第2-3話:もっと仲良くなりたい
「ふわぁぁ……」
大きな欠伸をし、腕を真上へと思い切り伸ばし、眠気を覚ます朝陽。
「夢の中でも時間がわかるなんて、やっぱり有久さんは凄いなぁ」
軽く目を擦りながらそう呟いていると、彼のスマホが鳴り響く。
「おかげで目覚ましよりも早く起きられたし、会ったらお礼を言わないと」
アラームを止め、ベッドから出て、いつものように着替えや時間割等を用意し、部屋を出る。
「やっほー朝陽っ! 今日はいつもよりもシャキッとした顔をしてるねっ!」
食卓には昨日と同じように主がいて、片手でパンを持ち、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら彼を待っていた。
「二日連続早めに来るって珍しいね……うん、まあ、久し振りに頭がスッキリしてるけどさ」
苦笑しながらも席に座り、自身もパンにかぶりつく。
普段よりも目が覚めているせいか、クランベリージャムの酸味が一際強く感じられ、またソレがたまらなく食欲をそそらせる。
「……それで? 今日の用件は?」
いつもより早いペースでペロリとパンを食べ終えた朝陽が主に尋ねる。
「んー? 昨日、大変だったみたいだからさー、朝陽が怖い夢を見ていないか心配で今日も早く来ちゃった!」
話すのに支障をきたさないようにサク、とパンを小さく齧り、ニコリと笑う。
「ああ、なるほどね。けど、大丈夫だよ……今回は有久さんの夢を見たからさ」
彼の性格からすると、余計な世話だと不貞腐れることもありえそうなものであったが、特にそんな様子も見せずに微笑む。
それには他人の夢に入るという彼の体質がまたしても関係している。
彼は『その日に関わった者のうち、特に絆を深めた者の夢に入る傾向』があるが、例外も存在する。
特に、何らかの事件やアクシデントに巻き込まれた場合はそれが顕著で、『その日に起こった嫌な出来事の原因』とも言えるような者の夢に入ってしまうこともあるのだ。
主はソレを知っているからこそ、彼を心配して訪ねてきた。
朝陽もソレを知っているからこそ、穏やかに笑っていられる。
「たしかに、昨日の朝陽は海産ちゃんとベッタリだったもんねー! 一緒に帰ったみたいだし!」
昨日の『集団パニック事件』については夕べに彼女が訪ねて来た際、大雑把な説明をしているため、海産と共に帰宅したことは知られている。
彼女がどんな反応をして、そして彼に何ができたのか、という質問には言葉を濁したのだが……
「ベッタリって言ったら何か変な感じだからやめてよ……」
朝陽はそのことを思い出したのか若干苦い顔をしながら言葉を返す。
「ああ、ごめんごめんっ! だけどー、会って初日なのにめちゃくちゃ仲が良さそうだったしさー……」
口を小さく尖らせ、プックリと頬を膨らませる主。
「なになに? 恋バナ? 海産ちゃんって誰?」
「いや、何でそんな不満そうな顔をしてるのさ……」
話に加わろうとした母親にチラと目を向けたが、無視して話を続ける。
「別にー? 不満ってワケじゃないんだけどさぁー? 何か朝陽が海産ちゃんのものになっちゃったみたいで妬けちゃうなーって」
どうぞ二人でごゆっくり、と笑いながら告げる朝陽の母親に軽く会釈をしつつ、主は言う。
「有久さんとも友達になったってだけで、そんな話にはならないでしょ……」
それに、自分にはそんな価値ないし。
続きかけた言葉をグッと飲み込み、彼は言う。
「まあ、そう言われればそうなんだけどー……いいなぁー、夢でもお話ししたんだー!」
「……あ! そういえば、主とは夢で会わないよね?」
依然としてプックリと頬を膨らませている主の言葉に、何か気づいたように声を上げる。
「……むー! 小さい頃は会ってたでしょー? やっぱり、昔のことはちょくちょく忘れてるよねー……」
「……え? あっ、ごめん……」
謝るものの、肝心の記憶は思い出せずにモヤモヤとしたものが胸中に沈んでいく。
「……けど、うんっ! 考え方を変えたらさ! 朝陽とはめちゃくちゃ仲が良いってことになるかもっ!?」
数秒ほど俯き、今度はとびきりの笑みを浮かべる主。
その表情は太陽のように輝いている。
「……ああ、たしかに。そうとも言えるかもしれないね……うん、そうだといいな」
予想外の言葉に戸惑いつつも、クスリと小さく笑う朝陽。
「……ああ、そうか、有久さんが昨日言おうとしてたことがわかった」
そして、昨日の夕べの会話の内容について、とあることに気づいた。
「ん、なになに? 海産ちゃんが何か言ってたの?」
「えっとね、有久さん、僕に主みたいなすごく仲が良い幼馴染がいるのが意外だったって言ったんだよ。理由は例のパニック事件で聞きそびれたんだけど……」
「ふむふむ……! あ、たしかに海産ちゃん、アタシが朝陽の幼馴染だって言ったとき、ちょっと固まってたような気がする!」
興味津々といった様子で顔を近づける主から目を逸らしながらも、彼は続ける。
「ソレって多分、夢の中で僕やみんなの様子を見てたからだって、今気づいたんだ」
「……ん! わかったっ! 朝陽がアタシの夢の中に入るところを見たことがなかったから、でしょっ!?」
ポン、と手を叩き、謎が解けた晴れやかな表情で主が言い、朝陽がそれに頷く。
「うん、そうだと思う」
海産ならば他者を夢の中で観察し、それによって朝陽の体質の詳細を知ることも可能だっただろう。
実際に彼の脳内には、夢の中で友人たちと体質の話をした記憶も存在している。
「なるほど……っ! ……ねえ、朝陽ぃーっ?」
納得したような表情で何度か頷いていた主であったが、悪戯な笑みを浮かべ、朝陽の名前を呼ぶ。
「な、何……?」
その表情にただならぬ気配を感じたのか、若干引き攣った顔でその続きを待つ。
「次にその話になったときは、なんて言うのー?」
「へ……? 僕と主はもう十分過ぎるくらい仲が良いから、なかなか夢で会わないんだと思うって言うつもりだったけど……?」
想像していた言葉と違ったのか、何でもないように朝陽はそう答えた。
「……っ! えっへへっ! えへへ! 照れちゃうなぁもうーっ! えへへっ!」
その答えを受け、主は両手を頬に当て、ブンブンと顔を左右に振る。
「そ、そんなに照れくさそうにされたらこっちも照れるんだけど……!」
「あっ! でもね朝陽っ! 十分過ぎるくらい仲が良いってことはないと思うんだっ! アタシはもっともっと仲良くなりたいしっ!」
先程の動作をやめ、人差し指をピンと彼の前に立てる。
その頬は真っ赤に染まっているが、そのこと自体を恥じらう素振りは見られない。
「ははっ! うん、たしかにそうだね! 限界なんてないんだし、僕ももっと主と仲良くなりたいと思ってるよっ!」
「ん! それじゃあジムトレする日も今から決めようよっ! あっ! あと、ヘアピンのことも忘れないでねっ!」
「うん、もちろん。ちゃんと覚えてるよ」
二人の笑い声が食卓に響く。
その様子を見て、朝陽の母親は微笑ましそうに頷く。
平和な朝の時間はそうやって過ぎていった。