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19.手紙は苦手

 第一部隊が戻ってきた三日後、アイゼン様から手紙が届いた。


 返答をもらってから間は空いてしまったが、会いたいと。


 兄さんがゲットしてきた情報によれば、アイゼン様は凄まじい速さで仕事を済ませてさっさと報告書を出してしまったらしい。

 ただ、彼だけではなく第一部隊全員が報告書を出し終わらないと休暇には入れないようで、巻き込まれた騎士達は今頃知恵熱でも出しているのだとか。


 兄さんからしてみれば大した書類ではなく、役職付きでなければ一日もあれば書き終わるものだそうだ。しかし第一部隊は戦闘は得意とするものの、書類仕事は苦手としている者が多いらしかった。


 父さんが所属している部隊も似たようなもので、兄さんが所属している第四部隊は書類仕事が得意な人も多い。

 第四部隊の場合は国内イベントや他国との交流時に駆り出されることが多いので、自然と書類関係に強くなっていくのだそうだ。そこそこの年齢まで勤めたら家督を継ぐ予定の人ばかりなのも第四部隊の特徴で、強さ以外にも部隊ごとに特色があるのだとか。


 そういえばスカウトされる時にそんな話を聞いたような気がする。そもそも騎士団に入るつもりがなかったのでサラリと聞き流していたが。



「ただ強さで決めてるだけじゃなかったんだ」

 兄さんの話に関心を持っていると、隣で待っているクアラの頬がどんどん膨らんでいく。


「クアラ?」

「部隊の特色より今はアイゼン様の手紙でしょ」

「あ、そうだった!」

 ついつい兄さんの話にのめり込んでしまったが、本題は手紙についてだった。


 アイゼン様が挙げてくれた日にちのうち、空いていたのは二日だけ。

 私は基本的に暇なのだが、クアラの方が意外と忙しい。さすがにクアラがキャサリンとしてお茶会に出席している日に、私がアイゼン様と会うことはできないので調整しなければならないのだ。


 お茶会の他にもデザイナーを家に招いたり、母さんと劇を観に行ったり、ドレスの調整などなど。動かせなくはないが、空いている日があるならそこに入れようということになったーー後に話が大幅に脱線したのである。



「とりあえずお返事書かないと」

「え、クアラが書くんじゃないの?」

「僕が書いてどうするのさ」

「だって前回もその前もお返事書いたのはクアラだし、文字違ったら不審に思われない?」

「それならメイドに書いてもらったって言えばいいよ。言葉だけ考えて字の上手い使用人に書いてもらうことなんてよくあるし、アイゼン様だって気にしないでしょ」

「なら今回もクアラでいいんじゃ……」


 手紙は苦手だ。

 会って話せばすぐに済むような話を、形式的な言葉で飾り立てなければならない。


 文の始めの数行は形が決まっていて覚えれば楽だというが、クアラの書く手紙はなかなか複雑だ。


 なにせ普通なら季節や近くに行われる行事について押さえておけばいいところを、人によっても使い分けているのである。情報収集を得意とするクアラは、手紙に使えそうな言葉を思いつけばすぐにノートに書き込むというマメさまである。


 社交を最低限にしか行なっていないはずのクアラが社交界で確たる地位を築いている理由の一つはおそらくこの手紙だ。


 だから今回の手紙もクアラが書けばすぐに終わるはず。

 けれどクアラはダメだよ、と簡単に突き放す。


「練習しなきゃいつまで経っても苦手なままでしょ。ベースは作ってあげるから、姉さんはそれ見て自分で書いてね」

「書く言葉を考えてはくれないのね……」

「大丈夫大丈夫、こういうのは慣れだから。そのうち書けるようになるって」

「えー」

「書けたらアイゼン様に渡す用の刺繍を刺して、あとドレスとお化粧も決めないとだよね。少し寒くなってきたから前考えたのとは別の組み合わせで、トレンドも入れたいし……」


 クアラはブツブツと呟きながら手元にある紙にベースを記していく。

 行ごとに『季節の挨拶』『○○に触れる』など、細かく書いてくれたそれを私に渡すとそのまま部屋から去っていった。侍女と相談するのだろう。これ以上のアドバイスをもらうことは難しそうだ。


「兄さんって手紙書くの得意?」

「苦手ではないが、男と女じゃ文章が全然違うから参考にならないと思う」

「……令嬢ってツライ」

「クアラの言う通り、徐々に慣れていくものだからそう焦らなくてもいいと思うぞ。それに多少下手でも気にしないだろ」


 兄さんは「とにかく頑張れ」との言葉を残して何処かへ行ってしまった。

 だがアイゼン様はご令嬢に人気、すなわち過去に大量の手紙を受け取っている可能性が高い。そうでなくともすでにクアラ作の完成度の高い手紙を受け取っているのだ。

 その後に慣れない私が綴った手紙なんか届いた日には少しだけ大きくなった恋の炎も小さくなると言うものだ。


「……書くか」

 どうせ出す前にクアラチェックが入るし、下手でもやり直しするチャンスをくれることだろう。どんなに下手な文でも書かないよりマシだ。


 むしろクアラが戻ってきた時に一行も書けてなかった方が怒られる。急いで仕事を片付けてくれたらしいアイゼン様を長く待たせるのも良くないし……。

 ふぅと長い息を吐いてから、カリカリとペンを走らせた。



 思いつくのはどれもありきたりな言葉ばかりだったが、戻ってきたクアラは満足気に封筒を渡してくれた。



「ねぇ、本当にこれで大丈夫なの?」

「バッチリ!」

「本当に? こんなので?」

 少なくとも三度はやり直しを食らうと思っていたので、不安である。諦めから判定がゆるゆるになっているだけではないか。不安で封蝋を押す前に何度も確認してしまう。


「姉さんがアイゼン様を思って書いた文ならこれ以上に良い文なんてないよ」

「ありきたりな言葉だらけなのに?」

「ありきたりだろうが何だろうが、マナーが守れていて想いが伝わればそれでいいの」

 はいはい、さっさと蝋溶かしてと急かされて封をした手紙はクアラに強奪され、使用人の手に渡っていった。



 それから刺繍をして、ドレスの微調整を行なって、と時間は瞬く間に過ぎていく。

 一息ついた時にはアイゼン様のお屋敷にお邪魔する日が明日に迫っていた。


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