第2-6話:生徒会長は夢を追う
「さっきは楽しそうだったね。クラスに馴染めたみたいでよかったよ」
「ん、まあ、色々とあったのよ」
上機嫌な様子でチキンカツを一口含める海産。
現在は昼休みで、彼女と朝陽は学食で食事を取っている。
「明日からは教室で食べる?」
彼がそう言うのは、先程の女子生徒二人が教室で弁当を食べるタイプだからである。
「そうしたくもあるけれど……私、学食が好きだから、やっぱり明日からも此処ね」
「ん、そうなんだ」
二人は同じくチキンカツ丼を頼んだのだが、表面の色がやや異なっている。
朝陽は『汁だく』という追加注文以外は何も手を加えていないソレを一口含める。
卵に綴じられておらず、汁にも濡れていないカツの部分だったのか、小気味の良い音を立てながら咀嚼される。
そして、もう一口、汁に浸されたご飯を口に運び、咀嚼する。
調味料の主張が強い出汁の味が口内に広がり、先客であるカツの味とも混ざり合っていく。
悪く言えば安っぽい味とも言えるソレはどこか中毒性があり、汁気の多さに背中を押されつつたまらず二口、三口と箸が進んでいくのだ。
「ええ。暖かい手作り料理が好きだから」
朝陽と同じ『汁だく』であるが七味が少し多めにかけられたソレを食べ進める。
「たしかに、冷めてる弁当よりも温かい学食の方が好きって人は結構いるよね。こんなトロトロの卵は弁当だと食べられないだろうし」
僕はどっちでも嬉しいけど、と言いつつ半熟の卵を口に含める朝陽。
濃い出汁に負けない程の卵の味の強さがこの料理の中毒性を上げているのだろう、と考えつつも更に食べ進める。
「弁当、ね……」
ふと箸を進める手を止め、半熟の卵を見つめる海産。
「ん、どうしたの?」
「私、料理作るの苦手なのよね……少し前に卵焼きを作ってみたら無数の玉みたいな炒り卵ができちゃって」
「……フフッ」
「ちょっと?」
彼女の例えが面白かったのか、次の一口を運ぶ前に笑う朝陽。
不服そうに口をすぼめ、言葉を続けようとするが、彼の手のひらに制止される。
「いや、馬鹿にしてるワケじゃないからね……? 何かその、有久さんって何でもできるイメージだったから、意外で可愛いなって思って」
「……かわ、いい? ……その、えっとね、別に私は何でもできるワケではないわ。むしろ、できないことの方が多くて」
「あ、いたいたー! って、何の話してるのー?」
動揺する海産を微笑ましそうに見ていた朝陽であったが、その視界に幼馴染がヒョッコリと割り込む。
「ああ、主。文化委員の仕事は済んだ……って、生徒会長?」
彼が主の方に目を向けると、彼女に並ぶように、もう一人女子生徒が立っていた。
「ああ、アタシの顔は知ってもらえてるんだね! 嬉しいなぁ!」
年端のいかぬ少女のような声色。
華奢で小柄な体格。
肩にかからない程度の癖の無い黒髪。
しかし、数本だけピンと真上を向いたアホ毛。
見た目だけならば小学生としても通用しそうな彼女が、この高校の生徒会長である。
「生徒会長……?」
「ん、キミが転校生だねっ! アタシは生徒会長の杉崎 桃! よろしくねっ!」
「ええ、よろしくお願いします」
平静を取り戻した海産が差し出された手を握る。
「え、だけど、何で主が会長と此処に?」
「ん、さっきの文化祭実行委員の集まりのときにさ、夢魔と人間のハーフって噂の転校生に会いたいって言われたから連れてきたんだー!」
「もう噂になってるんだ……」
「だからやめた方がいいって言ったんだけど、ねー……」
主が長くため息を吐く。
「まあ、悪いことだけじゃないでしょ。こうやって交友関係も広がっていくし」
幼馴染が普段見せない姿を珍しく思いつつも、朝陽は言う。
「うん、まあ、それはそうなんだけどさぁ、わりと……あっ! それじゃあまた後でね! 実行委員のみんなで食べようって話になったからっ!」
自身を呼ぶ声に振り返りジェスチャーで『すぐ行く』ポーズを見せる主。
「ん……ってことは生徒会長も?」
「いや、桃先輩はもうご飯食べたんだって!」
「ああ、そうなんだ……それじゃ、また後でね」
どのタイミングで食べたのかという疑問は生じつつも、とりあえずは主に手を振る朝陽。
「うん、また後でーっ!」
手を振りながら実行委員が並ぶ机へと向かう主を見送った後、海産と桃の方を向くと、其処には転校生の胸部を凝視する生徒会長の姿があった。
「うわー! おっきーいっ!」
「何してるんですか……」
呆れたように桃を見る朝陽。
無邪気な子供のようにはしゃぐ桃。
そして心底どうでもよさそうな顔をしている海産。
控えめに言って地獄のような光景である。
「朝陽クン! 大きいよっ!」
「用件の邪魔になるなら僕は帰りましょうか?」
危うく更なる地獄に引きずり込まれそうになった朝陽は、彼女が自身の名を知っていることには触れず、これ以上の関わりを控えようと試みる。
連日の地獄は精神に堪えるのだ。
「ジョウコウチ君、この人と二人にしないで」
「ああ、うん、たしかに……」
そう、朝陽がこの状況から脱出した場合、彼女がより厄介な状況へと飲み込まれることとなる。
よって彼の試みは断念された。
「アハハー! 早速警戒されちゃったかもー! って、勘違いしないでほしいんだけどさ、キミが主ちゃんと話し終わるのを待ってたんだよっ!」
「僕が……?」
自分は蚊帳の外だとばかり思っていた朝陽は不思議そうに首を傾げる。
「キミも夢に関する特殊な体質なんでしょ? アタシはキミたち二人に用事があって来たんだよ」
「僕たち二人に……」
「アタシさ、夢関係の話が昔から好きで、大学に入ったら心理学を勉強するつもりなんだよねー! それで、よかったら夢のことについて聴かせてほしいなぁって思ってー!」
「お断りします」
すっかり機嫌を損ねたのか、彼女は即座に断った。
「即答かー!」
ケラケラと笑う桃と面白くなさそうに彼女を見る海産。
「僕は別に構いませんけど……」
「ジョウコウチ君……?」
「おっ、本当に!? いやー、悪いねー!」
「別に断る理由もないかなーって思って……」
海産の冷ややかな視線から目を逸らす朝陽。
彼自身は特に嫌な思いをしたワケではないため、『夢の話ができるのなら』と、軽い気持ちで了承したのである。
「……まあ、それなら私も付き合おうかしら」
ハァ、と小さくため息を吐く海産。
「え、僕の都合に付き合わせるのは申し訳ないよ……!」
「昨日は私が振り回したから、今日は私が振り回されてあげるわ」
「まあ、そういうことなら……」
この言葉に納得する程度には、彼女に振り回された昨日は彼にとってハードであったようだ。
「んー、ん? 若干置いてけぼりになってる気がするけどー……放課後、校門前で待っててよ。アタシの奢りで、美味しいモノでも食べながら話そう!」
唇に人差し指を当て、二人の会話の内容に耳を傾けていた桃であったが、その指を目前へと立てて無邪気な子どものように舌をペロリと出す。
その様子を見て再びため息を吐く海産であったが、朝陽の顔を見ると観念したようにやんわりと微笑み、放課後の予定を頭に入れたのだった。