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21.他の令嬢と違っても

 汗を拭き取ったアイゼン様はそのままシャワールームに向かい、私も前回通された部屋に向かう。


 追加のお茶を淹れてもらって待つことしばらく。急いで出てきてくれた彼の髪はびしょ濡れだった。首にかけたタオルで頭をガシガシと拭きながら登場する。


「見苦しい姿ですまない」

「いえ、見慣れていますのでお気になさらず」

「見慣れている?」

「幼い頃から剣を振る家族を見て育ちましたから」

「クアラ殿もこんな姿で屋敷内を歩くことが?」

「クアラはちゃんと拭きますよ。それどころか忙しくて水滴を垂らしながら歩く兄の頭をよく拭いてあげています」

「なら今の姿を見られたら眉を顰めるだろうな。もう一度あなたと会うチャンスをもらえたのに、情けない……」


 確かにクアラなら怒るだろう。

 だがクアラが怒るのはみっともないとかそんなことではなく、単純にぬれたままだと風邪を引くからである。


 今では寝込むこともなくなったが、それでも風邪には人一倍気をつけている。


 私も汗を拭かずにうろうろしていると「風邪引くでしょ!」とタオルを押しつけられるくらいだ。


 今、この場所にクアラがいたらきっとアイゼン様相手でも構わずタオルを奪って、頭をガシガシと拭くのだろう。


『騎士は身体が資本!』と不機嫌になりながら。


 きっと目の前のアイゼン様はそれを受け入れるのだろうと想像して、笑い声が漏れた。


「今日のアイゼン様は謝ってばかりですね」

「ただでさえ長く待たせてしまったのだから、謝ってしかるべきだろう」


 はぁ……とため息を吐き、肩を丸める姿に再び笑いがこみ上げる。


 可愛いなぁ。大の大人相手にこんなことを思ってしまうのは失礼なのかもしれない。だが前回の彼や、噂で聞いた赤マントの騎士の話より、私はこっちの彼が好きだ。彼になら令嬢という枠から少し外れてもいい気がして、肩に入っていた力が少しずつ抜けていく。


「お仕事なら仕方ありませんよ。よろしければ遠征のお話を聞かせて頂けませんか?」

「今回の遠征は魔物の討伐がメインで、ご令嬢に聞かせるような話では……」

「聞きたいです」


 不快に思ったら遠慮なく言って欲しい。

 アイゼン様はそう前置きをしてから、今回の遠征について話してくれた。


 二日前に急に決まったこと。

 最近ゲートの発生が多発していること。

 今回の魔物は知能に優れている上級魔物が多くて時間がかかってしまったこと。


 ご令嬢に聞かせる話ではないと言っていたが、仕事の話をする彼は心底楽しそうだ。


 私も、先ほどのアイゼン様の鍛錬の様子と話に出てくる魔物の特徴をリンクさせながら答えが導き出せるのが楽しくてたまらない。


 クアラも私も、小さい頃から兄さんや父さんから聞く話が好きだった。


 ライドが読み聞かせをしてくれるようになってからクアラは本にハマり、私も同じくらいの時期から話を聞くよりも稽古を付けてもらう時間が増えていったが。


 私達が魔石の存在を知ったのはここからだった。


 今回の第一部隊の遠征のように、大量に魔石が確保出来た際、騎士達は持ち帰ることが出来る。


 大抵、売ってお金にしたり、種類によってはアクセサリーに加工してしまうことが多い。


 だが父さんは取れたそのままの状態で自室の棚に並べている。


 父さんの膝の上に乗って話を聞きながら、キラキラと輝く命のかけらを眺めるのが好きだった。


「少し待っていてくれ」

 魔石の話になってから一層目を輝かせる私に、アイゼン様は今回持ち帰った魔石を見せてくれた。様々な属性の石が混ざっている。


 これは水属性の、こちらは火の属性の。

 あ、これが先ほど話していた大型の魔物の魔石か、と魔石の中に魔物の姿が見えるような気さえする。あまりの美しさにほおっと息が漏れた。


「綺麗……」

「気に入ったものがあれば持ち帰るといい」


 前回突き返したからだろう。

 アイゼン様は色が澄んでいるものや大きいものなど、アクセサリーの加工に適していそうな魔石を寄せてみせる。


 ここにある魔石はどれも吸い込まれるほど美しい。だが今回も受け取るつもりはない。


 拒む理由は違うけれど、力強くNOと伝える。


「いえ。これはアイゼン様が討伐の対価として魔物から受け取ったものですから、アイゼン様のために役立ててください」


 魔石で作ったアクセサリーは所有者のステータスを表す。

 贈り主は財力または武力を示せて、贈られた側は愛の大きさを知る。


 きっと普通の令嬢なら喜ぶのだろう。

 だが私は魔物討伐の話を率先して聞きたがるような令嬢だ。欲しければ誰かから贈られるよりも自分で取りに行くことを選ぶ。


 魔物とはまだ戦ったことがないけれど、だからこそ自分で取った魔石はどれほど美しいのだろうと想像して頬が緩むような女なのだ。


 私は普通の令嬢の型にハマることが出来ない。

 そう、改めて実感した。



 アイゼン様は私の言葉に目を丸くして、パチパチと瞬きをする。


「キャサリン嬢は他の令嬢達とは違った考え方をするのだな」

「変だと思いますか?」

「他の人間がどういうかはともかく、少なくとも私はあなたの考えが好きだ。だが同時にまだ俺がまだあなたに魔石を贈る相手に値しないことを少しだけ残念に思う」


 残念だと言いながら、アイゼン様は力が抜けたようにふわっと笑った。

 そして広げた魔石を布袋の中に戻すと、使用人さんに持ってきてもらった箱を机の上に置いた。



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