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夢想回鏡 レーヴフォール  作者: 未録屋 辰砂
第1話:夢に潜む化け物
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第1-1話:化け物の夢

「……ッ!」


『ねえ、最近噂になってる夢の中に現れる化け物の話なんだけどさ……』


 常光地(じょうこうち) 朝陽(あさひ)は昼間にクラスメイトから聞いた話を思い出していた。

 曰く、心臓に手足の生えた化け物が老若男女問わず数多くの人々の夢に現れているという。


 "夢の中でこの化け物に殺されると現実でも死ぬ"

 "化け物に殺された記憶のある人間はいないらしい"


 集団催眠のようなものなのか、単なる偶然か。そもそも、その発端は『いつ』なのか。

 疑問の声を上げる者は存在するものの、それを究明しようと考えるまでには至らない。

 その程度の『噂話』であった。


 ――筈であるのだが。


「いざ出てこられると……ああ、クソ……ッ! 手が震えて仕方ないな!」


 現在、朝陽の目前には化け物が立ち塞がっている。

 その姿は事前に聞いていた『心臓に手足の生えた化け物』という言葉がどれだけ的を得ているかがわかるほどの、いや、寧ろそれ以外の表現方法が見つからないほどの造形である。


 だが、事前に姿を知っていたからといって、その恐怖心が和らぐことはない。

 恐怖とは、何かを言葉に表す過程で削ぎ落されていくモノだ。


 戦後に生まれた人間に『戦争』という言葉が表すモノが恐ろしいことであると伝わっても、その全てが伝わらないように。


 野生とはかけ離れた日常生活を送る人間が『熊』という言葉を聞いたところで彼らが持つ鋭い爪や牙の詳細、そしてそれらがもたらす具体的な被害までもが伝わらないように。


 化け物を覆う脈のようなモノ、ソレから伸びるように生えた筋肉質の逞しい手足、鼓動のように収縮と膨張を規則的に繰り返している生々しさ。

 噂話でしかその姿を知らない朝陽に対して、それ以前に心臓そのものを実際に見たことがなかった彼に対して、これら全てが恐怖として襲い掛かっているのだ。


「クソ、足がやたらと重いし、そうじゃなかったとしても意味無いし……ッ!」


 若干苛立ったように後方を見るが、彼の背後にはレンガ造りの壁が在るのみ。

 というかそもそも、彼が立っている空間は煉瓦で四方を囲まれた狭めの密室空間である。

 気が付けばこの空間に立っており、目前には化け物がいたのだ。


「要するに、コイツに殺されるしかない詰み空間ってことでしょ……ッ!」


 朝陽は必死に考えを巡らす。

 そういえば、同じような夢を視た者の発言の共通点として、『どう足掻いても逃げられない状況』であったことを彼は思い出した。


「……こんな状況で殺されないわけがないだろ!」


 一歩一歩、身体全体を揺らしながら確実にやって来る化け物を見、表情を歪ませながら彼は言う。何も喋らねば狂ってしまいそうなのだ。


 その脳内に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という噂に対する二つの推察が浮かぶ。

 一つ目は、実はこの夢を視て現在も生きている人々は化け物に殺されていたが、夢なのでソレを覚えていないだけである、というものだ。

 これは彼が即座に思いつき、そして切り捨てた解釈である。


 化け物の夢を視たという人間は国内で何千にも上るという話は知っていた。

 もちろん、その中にはデマや悪ふざけも存在しているのだろうが、その人数全てが『当事者』としてデマを語るだろうか。事実を語った者がその内の何割なのかは定かではないが、少数とは言い切れないほど存在しているはずなのだ。

 それなのに、化け物に殺された記憶がある旨の供述はどこにもない。

 殺されたことを覚えていない人がいるのならば、殺されたことを覚えている人もいる方が当然であるにも関わらず、だ。

 このように、不気味さすら感じるほど徹底的に殺された事例がないということは、忘れたわけではなく本当に夢の中でも殺されていなかったのだろう。


 そして二つ目は、噂通り、この夢の中で化け物に殺されなかった者のみが生きている、というものだ。

 実際にこの夢を視るまではバカバカしいと思っていたのだが、実際に対峙した彼はこれが正解だと察した。

 化け物に殺された者が本当に死ぬのならば、夢を視て尚生きている人間が殺された記憶を保持しているワケがないのだから。


 だとすれば、問題はここからである。

 一歩一歩、重い足を引きずるように後退りながら考える。


「どうやって、殺されずに済んだんだ……?」


 噂の内容の中に対処法は存在しなかった。それならばこの場で考える他ないし、他の人々もそうしたのだろう。

 幸い、相手の歩行速度は遅く、逃げることはそう難しくはない。

 しかし、それは広い空間での話であり、朝陽が壁際から反対側へと移動する場合は必ず化け物の真横を通らなければならない。


 いったい何人の人々が犠牲になったのか、朝陽には想像も付かなかったが、生き残った人間全てがそうしたとは到底考えられない。

 目前の化け物が見掛け倒しで実は温厚な性格であり、闘えば勝てるという都合の良い可能性すら彼の脳裏に過ぎる。

 彼が精神的な限界を迎えていることは明らかだ。


「……あッ!」


 そして、絶妙なタイミングで彼の足が後方の壁へと接触し、これ以上後方へ進むことは不可能だと告げる。


「……ッ!」


 一筋の汗が額から滑り落ちる間も、化け物は鼓動のような動作を繰り返しながら彼へと徐々に接近する。


「……う、うわああぁぁぁぁッ!」


 これ以上思考を続けることが出来なくなった朝陽は叫びながら拳を胸前に構える。

 武術の心得がない彼の構えはともすれば滑稽なものであったが、絶体絶命の状況に陥った人間特有の気迫に支えられ、存外、格好がついていた。

 しかし、化け物は動じることなく腕を彼へと伸ばす。


「……?」


 まだ朝陽へと触れることが叶う距離ではないというのに。


「……ッッ!?」


 疑問が脳裏を過ったその瞬間、化け物の腕はシュルシュルと解けていき、無数の触手のようなモノへと変化を遂げる。


「……あ。あぁ……ッ!」


 その光景を見た朝陽の気迫は完全に失せ、その場に座り込んでしまう。

 化け物はその場から動かずに何本かの触手を伸ばしていく。

 彼の恐怖は、絶望は次第に膨れ上がり、限界を迎える。

 その瞬間、触手の速度は先程までの歩行速度とは比べ物にならないほどに速く、迷うことなく彼の胸へと伸びていく。


 目前へ触手が伸びる刹那、彼は再び疑問を抱いた。

『殺されなかった人たちは、どうやって生き延びたのだろう』と。


「……ッ!?」


 朝陽は驚愕の感情に満ちた声にならない音を発した。

 自身へと向かっていた触手がブチブチと切断されたからだ。


「……あ、アナタは!?」


 どうにか言葉を発することができた彼の前には何者かが立っていた。

 その顔は仮面で隠されており、身体は鎧のようなモノで覆われていた。

 それはまるで、朝陽が幼い頃に観ていた『変身ヒーロー』のような姿であった。


「……レーヴフォール」


 仮面から発せられる凛々しい女性の声に朝陽が気を奪われている間にも、彼女は化け物へとパンチを打ち込む。

 その打撃音は軽いものであったが、その威力は比例していないようで、化け物は十メートル程先の反対側の壁へと激突する。


「……まあ、どうせ貴方も忘れるんでしょうけどね」


 振り返り、吐き捨てるようにそう言うと、彼女はその場で跳躍しフワフワと浮かぶ。


「……ッ!」


 驚きの声も上げられない朝陽を尻目に、ヒーローは化け物へと急速に距離を詰める!


「はあああああああああああああああああああああッッ!」


 その勢いのまま、彼女は相手へと堂々たるキックを炸裂させる!


「本当に……小さい頃観ていた、ヒーロー番組みたいだ」


 輝く粒子となって散りゆく化け物を見ながら呟いていた朝陽だったが、ふと我にかえったようにヒーローの背中を見つめる。


「……あ、あのっ! 助けていただいてありがとうございますッ!」


 感謝の意を込めた言葉をかけるもヒーローは振り向こうとしない。しかし、彼は構わず言葉を続ける。


「えっと、レーヴフォールさん……って名前のヒーローなんですよね! アナタはさっき、僕もこの事を忘れるって言っていましたけど、絶対にこの夢を忘れませんッ!」


 朝陽の言葉を受け、彼女の肩が小さく震えるが、それでも振り返らない。


「……無理よ。みんな忘れたもの。目を覚ませば貴方も私が介入したことを忘れてしまうわ」


 此方を見ずに発せられる言葉で彼は粗方の事情を察した。

 今まで化け物の夢から人々を救ってきたのはこのヒーローだと。

 しかし、人々が目覚めたときには、自分が化け物と出会って殺されなかったことしか覚えていないのだと。


「そ、それじゃあ! 僕が、僕が初めてアナタを覚えた人になりますからッ! 実は僕、夢に関する変な体質が」

「やめてッ!」


 叫ぶように発せられた朝陽の言葉を遮るように、彼女は振り向き様に制止する。


「お願い……これ以上、期待させないで」


 仮面の下の表情は伺えなかったが、その声色はとても重く、そして縋るようなもので。

 朝陽は重量感のある何かが己の胸中に入っていくのを感じた。

 そして、その重さが彼を夢の世界から現実世界へと帰していく。


「……でもね、覚えてくれるって、そう言ってくれるだけでも、嬉しかったわ」


 彼女の声は朝陽へとしっかり届いていた。しかし、彼の視界は霞んでおり、動くことはおろか、言葉を発する事すらもできなかった。


「……ありがとう。良い朝を」

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