11 ごきげんよう、ダルナイジュ王国の皆さま
眼下にはダルナイジュ王国の王都サクナルが見える。ゆっくりと旋回しながら、空飛ぶ馬車は高度を上げていく。視界の先には、ダルシュ城。
「サハル、国を離れるのは寂しい?」
「空飛ぶ馬車が怖くはないかい? 怖かったら僕にしがみついて良いんだよ」
「兄様たちってば、大丈夫よ。でも……そうね。やっぱり少し寂しい気持ちはあるわ。生まれ育った国だもの」
ホメット魔術王国から我が家に婚約の申し込みが正式になされてから、季節が半分巡った今日。無事に学院も卒業し、国神王陛下をはじめとする王家の皆さまへのご挨拶も済ませたので、いよいよ家族でホメット魔術王国へと転入する。
「けれど、お父様やお母様、兄様たちと一緒にかの国へ行けるのは、とても嬉しいのです。リドに求婚された時には、私一人で向かうことになるかと思いましたもの」
私の言葉を聞いて、兄様たちは一斉に抱きついてきた。もう。ばあやは後から陸路で追いかけてくるから目が届かないと思って、自由が過ぎますわ。
──そう、我が家の使用人も希望者は全員一緒にホメット魔術王国へ移ることになった。勿論、ダルナイジュ王国に残りたいという者には、我が家の領地を継いだゾルスト叔父様のお屋敷で働けるように依頼もしてある。
「あ、あれはグルナジェスト王子じゃないか?」
シル兄様の言葉に窓の外を覗き込めば、王城の塔からこちらをじっと見ている瞳があった。
「あそこは小さい頃殿下と一緒によく登った、国で一番高いと言われている塔ですわ」
「彼なりに、サハルに別れの挨拶をしようとしているんじゃないか?」
「オルド兄様……」
「ほら、涙目になってるぞ。今更だ」
「今オルド兄様が、随分と殿下にお優しい言葉をかけられたと驚いたところでしたのに」
「サハルに対して無礼なことをし続けた男だ。さすがに第一王子という相手に面と向かってどうこうはできなくとも、昔も今も、そして今後も許すことなどないぞ」
「その通りだオルド。お前の考えは少しも間違っていない」
「シル兄様、火に油を注ぐようなことを言わないでくださいませ」
くすくすと笑いながら、改めて殿下の姿を確認する。これでも長い間私の魔力を送り続けてきた相手。情がないといえば嘘になるもの。──愛情はないけれど。
じっとこちらの馬車を見つめ、時折鼻をすすっている様子が見てとれる。
私は馬車の窓から手を出すと、そこから彼に向けて風を届けた。その中に、昔二人で一緒に見た、シグル草の花びらをのせて。
「ところで、聞きました? 兄様方」
馬車は城の周りを旋回すると、一気に高度を上げる。そのままスピードも上げると、王都はまるで豆粒のようになったまま遠い景色に変わっていった。
「ああ、立太子の件か?」
「そうですわ、シル兄様」
「なんだ。あんな花びらを送るから、バカ王子に何か優しさでもかけてやったのかと思ったけど」
「ふふ。オルド兄様。私だって長い間迷惑をかけられましたもの」
私の言葉に、目の前に座る両親もにっこりと笑う。
「結局、お前が魔力を与えてやったにも関わらず、能力を磨かなかったアレが悪いんだ」
「私の可愛いサハルに苦労をかけるなんて、ねぇあなた」
「その点、第二王子はお前の指導をしっかりと受け止めていたのだろう?」
「はい、お父様。だからこそ、第二王子が王太子となることに決まったのは、この国にとって幸せなことだと思いますわ」
「そうだな。祖国であり、弟や我が領民だった者達もいる国だ。あまり荒れ果ててもらっては心苦しい」
お父様の言葉に、私も含め家族全員が頷く。
「けれど、もう私にはあまり関係がないことですわ」
この先、私には新しい世界が待っている。我慢を強いられてきたあの日々は忘れて、新しい場所で戦っていきたい。
どこにいても、きっと私は大丈夫。
「そうね。あなたを愛しいと思ってくれる方の元で、楽しく生きていきなさい」
「安心しろよサハル。俺とオルドがしっかりと目を光らせて、お前が困らないようにしてやるからな」
「なに、私がいるから心配はない」
──こんなにも私を想ってくれる家族がいるんだもの。
「そう言えば、ルーラントさん達がホメット魔術王国に呼ばれていると仰っていたわ」
「あら、それなら向こうでまたお会いできるのでは? 今回の立役者でしょう」
「ええお母様。ぜひお茶会にでも来ていただきましょう」
眼下には緑の森の中を流れる、美しく大きな川ジャルクーンが見える。王城はもう遥か彼方。
彼があの花びらを受け止めたかどうかは知らないし、興味もない。
リドリナルが迎えてくれるホメット魔術王国へは、あと一日もすれば辿り着く。
きっと新しい生活が、私に、私たちに微笑みかけてくれる筈だわ。
了
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