【20】渦巻く花園
とんだ爆弾発言を投下してくれたものだ。シルヴィアはもう一度紅茶を飲み込み、朝食を片付けて全員の前に立った。
「やってくれたわ、あのバカ女。まさか、街全体に術式を展開しているとは思ってもみなかった。彼女が脅威だからこそ街の人間たちはそれに従っていたと言うのに……それを逆手にとるなんて悪い意味で頭がいいわね。金に強欲なこの街の人間は金に頼ってあの女を総力を当てて探し出す。それでも、多分見つからないのは愕然としているわ」
ライトは自分の紅茶を飲みながら優雅にその話を聞いていた。別に今ここで焦って何かをしたところで変わらない。ならば、分析しよう。その状況を。
「だから、私たちは私たちのやり方で探しましょう。」
そこでキッチンからダイニングに足を戻していたルナにシルヴィアは問いかける。
「ルナ、君の探知は今使用出来る?」
「無理ですね。そもそもの話。私たちは精霊の力を得てその術を展開します。しかし現在、なんらかのそれを阻害する波が立っており使用が難しい状況になっている模様です。私たちは悪魔や天使とは異なり、個人では術を発動できませんのでこの状況に変化がない限り探知は不可能と考えられます」
ルナが直ぐに返答を示したのでシルヴィアは悩むことなく早速組み分けを発表した。
リスク上、今の状況では固まって行動する方が安全だろう。一般人を含めているのだからそれは尚更に言える。しかし、時間を要する現在に至っては瞬時の判断が状況を変化させる。躊躇ってこの時間に狂いを生じさせれば、あの更地を作った時と同様なことが起こるだろう。それも今度は一気に全体が、ということになる。
「あー、1ついいか?」
だから1人の挙手は予想外であり規格外だった。
「何かしら、ライト」
ライトの今までのグロリアとの対面は1度きり。だが彼自身は、そんなことお構い無しに流暢に自分のことを考えていた。街は大変になっているのだし、残された仲間もまだ敵の手の中。それなのに青年は親友の墓場にまだ行っていないことを思い出した。そして不穏な空気も理解しながら、だ。
「オレ一人、別行動でいいかな?」
空気を読まずにライトはひとりよがりの発言をした。勝手だろう。彼女からの許しが出るかさえも到底想像できない。シルヴィアはため息を1つ、ライトに視線を向けた。
「理由を聞いていいかしら?まぁ、話したくないのなら別に構わないけれど。君のその行動に意味はあるの?」
「……勿論」
椅子を鳴らして後方に体重を置いて、ライトはシルヴィアに自信ありげな表情を見せた。勿論これに意味があるのは自分にとってだけかもしれない。でも、親友は何か鍵となることを教えてくれるかもしれない。
「はぁ、そう。うん……」
シルヴィアはここで自分勝手な青年に対して、頭を抱えて呆れた。だが何かを考えたあと頷き視線を戻す。
「まぁ、いいや。君は自由奔放の方が君らしい。君がしたいようにすればいいわ。その代わり成果を上げなければ……分かってるわよね?」
一応、保険はかけておく。シルヴィアの笑みは冗談抜きでライトは一瞬顔を引き攣らせた。
「トキアたちは5人で固まってルナをつける。ソルは私と。ライト、君は1人ということで3手に分かれて行動する。いいわね?」
的確な判断と指示に全員が頷きルナとソルが質問する。
「シルヴィア様、私はどこを探しましょうか?」
「私たちはどこに行くのです?」
「ルナたちには街全体をお願いする。街の人間達が探す逆を行きなさい。私たちはこの街の周囲を行くわ」
時間差なくシルヴィアが返答したのでトキアが少しだけ思ったことを口にした。
「なぜわざわざ逆を行くんですか?その判断をした理由も……」
「それは簡単よ。そこら辺に居たら彼女なりのエンターテインメントとして成り立たないから、ということよ。ルナはソルを伝って、ライトは私を伝って」
そして、シルヴィアとソル。ルナと5人。そしてライトという組み分けになりシルヴィアが大きく声掛けをした。
「では、散!!!」
◇◇◇
「この人だかりは……」
ルナが発した言葉は、確かにしょうがないものだった。街は大混乱に陥り皆が焦りを持ってウロウロしている。目が血走り、全員が金の取引をして自分の命を守ろうとしている。そんな光景はあまりにも驚愕的でルナは絶句していた。
「いや、こんなものですよ。多分」
そう言ったのはトキアの隣に立っていた少女。
「この街は変わらず金が全てです。地位も関係性もすべてが財力で決められているも同然な、クズの集まりですから混乱が生じた場合こうなっても仕方ないでしょうね」
1番小柄であるルナはこの中では最高齢。そして彼らを守る言わば護衛でもある。しかしこんな状況でどうしろと頭を抱えたくもなった。
「私たちの思考判断の力はあまりにも、弱すぎる。ここを打破する策など私のような魔物に考えられるはずがない……どうしましょう」
焦りの表情はない。それは、単に彼女たちという生き物にそのプロセスが備わっていないだけ。豊かな感情は魔物の中での話である。本来思考力や気持ちという面で劣る彼女らにとってそれは普通よりも大変なことなのだった。
「あの……シルヴィアさんの使いの方、1ついいですか?」
言いづらそうに続けた少女は東を指さし視線を誘導した。そしてルナは、術式の展開をその目で確認する。
「まさか……」
2時間が経った。その時間はこれほどまでに早いものなのか。ルナの目には術式の一つ一つ組み上がる光景が普通よりも鮮明に映った。それが最後にその一区域を滅ぼすことを悟らせる。思っていたよりもずっと街は混乱の中だった。人間は全員、感じたことのない死の恐怖に直面しているようだった。
「あ、すみません……」
ぼうっと立っている中でルナは男の肩に頭がぶつかった。その男もまた急ぐように足早に歩いていて
「あぁ。すまんな……こんな女の子でさえもこの恐怖を体験しなければならないなんて」
男はブツブツと1人で話しながらその場を去っていった。この状況で探す、という方が無理なのではないか。ルナはそんな弱気を感じて妹のソルに連絡を図ろうとした。姉妹だからこそできる、コネクト機能。しかしそれをも阻まれてルナはその少ない感情に凍りついた。
「なぜ、こんなにも早く。そして、こんなにも私たちの策を知っているかのように。あなたのような方が現れるのでしょうか」
トキアたちは、恐怖で足がすくんだ。魔女の隣にいた小さな小さな少年。それでも彼に躊躇いはなく、実際に3人を殺した張本人。イトアという少年はルナの目の前に瞬間立っていてニコリと笑みを浮かべていた。
「勝負です。あなたの名前も知っていますよ、ルナさん」
そしてその目の前にいた小さな少女も顔の近さをものともせずに顔色一つ変えずに告げた。
「下がってください、トキア様たち。私から絶対離れないでくださいね」
シルヴィア様、どうかご武運を。
◇◇◇
「あー、ここだここ」
丘の上の花畑。そこに足を向かわせていたライトは伸びをして前にあった墓に手を置いた。
「久しぶり、グリア。そしてただいま」
語りかけて自然と笑顔になったライトはそのまま続けて自分の話を進めた。
「オレは、今。誰かを助けるために行動してるよ。それもこれも全部お前のおかげだ。だからそういうのもずっと見守ってくれよ」
そして、また自分の語りに返答が帰ってくるとは到底思っていなかった。自分の語りに目を瞑ってその空気を肌で感じていたからこそそれが鮮明であることに気づいた。勿論、死者がそこにいるなどありえないことなのだからライトが驚いたことは当然だ。しかしその声は、親友グリアの声そのものだった。
「グリア!?」
後方に聞こえた声に反応し、ライトは振り返って苦笑いを浮かべる。
「お前、なんでいるんだよ。なんでそこに……」
ライトの目に映る。幻想でもない、実態。幻覚でもない現実。今は亡き親友グリアとゲーム執行者兼魔女、グロリア・アインシュベルタが並んで笑みを浮かべていた。しかし、2人の様子に本物の笑いというのは存在しない。目がゾッとすらする鋭い悪意を秘めていて。
「久しぶりの、もう会えないと思っていた親友に会えたあなたの感想はどういうもの?」
グロリアの少し高い声が今だけはその花を枯らすように冷たく響いた。




