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10 今頃お気付きになられたの?

「サハルアリシャ」

「あら、グルナジェスト殿下。お久しぶりにございます。呼び捨てはおやめくださいません?」

「いや、これからまたお前は俺の婚約者になるんだから、これで良いだろう」



 ……は?!



「サハルアリシャ?」



 あ、いけないいけない。あまりにも突拍子のないことを言われて、返事をするのを忘れてしまいましたわ。



「えぇと。私と殿下の婚約については、国神王陛下より正式に白紙撤回とお達しがございましたが」

「マイヤルドが急にいなくなってな。それにランクが下のクラスは庶民だらけで落ち着かない。お前が婚約者なら、全て元通りだろう? 父上には私から言っておくから安心しろ」



 こういう時、人は言葉を失うのね。ひたすらに目を瞬かせるしかできない私に、救いの手が届いた。



「サハル」



 私の名を呼ぶその声に、正気を取り戻す。その声の主、リドリナルが二人の間にするりと体を入れて、私を隠してくれた。こういうことをスマートにできるだけで、頼りがいがあるというもの。どこかの誰かさんは、一度たりとてしてくれなかったことだわ。



「失礼、グルナジェスト殿下。我が生徒会長がなにか?」

「なんだお前。えーと」

「おや、まだ覚えていただけていないのですか? ではヒント1」

「またヒントかよ! しかもまた1からか!」



 あら、覚えているじゃない。殿下にしては上出来なのでは? 私がそんなことを思っているあいだに、リドリナルは片眉を上げて仰々しく口を開いた。



「学院内では、あなたと生徒会長は話すことも許されない立場の違いがありますよ。お伝えになりたいことがあれば、副会長の私を通してください」



 私の背にリドリナルの手が添えられる。



「なんだと──」

「ありがとうリド。彼に伝えていただけないかしら。──地に顔を触れ合わせて頼まれたところで御免だわ、と」

「なっ!」



 もちろん殿下には聞こえているに決まっているけれど、あえてリドリナルに伝えれば、彼も心得たように笑った。



「グルナジェスト殿下。我が麗しの生徒会長から、お言葉ですよ」

「その我が、とか麗しの、とかなんだよ」

「地に顔を触れ合わせて頼まれたところで、御免だわ──だそうです」

「おい、俺の質問無視かよ! それにその言葉はもうサハルアリシャから聞いた」

「それと」



 リドリナルが一歩殿下に近付き、威圧するような魔力の塊を見せる。あら、そんなことをするなんて珍しいわね。



「殿下の魔力程度で、サハルアリシャ様を婚約者にとは図々しいにも程があるかと。身の程をじっくりとお考え下さい」

「ふ、不敬罪! 不敬罪だ」



 顔を真っ赤にして叫ぶ殿下を見ていたら、なんだか急におかしくなってしまう。



「ふふ、ふふふ。あっはは」

「サハルアリシャ?」

「もうだめ。おかしいわ。グルナジェスト殿下、いい加減お気付きになったら? あなたはこの学院内では権力なんてないのですから。それはひとえにご自身の努力不足──。それに、学力と魔力が足りない第一王子だなんて、この国にとってどれほどの価値があるのかしら」



 良い加減、はっきりと言わないとわからないと思い、口にする。すると真っ赤な顔の殿下は、ツバを撒き散らして喚き始めてしまった。



「俺は、捨てる立場なんだよ! マイヤルドはサハルアリシャが何かしたんだろう? かわいそうにまだ俺の前に戻って来れてない! それに、父上からはお前との婚約を白紙にする以上は、立太子も検討し直すと言われる。おかしいだろう。俺が! 捨てる立場なんだよ! なんでこんなことになってるんだ。全部お前のせいだ、サハルアリシャ!」

「──殿下。簡単に人を捨てる人間は、簡単に人から捨てられるのですよ」



 嘲笑うような色を含め、リドリナルが口にする。その言葉に、彼は目を見開いた。



「サハルアリシャ。お前なのか? お前の存在はそれほどのものなのか? お前がいないだけで」

「あら殿下」



 ああ本当になんて今更なの。今時分になって言い出したその言葉に、呆れ果ててしまう。

 王家に次ぐ立場を持つ公爵家の中の公爵家のマーメイ家の娘。そして国内屈指の魔力の持ち主。わざわざ王家が第二王子の魔力の家庭教師にと呼ぶ相手。国神王陛下自ら差配した、魔力の少ない第一王子の縁組の相手。

 

 客観的な情報だけでも、簡単に縁を切ってはならないとわかるというのに。

 愚かとは、己を取り巻く状況を理解できないことを言うのでしょうね。


 彼の言葉を聞いて、私の頭の中に浮かんできた言葉はただ一つ──。



「今頃お気付きになられたんですの?」



 気付けば、私の唇はゆっくりと弧を描いていた。

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