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27.馬も将もどちらも私

「なぜ奪おうという考えになるんですか! あと、彼女は婚約者ではないです」

「ならいいじゃない! あなたもいいわよね? って、あら、あなたもしかして若き剣王の……」

「クアラ=バルバトルの姉のキャサリン=バルバトルと申します」

「なるほどね。なら悪いことは言わないからアイゼンはやめときなさい。この子の狙いはクアラ様よ。将を射んと欲すればまず馬を射よなんて言葉があるけど、狙われる馬はたまったもんじゃないわ。劇を見てないで逃げなさい」

「叔母様! これは俺と彼女の問題です」


 アイゼン様は余計なことを吹き込むなと怒りをあらわにする。

 けれど馬も将もどっちも私なので、ダメージはまるでない。


 むしろ「この子は昔からクアラ様しか見えていなくて、赤マントの騎士になったのもクアラ様のためだし、国王内定を蹴ったのもクアラ様のため」と、いかにアイゼン様がクアラを思っているか教えてくれる言葉がムズ痒くてたまらない。


 まぁチケットを諦めさせるためにかなり盛っているんだろうけど。

 アイゼン様は王家に連なる家系とはいえ、王子が健在の今、王位継承権はないことくらいさすがの私でも分かる。


 だが同時に、彼女がアイゼン様のことをよく知っていることにも気付いた。

 メルディ様がこの国に居た頃のことはもちろん、去った後の様子もしっかりと把握しているようだ。


 マイナスの言葉を吹き込みながら、彼女からはアイゼン様への愛を感じる。


 それはおそらくアイゼン様も理解していて、だから諦めろといいながらも強引に切り捨てたりはしない。


 メルディ様の言葉を信じるなら、アイゼン様は劇が苦手のようだし、私さえこの場にいなければ譲ってあげていたかもしれない。



「……クアラ殿のことは今も尊敬していますが」

「ほら、そうじゃない!」

「彼女を愛しているのも事実です」

「観劇の予定が潰れた程度で崩れる愛じゃないといいわね!」

「だから渡すつもりはないと」

「……アイゼン様」

「すまない、キャサリン嬢。まだ時間がかかりそうだから君は先に席の方に」

「今度にしましょう」


 枷となっているのは私だ。

 ここまで粘ってくれただけで十分嬉しい。


「キャサリンちゃん!」

「……無理していないか」

「折角用意して頂いたのにこんなことを言ってしまうのは失礼に当たるかと思うのですが、劇を見る機会は今後もありますから」


 言い方は悪いが、ただ誘われたのがこの劇で、誘ってくれたのがアイゼン様だから足を運んだだけのこと。


 もらった直後は弟に譲ろうとしたくらいだ。


 少しは楽しみにしていたけれど、それでもメルディ様とは劇に対する感情の大きさがまるで違う。


 演者さんもここまで見たい! と思ってもらえて嬉しいだろう。


 アイゼン様からチケットを受け取ったメルディ様は「本当にありがとう! このお礼は必ずするから!」と満面の笑みで部屋を後にした。



 残されたアイゼン様はわかりやすいほどに落ち込んでいた。

 開演のブザーが鳴り、席のチケットを失った私達は馬車へと戻る。ゴトゴトと揺れる車内で、アイゼン様は未だ肩を落としたまま。


「すまない……」

「今度にしましょうと言ったのは私ですから」

「だが叔母が絡んできたのは私がいたからだ。初めから強く拒絶していればあそこまで食い下がることもなかっただろう。強く拒否出来なかったのは私の落ち度だ」

「観させてあげたかったんですよね?」

「……幼い頃、叔母にはよく面倒をみてもらっていた。劇へも、何度も連れて行ってくれた。あいにく俺は好きにはなれなかったが、叔母が本当に幸せそうに笑っていたことと、自分の好きなものを見せてやりたいと思ってくれたことは嬉しかったのはよく覚えている」

「なら今日ここに来たのはラッキーでしたね。アイゼン様がチケットを持ってここに来なければ、メルディ様はあのまま国へ帰るところでしたから」

「だがキャサリン嬢との約束が」

「また来ましょう。今度は私がチケットを用意しますから」


 また来れば良い。

 でも劇が好きじゃないなら、観劇じゃない方がいいのかな?

 それとも劇は劇でも恋愛劇じゃない方がいい?


 観劇好きのクアラと母さんに相談すればなんとかなるだろうけど、好みに偏りはありそうだよな~と考えていた時だった。



「ドラゴンと剣士、残りの席はわずかですよ~」

 外から聞こえてきた言葉に思わず窓にかかったカーテンを勢いよく開けた。

 声のする方に目を向ければ、男性が持つ看板には確かに『ドラゴンと剣士』と書かれている。


 ドラ剣だ!

 ドラゴンと剣士、通称ドラ剣は諸説ある建国物語の一つで、昔、父さんが連れていってくれた劇である。


 その時みた剣術が格好良くて、ますます剣術に励むようになった。

 そういえばクアラが劇に興味を持ち始めたのは、劇から帰った後に私が何度もこの話を聞かせたことがきっかけである。



 こんな絶好のタイミングで公演を行っているなんて奇跡としか言いようがない。

 神は私を見放したりなどしていなかったのだ。


「キャサリン嬢? 何かあったか?」

「アイゼン様! お時間があるようでしたら、あれ、観ましょう。チケット代は私が出しますので!」

「え、あ、ああ」


 私の勢いに押される形で、劇を観ることが決まった。

 馬車を止めてもらい、私がアイゼン様の手を引きながら劇場へと向かう。


「二人でお願いします!」

「はいよ~」

 念のため、この前父さんからもらったお金を潜ませておいて良かった。


 このチャンスを逃したら今度いつ観られるか分からないし、今度劇を見に行こうという約束も変に引きずらずに済んだ。


 ドラ剣様々である。

 もらったチケットに書かれた席を探し、アイゼン様と並んで席に着いた。


 ブザーが鳴り響き、劇の始まりだ!


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