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4 立場を弁えてくださらない?

 午前の授業が終わったので、高等科生徒会室横にあるパティオへ向かう。そこは生徒会のメンバーにだけ許された、憩いの場だった。私たちはそこで昼食をとるのが常で、何気ない会話をしながら、今後の施策の小さな種を見つけたりしている。



「今日は良いお天気だし、パティオでのランチは気持ち良さそうね」

「酪農部が、新品種の野菜の味見を所望しておりましたので、昼食に用意させました」

「新品種って昨年申請があった?」


「ええ。味見と、銘柄の名付けを依頼されております」

「私が決めて良いのかしら。せっかく酪農部の皆さんが精魂込めたものなのでしょう」

「同じことを申し上げましたが、ぜひに、と」

「そう。ではありがたく」



 昼食に出されるということは、サラダかしら。それともその新品種のコース? それも悪くないわね。


 今の季節は、パティオ中央に植えられている白峰(しらみね)の木に花が咲いていて美しい。木全体が、花の銀色に輝く白い花びらに覆われている姿は、高潔な姫君を連想させるのよね。

 そんな景色を見ながらなら、素敵な名前も浮かびそうだわ。


 そう思っていたのに。



「……あら。どうして殿下がこちらに?」



 白峰の木の下に、寝そべっている殿下がいた。だらしない顔をしているわ。

 リドリナルが不快な顔を浮かべて、指をぱちりと鳴らす。すぐに殿下の周りに熱が生まれた。



「っ、熱っ!」



 驚いて飛び起きた殿下が私たちに気が付くと、胸をそらせるように笑った。いったい何がおかしいのかしら。



「突然笑ったりして、どうなさったのです」

「こんな小手先の魔法で俺を起こすだなんて、子どもみたいだな。本当にお前はくだらない女だし、一緒にいる男はろくでもない男だ」

「まぁ。炎の出ない熱魔法は、おそらく殿下にはできませんよ」

「何を! そのくらいできないわけないだろう」



 そう言ってなにやらモゴモゴと詠唱を始めましたけれど、これは簡単そうに見えて、魔力制御の技術が相応に必要な魔法でしてよ。殿下とリドリナルは同じ炎属性の魔力だけれど、レベルは雲泥の差。そのことに気付きもしないあたり、情けないわ。



「もうよろしいかしら」



 一向に魔法を顕現できない殿下に、お腹が空いてきている私は苛立ちを隠さずに声をかける。



「あ、ああ。許してやろう」

「それはこちらの台詞ですわ。ところで殿下、どうしてこちらに?」

「どうして? 昼だからに決まっているだろう」

「ここは生徒会の者しか入れませんのよ」

「いつもここで食べていたじゃないか」

「殿下が私の婚約者だったからですわ。今は無関係の方なのですから、出ていってくださいませ」



 私の言葉に、顔を歪める。



「マイヤルドをどうした」

「どういう意味ですの?」

「学校に来ていないんだよ。──そうだ、サハルアリシャ。お前が彼女を追い詰めたんだろう。そうに違いない」

「私がどうしてマイヤルドさんを追い詰めないといけないんですの?」

「俺がマイヤルドを寵愛しているからだ」



 一体何をおっしゃっているのかしら。しかも話しながら筋書きを組み立てていくだなんて、お粗末にもほどがありますわ。一つため息を吐き、殿下を見る。



「生徒会直属の近衛を呼ばれるのと、私の風魔法で移動させられるのと、リドの腕力でしっかりと殴られた後、ご自身の足で出ていかれるの、どれを選ばれます?」

「待て! なんで途中殴られてから出ていくが入っているんだ」

「ここは生徒会専用の庭。言わば、女王の庭だ。許しも得ずに一般の者が入ったら、相応の罰が与えられて当然だろう」



 ニヤリと笑いながら、リドリナルは腕まくりをする。当然、実際に殴るつもりなんて私も彼も毛頭ない。けれど、殿下にはそろそろ立場を弁えて頂かないといけないものね。



「ふ、ふん! 今日は許してやる。サハルアリシャ、覚えておけよ!」



 使い古された台詞を吐きながら、殿下は転がるようにパティオを走り去っていった。あれが我が国の第一王子とは、何度考えても情けない。こちらも早々にどうにかしていただきたいものだわ。


 白峰の木が程よく見える位置に用意されている、ラタンの椅子に腰を掛ける。

 学院にはさすがにフットマンはいないので、この場にいたリドリナルが椅子を引いた。



「あら。この椅子、新しいのでは」

「そちらは、木工部と家庭科部が技術協力して作成した新作だそうです。座る箇所にクッションを仕込んだ、屋外用ベンチとのことでございます」

「素敵。とても良い座り心地だわ。褒めていたと伝えて頂戴」



 にっこりと微笑み、リドリナルにも座るように指示をだす。私のすぐ横に座ると、書類を手渡してきた。



「こちらが酪農部からの資料です」

「へぇ。マイヤージャの新品種なのね」



 マイヤージャとは土の中で育てる野菜で、寒い季節が旬になる。



「はい。こちらは品種改良により、通年生産が可能となったそうです」

「それは素晴らしいわ。安定した収穫は農家の大きな力になるもの」



 資料に目を通し終えると、芳醇な香りが漂ってきた。目の前に白磁の器が用意される。



「サハル様、本日のお茶をご用意いたしました」

「まぁありがとう。待たせてしまったかしら」

「いいえ、グルナジェスト様とのやりとりが終盤かと思う頃に、ご用意いたしましたので問題ございませんわ」

「流石だわ、ラクスト」

「お褒めの言葉、嬉しゅうございます」



 ラクスト・レイニーはレイニー侯爵家の長女で、我が生徒会が誇る、美貌の書記。亜麻色の混ざった美しい髪の毛は、今日は編み込みで纏められている。その髪の毛に花を挿してあげたいわ。

 長い睫毛の間から見える菫色の瞳が、今にもこぼれそう。



「今日も美しいわよね、ラクストは」

「まぁ、サハル様がおっしゃいますか」

「本当よ。いつも言うけれど、私が男ならラクストを娶るわ」

「サハルが男だったら、私が困るけどね」

「そうですわ。でも──サハル様のお美しさは、殿方になっても変わらないのでしょう」



 ラクストは少々私信者な部分があるのよね。

 私の髪は黒。強い魔力を放つと玉虫色に光るけれど、ラクストのように光を受けてふわふわと輝くものではない。それに瞳も、意志の強さが出てしまったのか黒曜石のようと言われる黒色。


 第一王子グルナジェスト殿下は初めて私と会った時に「可愛げのない瞳。どうせ性格も悪いんだろう」だなんて言ったのよね。それも大勢の貴族の前で。あんな辱めを受けたのは初めてだったわ。



──ああ、思い出したら不愉快になってしまった。



「サハル様?」

「あ、あぁごめんなさい。少し考え事をしてしまったわ。今日の紅茶も美味しいわね」

「ありがとう存じます。我がレイニー領で採れた新茶でございます」

「さすが紅茶の名産地ね。それにラクストの淹れ方も上手なんだわ」



 私の言葉に嬉しそうな表情を浮かべるラクストを見ているだけで、殿下への苛立った気持ちが落ち着いていく。やっぱり美少女は世界平和をもたらすわね。


 殿下がお手付きした女性たちも、このくらい賢くて美しければ良かったのに。

 何故だかあまり品のない方たちを選ばれるのよねぇ。いえ、賢くて品のある女性は、婚約者のいる殿方に声をかけられたところで、なびくことはしませんわね。

 まあ今回のマイヤルド・ジャニファは、今までとは別のタイプだけれど。



「ふふ」



 思わず笑いがこぼれてしまう。

 そもそも第一王子が単純に婚約破棄と言い出したところで、国神王陛下が認める訳はない。けれど、今回のように大勢の前で私を貶めるように告知したことで、陛下は私の為に婚約を白紙に戻すことにされるでしょう。


 あとは、正式に国神王陛下からのお達しを待つだけ。

 今はまだ国の枠組みでは、残念ながら第一王子と婚約状態だけれど、学院内ではあの殿──バカが盛大に打ち上げてくれたお陰で、すでに他人という形がとれている。


 ああ、早く国神王陛下からの勅使が来ないかしら!

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