方がいいかな?」
自分が居たところで海産が闘いにくいだけだろう。
そう感じていた朝陽は後方へと下がりながら問いかける。
「いえ、もう少し距離は取ってほしいけれど、近くにいてほしいわ」
「え……?」
その返答に不意をつかれたように声をあげる朝陽。
問いかけながらも、実のところは『早く逃げろ』と言われるものだと思っていたのだ。
「私が近くにいれば絶対にジョウコウチ君を死なせないもの」
「――有久さんッ!!」
愛おしそうな笑みを彼へと見せる海産。
朝陽は見惚れる前に声を荒げる。
怪人が彼女へと飛びかかっていたのだ。
「昨日も言ったけれど……甘いわッ!」
「ガアァァァァアァッ!!?」
敵の方を見向きもせずに発せられた言葉。
四回り!
怪人は回転する鏡によって弾き飛ばされる!
「ハアアアアァァァッ!!!」
「ガァッ!!」
マスクを装着し完全にレーヴフォールとなった海産が素早く動き、着地しようとして怪人を蹴り飛ばす!
「まだまだッ!!」
追撃を止めない彼女は、怪人が跳ばされた方向へと再び走り出し、右腕でパンチを繰り出す!
「ァアァ……マアァァァイィッッ!!」
「この体勢で……ッ!?」
しかし、怪人は吹っ飛ばされながらも海産の拳を受け止める!
そして、地面へと足をつけた怪人はそのままの勢いで彼女を投げ飛ばしたッ!
「有久さんッ!」
「……くッ! あぁッ!!」
カフェの外壁へとぶつかり、苦痛の声をあげる海産。
しかし、怪人の攻撃の手は止まない。
「アァァァァァァァァッ!」
「有久さんッ!」
「ぐッ! ふぅッ!!」
風を切る音――
何かがひしゃげる鈍い音が響く。
怪人の重い一撃が海産の腹部へと撃ち込まれたのだ。
「アアァッハァ! アアアァァッ!!」
「う……ぐッ! あぅッ!」
怪人の攻撃はそれで止まらず、彼女の全身を痛めつける。
身体の節々が悲鳴を上げ、海産の口からも苦痛の声が漏れ出る。
「くっ……そおおぉぉぉぉッ!!」
怒気を孕んだ叫びを上げ、駆け出す朝陽。
自分では到底敵わないことなど承知の上だったが、痛めつけられる海産を前にして何も行動できないわけがなかったのだ!
「ジョウ……コウチ、君ッ!」
途切れ途切れになりながらも彼女は朝陽の名前を呼ぶ。
それは制止の意を込めたモノであったが、彼には届かない。
「アァァァッ!」
「ッ!!!?」
眼光が朝陽へと向けられた――その刹那、怪人は彼へと腕を伸ばしていた。
「うわああぁぁッ!!」
速すぎる!
そう思った頃には彼は怪人に頭部を掴まれ、上空へと連れ去られていた。
「アァァァァハッハッハァァァァァァッ!」
周辺の建物を見下ろせる高さまで上昇した怪人は、嘴を大きく開き、勝ち誇るように笑い声を上げた。
「くっ……! 有久さん……ッ!」
朝陽の脳裏には家族や主たちとの思い出が過ぎる。
これが走馬灯というヤツなのか。
しかし、彼はその考えを振り払い、海産の名を呼ぶ。
たしかに自分は死の間際にあるのかもしれない。
けれど、彼女は自分を死なせないと言ってくれた。
海産を信じるのであれば、自分は死なない。走馬灯なんて見る筈がない。
そう考える彼の瞳には未だ光が灯っていた。
「――私の『居場所』は絶対に奪わせないッ!!」
「――ッ!? アアアアアアアアアアァァァッ!!!!」
怪人が驚愕の声をあげる。
突如として自分の目前に現れたレーヴフォールが自身の両嘴を掴み、上下に開き上げたのだッ!
「アァァァッ!!」
咄嗟に自分の嘴へと両手を当てた怪人は朝陽を手放していた!
「……ッ!」
彼は落下しながらも叫ぶことなく空を見る。
「とんだ無茶を……と、言いたいところだけど、本当に助かったわ。ありがとう、ジョウコウチ君!」
「……ははっ! どういたしまして! ソレ、カッコいいね!」
蝶を彷彿とさせる光の羽を肩から放出させているレーヴフォールが朝陽を抱き抱える。
彼女に礼を言われたことが嬉しく、彼は満面の笑みを浮かべる。
しかし――
「フフ、ありがとう……けどね、これ、そろそろ消えるの」
「へ?」
「かなり前に作った試作品だから、持続時間はあまり考えてなく……あっ」
「あっ」
徐々に下降していた二人であったが、羽の消失により、球速に落下するッ!!
「耳を塞いでッ!!」
「えっ!? うんッ!!」
指示の意図が読めない朝陽であったが、言われた通りに両耳を塞ぐ。
「……ハアアァッ!!」
「……ッ!」
レーヴフォールのブーツの底面から鋭い長針のようなモノが現れるッ!
そして彼女は片脚をカフェの外壁へと突き立てた!
耳を塞いでいても脳へと響く不快な金属音に表情を歪ませる朝陽であったが、その瞳は自身たちへと飛びかかってくる怪人の姿を捉えていたッ!!
「有久さんッ!」
「ええッ!!」
速度を抑えて着地した海産は片脚を思い切り振り上げる!
「潰せるものなら潰してみなさいッ!!」
「アアアアアアアアアアァァァッ!!」
挑発するような彼女の言葉を受け、怪人は長針をも恐れず彼らを押し潰そうと飛びかかる!
「くっ……ハアアアアァァァッ!!」
地面に接していたもう一本の長針が沈み込み、固定される!
そして海産は怪人が刺さった片脚を思い切り振り下ろしたのだッ!!
「ア……ァ……アアアアアアアアアアァァァッ!!」
「モズのはやにえキックハンマーってところね!」
「あはは……やったね、有久さんッ!」
心底無念そうな叫び声を上げながら消えゆく怪人を見ながら、海産が自慢げに言う。
そのネーミングセンスには苦笑を隠せない朝陽であったが、直後に二人の生存と勝利を喜ぶ。
「ええ、貴方無しでは成し得なかった勝利ね……おっと!」
元の制服姿へと戻った海産が朝陽を地面へと降ろす。
「あっ! ごめん! 重かったよね!」
「フフ、この姿だと流石に軽いとは言えないわね……さあ、帰りましょう」
「うん! 会長、怪人を見ちゃったけど、大丈夫だったかな……」
「むしろ、今日以上にうるさく絡んできそうで嫌だわ……あ、そういえば」
肩を竦め、息を吐いた海産はとある事を思い出す。
「……ちゃんと呼んでくれてたみたいだね」
サイレンの音を聞き、朝陽は苦笑いを浮かべる。
そう、桃と別れる際に海産は警察を呼ぶように頼んでいたのだ。
「万が一のときの保険で頼んだのだけれど……これだけ遅ければ何の意味もないわね。はぁ……今回は被害者も出ていないし、どうしようかしら」
「このまま帰るのは良くないことだろうし、とりあえず待って適当な言い訳でもしようか……」
心底めんどくさそうにため息を吐く海産に対し、朝陽は苦笑いを浮かべたままそう言い、肩を竦めた。