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1 婚約破棄を言い渡されました

「サハルアリシャ・マーメイ。お前との婚約を今ここで破棄する」



 長期休暇明けのパーティ。

 せっかく生徒会のメンバーが準備をしたこの場で、突然頭の弱い……いえ、場を弁えない……空気を読まない──ううん、やはり頭の弱い、がしっくりくるわね──ともかくそんな感じの発言をしだした婚約者を、私はまっすぐに見つめる。



「グルナジェスト殿下。それは、この場でせねばならないお話でしょうか」

「当然だとも。一人でも多くの証人が必要だからな」

「せっかくのパーティなのに」



 私の言葉に、我がダルナイジュ王国の第一王子であるグルナジェスト・ダルナイジュ殿下は口元を引くつかせた。

 そういう表情はみっともないからおやめください、と何度も言ったというのに。



「そんな強がりをいつまで言ってられるかな」

「と、申しますと?」

「俺は真実の愛に目覚めたのだ。故に、お前との婚約は終了だ。破棄だ。お前とはもう無関係だ。もう第一王子の、つまりは次期国王の妃にはなれない。残念だったな」



 真実の愛!

 さんざん女遊びをして、とっかえひっかえ女性を侍らせてはすぐに飽きて、その後始末を私にさせていた殿下が真実の愛!

 それはなかなか得難い愛に目覚められたのですね、殿下。それでは仕方がございません。


 私の脳裏には、かつて殿下が女遊びをした時のことが浮かんでくる。

 ガシェル伯爵令嬢のマリレ様、ジュクルレイズ伯爵家令嬢リュクリア様、アリーレ男爵家のジョセル様、クルツィア子爵家のミモレ様、ゴルクト商店令嬢のサミュル様、ホワイレ宝石商令嬢のシュレア様、他にもいらした気がするけれど、もう多すぎて記憶の彼方。


 殿下が火遊びをした後、すぐに飽きて捨てられるものだから、その後のお詫びやらクレーム処理やらを何故か私がすることに。

 悲しみのあまり、命を落とそうとされる令嬢がいたときは、それはもう本当に大変だった。

 けれど、真実の愛とやらを見つけられたのであれば、もうそんな心配も無用ということですわね。



「今更俺に泣いて縋っても無駄だからな。お前のような生意気な女、俺の妃には不釣り合いだ」

「確かに──。私は殿下とは不釣り合いでございましょう。ところで、お相手はどなたでございますか?」



 彼のすぐ横に、佇む女性。濃い茶色の髪の毛はゆるくカーブを描き、同じ色の瞳が不安に揺れる。線が細く体の線もはっきりしない緩やかなラインのドレスを着た彼女は、どことなく儚げだ。王妃教育を受け、自分の考えをはっきりと持つよう躾けられている私は、どちらかというと気が強い。それに黒髪に黒目の私と彼女では、容姿だけでも正反対といえよう。


 彼女の名前はマイヤルド・ジャニファ。殿下が彼女を特別に取り立てている、という噂は、この王立イザルナーガ魔術魔法学院の高等科中に広まっている。

 高等科のみならず、もしかしたら他の科にも広まっているかもしれないけれど。



「マイヤルドだ。隣国コーザルの伯爵家令嬢なれば、妃に迎えるのにも何の問題もない。つまり、お前はお役御免ということだな」



 効果音をつけることができるのであれば、ババーンといった音がちょうど良いのかもしれない。それほどまでに恰好をつけて、私に人差し指を向けている殿下の表情を見ていると、こみあげてくる笑いを耐えるのに苦労してしまう。


 そもそも、人を指さししてはなりません、とお小さい頃から養育係のばあやに言われていたでしょうに。18にもなって、そんなはしたないことをされるとは、ばあやも涙を浮かべるでしょう。



「ああ、楽団にお願いすれば良かったのだわ、効果音」

「は?!」

「いえこちらのことです。お気になさらないでくださいませ」

「気にするわっ」

「どうぞ続けてくださいまし」



 私の言葉に殿下は苦虫を噛み潰したような顔をされた。あら、どうなさったのかしら。



「お前のそういうところが、嫌なんだ」

「殿下、先ほどから気になっておりましたが」

「なんだ」

「私のことをお前、と呼ばれるのは、婚約破棄をなさるのでしたらお控えくださいませ」

「なんだと」

「殿下と私が婚約関係にあったからこそ、私は様々なことを譲ってまいりました。けれどその関係を終了されるとあらば、私のことはお前とお呼びにならないでくださいませ」



 そもそも、女性に対してお前、だなんて失礼にもほどがありますでしょう。どんなに悪意をお腹の中に抱いていても、それをおくびにも出さずに対応してこそ貴族。殿下の程度が知れるというものですわ。


 まぁもう関係がなくなる方なので、良いのですけれども。



「う、うううううるさいっ! とにかくだな! マーメイ公爵令嬢サハルアリシャ。以降俺の婚約者とは認めない。周りの者たちもそう認識し、彼女と接するように」



 ふん、と鼻息が聞こえてきそうな勢いで捲し立てる殿下に、私はゆっくりと笑いかけた。こういう時は、話し方も動きもゆっくりとさせた方が、どちらに利があるか周りに分かりやすいということくらい、学んでいて欲しかったものね。



「構いませんわ。──ところで殿下。殿下はこの学院に関する国家法をご存じでしょうか。いえ、ご存じないはずありませんわよね」



 この学院は第35代アジャルマ国神王が作った、魔法や魔術を学ぶための場所。ここには必ず魔力を持って生まれてくる貴族の子女及び、稀に生まれる魔力の強い庶民の子どもが集うことになっている。

 下は6歳からの初等科、上は義務としては18歳の高等科まで。さらに学びたい者の為には専攻科があり、毎年数人はそちらへあがっていっている筈。


 つまり、ある種小さな政治の場。そしておそらくアジャルマ国神王は、王族の子女を政治慣れさせるためにこの学院を作られたのでしょう。

 この国には、そう考えざるを得ないこの学院に関する国家法がある。



「学院内では国王を除く何人も、この学院各科の主権者である生徒会長を越える権利を持つことはできない」

「そんなことは、常識だろう。何をいまさら言ってるんだ?」



 あらあら。呑気にそんなことを仰っていて大丈夫なのかしら。グルナジェスト殿下は、ぐい、とマイヤルド嬢を抱きしめて私を馬鹿にしたように見ているけれど──。



「では、この学院の高等科の生徒会長が私であることを、覚えていらっしゃいますか?」

「は?!」


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