2-7話:そんなことに興味は無い
放課後、桃と共に朝陽たちが訪れたのはとある喫茶店だった。
レンガ造りの外壁に、両面開きの大扉。そして、ゴシック系のインテリア主体の店内。
西洋風の洒落た店という雰囲気が趣味に合ったのか、移動中はあからさまに不機嫌であった海産の口端は次第に上がっていった。
「――それで、朝陽くんが他の人と同じ夢を視るって話だけどね! 同じ夢を視るっていうのは『意味のある偶然の一致』、つまり、シンクロニシティ……日本では共時性とかって訳されているやつの一種じゃないかって言われているんだー! それでそれでっ! このシンクロニシティっていう言葉を提唱したのは、名前は聞いたことあると思うけど、分析心理学の創設者の――」
ドバドバと流れ込んでくる桃の言葉に適時相槌を打ちながら、朝陽は隣に座る彼女の方へと意識を向ける。
「……ふふっ」
小さく笑い声を零した海産の目線の先にあるのは話し手の姿ではなく、特大のストロベリーパフェである。
奢る、という言葉に遠慮することなく頼んだもので、運ばれてきた際には彼女の顔の大きさを優に超える全長を誇っていた。
現在、このパフェが彼らの席に運ばれてきてから三十分程度経っているのだが、ようやく器の面がはっきりと見えてきたという具合だ。
「ユング……ですよね。人間の無意識の奥底には人類共通の性質があるって考えていたっていう……えーっと、集合的無意識、でしたっけ?」
同行者の無関心具合にやんわりと苦笑いを浮かべた後、せめて自分だけでも会話を成立させようと朝陽が口を開く。
「おおっ! そうそうその通りっ! もしかして前に調べたことあったのかな!?」
返答を予想していなかったのか、パァッと明るい笑みを浮かべながら前のめりに彼へと顔を近づける桃。
「まあ、そんな感じです……自分の体質のことなんで」
身体を後方へと逸らしながら朝陽は頷く。薄々予想していたことではあったが、彼女の距離感には苦手意識を抱いているのだ。
「うんうんっ! やっぱり気になっちゃうよねー! ちなみに、そのユングって人は無意識を『人類の歴史が眠る宝庫』だって例えていたんだけどさ! それってめっちゃくちゃロマンだなーって思わない!?」
「あのー、クリームが会長の服に付いちゃいますよ……」
更に顔を近づける桃の質問には答えず、机上の食べかけのモンブランについて指摘する。
夢と無意識についての紐付けがイマイチできない朝陽にとって、無意識が宝庫だと言われたところでそのロマンは理解できないのである。
「おーっと! 危ない危ないっ! 制服に付いちゃったらめんどくさいから助かったよぉ! いい加減食べ終えちゃおーっと!」
彼女は笑いながら残ったモンブランを自身の口へと運び、モグモグと咀嚼する。
「……めちゃくちゃな話ですね」
「へ?」
トン、と空の器を置く音が響く。
今まで会話に参加しなかった海産が呆れるような視線を向けていた。
「……ジョウコウチ君が他人と同じ夢を視るのは、彼が自分の夢世界を飛び出して他の夢世界に入り込んでいるからです」
「あー、夢世界! 道すがら言ってたヤツだね! つまり海産ちゃんは、朝陽くんが体験してる現象は『偶然の一致』じゃなくて『必然の一致』だって言ってるのかな?」
明らかに刺々しい言葉を受けるが、桃は気にも留めていないようにニコニコと受け応える。
「ただ単に同じ世界の中で同じものを視ているというだけです。わざわざ難しい上に間違っている言葉で形容する必要はないでしょう」
「えーっと、有久さん――」
「面白いッ!」
「!?」
更に鋭くなっていく海産の言葉の棘に苦笑いを浮かべながら宥めようとした朝陽であったが、桃の感嘆の叫びに遮られる。
「いや、別に元々疑ってたワケじゃあないけどさ! 海産ちゃんの話の通りなら、人間は眠ると各々の夢世界って場所で目覚めを待つってことだよね?」
「ええ。そして、その世界の中で私のように自由に動ける人は殆どいなくて、普通は何らかの物語の何らかの役割を果たす動きをします」
面白い、と形容されたことに悪い気はしないのか、やや上機嫌になりながら解説する海産。
「ふむふむっ! そうなるとさ! どうしてそうなっているのか気になってくるよねっ! 何のために夢世界が存在して! どうして殆どの人間が自由に動けないのかって!」
「いえ、別に」
バッと両腕を天へと上げた桃の高らかな声は冷ややかな声に両断される。
「まったまたー! ちょっとは気になってるクセにー! アタシじゃなくて朝陽くんが言ってたら『ええ、興味深いわね……』キリッ! くらいは言うんじゃないのー?」
「チッ」
「ガチもんの舌打ちっ!?」
「……うーん」
……何故そうなっているのか。
考えもしなかった言葉を受け、朝陽は器の中のコーヒーを見つめ、思考する。
仮に夢世界が何かの目的のために存在する場所なのだとしたらどうだろう。
目的の内容は検討がつかないにせよ、その達成のために存在する場所なのだとすれば、自身の夢世界が小さいことは危うい状況に違いない。
今朝は途中で話の内容が変わったが、夢世界が狭く小さい理由については更に深く考えるべき事柄だろう。
「……結構話しましたし、そろそろ帰りませんか?」
「ええ、とても良いアイデアだと思うわ。これ以上この人と話すことも無さそうだし」
「アタシはまだまだ全然話せるけどーっ! ……まあ、うん、そうだねー。そろそろ帰ろうかぁ」
残りのコーヒーを一気に飲み干し提案する朝陽。食い気味に賛同する海産。そして、渋々といった様子で承諾する桃。
こうして、雑談の幕は降りた。