【14】座標指定
「行きます」
イトアが鎖を掴んでそのまま重い鉄球を右から左へ一直線にぶち込んだ。多分、彼の仕草一つ一つの速さが通常とは異なっているのだろう。全体の移動が、全てにおいて速さを帯びている。ライトは重心を後ろに下げることで鉄球の長さギリギリを避けた。しかし、それは避けたつもりであって、どうやら読み間違えたらしい。
「おまえッ!!!」
鉄球が一瞬伸びたように感じて咄嗟に剣を内側に持っていく。生身の身体で鉄球に当たればいくら強靭な肉体を持っていたとしても、致命傷になりかねない。細剣でも衝撃を弱めることが出来ず、ライトは後方に吹き飛ばされた。
場所が幸いした。壁に囲まれたこの地下では足で威力を吸収し、そのままの反動で前に突き進むことができる。ライトは横壁に足をつき、バネにしてもう一度イトアに突っ込んだ。
「僕からしてみれば、全ての事象が遅く見えるんですよ。僕の能力はそういうものですから」
しかし、そこにいたはずのイトアは目の前から姿を消した。そして声は後ろから聞こえた。目の前にいたはずなのに、瞬きすらしなくともそこから姿を消したのは明白で。ライトは後方からの鉄球をモロに直撃して水路の水辺に強く体を潜らすことになった。
「クッ……!!!」
水の中は案外青かった。これが下水でないことは匂いで分かる。いや、そう思いたい。そんなくだらないことを考えながら水から一気にはいでてイトアの姿を探した。しかし、少年はいない。剣を前にして1度瞼を閉じる。
「術者の方はソルに任せるしかない。ならば、ここでお前を倒すことがオレの役目だ。そう簡単にいくと思うなよ」
ライトがもう一度、瞼を開いた時。その瞳は青く魔法陣を収めていた。イトアの気配が空気を伝わり肌で感じられた。後方からの勢いに、ライトは振り向き剣を交える。
「速さが専売特許と言うのか。それなら、オレも引けを取らない」
視線が交差した時、そこに映っていた底知れぬ悪魔にイトアは少し後込んだ。しかし覇気にやられては、刃を交える前に話にならなくなってしまう。
「あの時、隠していたんですかッ!」
鉄球が弧を描くようにして勢いに乗ったままぶつけられるのに対してライトは、剣で弾き返した。水辺に一瞬足の裏をつけそのまま滑って床に着地する。衝撃を和らげそこに停止しイトアを見据えた。
「隠す?何を」
「ライト様は悪魔と契約なされているのですね」
それと同時に、イトアの黄色の瞳にも青の魔法陣が刻み込まれてくっきりとした青を纏っていた。緊張感が跳ね上がり、彼の雰囲気も揺れのない綺麗に落ち着いたものへと移り変わる。
「お前、今いくつだ?」
そこで彼の歳を考えた。自分も感じたからこそ、その負担は大きい。この少年は確かに自分に似ているのだと、そこで改めて実感した。
「11ですが、それがなんです?幼いからと言って僕を舐めない方がいいですよ。僕自身でも分からないのですが、生まれた時から一つ一つの動作が臨戦態勢そのものでした。曰く、僕は戦うために在るのだということを理解しました」
イトアは揺らすことなく張り詰めた一瞬の隙に姿を消してライトの後方から鉄球を投げ飛ばした。鉄球は球本体に近くなるほど重さは増す。すると、速さも威力も桁違いに跳ね上がっていくというわけだ。
ライトは壁を強く蹴って跳躍し剣筋を斜めから飛ばす。一閃が鋭く引かれることによって鉄球と線は混じり粉砕した。
宙から鉄球を一振したイトアにライトはすかさず強い蹴りをかます。1度跳躍した勢いにのせれば通常よりも重い蹴りになる。剣だけの単調な攻撃の仕方では、正面から1本取られてそのままカウンターで攻め返されるだろう。
「クッ、ハッ……!」
「残酷だな。少年少女は、無知なのに。強者の手玉に取られて使われる」
ライトは誰に諭しているわけでもなかった。だが、言葉を口にして剣を滑らし前に出す。イトアが蹴りで壁に身体を打ち付けたと同時に剣を打って捕縛する。だが、ライトはイトアが笑ったのを見逃さなかった。
「……運命というのは抗うことを許されないんですよ」
イトアがめり込んだ壁の石を掴み踏ん張りを効かせて、片手を横から一気に前に出した。それと同時に鎖が現れその先に鉄球が持ち上げられる。それを見極め、ライトは剣を石壁の隙間にに突き刺し身体を屈めることで回避する。
「ナイスです」
「これやると剣が悪くなるんだがな……」
イトアが口笛を鳴らす勢いでこちらに対して少し賞賛した。ライトは無視して剣の心配を口にする。壁を手足で蹴り出して飛び出た少年は床に着地し踊るように、鉄球を振り回す。遠心力で弧を描きそのまま飛んでくる鉄球を避けたライトは自身の間合いにイトアを捉えた。
剣をもう一度、強く握り直して。細く光った剣筋を下から上に振り切った。完全に剣の刃にイトアを射抜いたと考えていた。しかし、ライトはやはり横からの声に意識を戻す。
「終わり、というのはそちらですね」
おかしい。尋常ではない速さというのは手合わせをして再確認した。しかし、そんな速さの次元ではない何かがこの目の前で起こったということ。今度も瞬きはしていない。剣を振り切るゼロコンマの時間よりも速く避けて、そのまま回り込んだというのだろう?
「以前と同じ、表情ですよ。ライト様」
左から向けられた鉄球を避ける余裕など今の体勢からでは無理だった。咄嗟に腕を引いて盾にする以外。鈍い音を立てて骨の軋む音が耳に響いた。身体全身でその威力を受けて左腕の骨が砕けたことを理解する。反対側の通路に足をつけてライトは腕を確認し、力が入らないことでだらりと下に落とした。
「お前も。案外暴力的なんだな」
「そうです?僕、相手には敬意を払って接しているため理由もなしに殺したりはしないですよ」
「殺すという時点で普通じゃねぇんだよ」
鎖をジャラジャラと鳴らしながら鉄球を持っているその少年は少年らしさというのが1ミリも感じられなかった。フフフと小さく微小をこぼしたイトアはその鉄球を弄りながら会話を続けた。
「分かりました?僕の能力」
能力と言われた時点で、ライトも把握していた。まず先に彼は悪魔を宿していた。その時点だ同じということである。
「お前、……もしかして」
そこまで言ってライトは口を紡ぐ。イトアは自分の口から紹介を始めた。多分、そこに絶対的自信を持っているからだろう。
「予想通りですよ、ライト様。僕の術は本当にそのまま、瞬間移動です。座標を決めて移動する。元いた場所には残像が残ることはなく相手に対して消えたと錯覚させるのです。しかし、これを僕の口から話したところでそちらにとっては何のアドバンテージもありませんよ。だって、分かっていたとしても速さには追いつかないのですから」
ライトは剣をもう一度前方に構えて腰を落とした。攻めはイトア。防はライト。しかし、イトアの表情には余裕さえもが垣間見える。
「速さが専売特許かと、仰いましたね?勿論ですよ。速さと言うよりも時空そのものに干渉しているのでその部類に入るかも定かではないですがね」
言葉を合図にライトの懐に潜り込んだイトアは胸元から抜き取ったナイフを前に突き出した。しかし、ライトもそれをハッキリと感知して反射的に次のアクションを起こす。少年の手を振り払ってそのまま後方に下がる。すかさず反応して一歩前に踏み込んだイトアに対して、ライトは剣を抜き取り斬り込む。下からの刃にイトアはもう一度瞬間移動を発動して距離をとった。
相手は近接戦を好まない。だが、こちらはどこからでも。ましてや遠距離からでも刃の斬撃を飛ばすことによってどうにかやっていける。だから結論から言うに、この少年と戦う時において最も重要なのはどれだけ近接戦に持ち込めるかということだ。
「1秒ラグ」
呟いて次の座標に移動してきたイトアとの間合いを一瞬にして詰める。その呟いた言葉にはちゃんとした理由があった。それは、瞬間移動は万能ではないということ。1秒のタイムラグは座標から座標に移動してくる時においてのゼロコンマも含め、その後の次の座標指定にかかる時間だ。よって断続的に術を発動することは困難だと言うこと。
「……気づいてたんですか?なぁんだ」
表情を引き攣らせた少年だったが、それでもライトが眼前に来るとその表情を和らげた。既に諦めモードのようで。戦いなれをしているとこういう諦めも早いものなのだろう。宙に座標を指定していたイトアに対してライトは跳躍して下から上に刃を振り上げる。服の上からでも血液が滲み出たことが分かった。しかし、ライトは油断を怠らずそのまま蹴りでイトアを吹き飛ばした。壁に打ち付けられ血を吐いた少年はそのまま下へと落ちていった。
「前回と今回では違いすぎますよ」
弱々しく笑ったイトアは床にずるりと座り込んでライトに視点を合わせた。今までの人形のような少年とは異なる。らしさが残って、ライトはそちらの方がいいのではないかと心内で思った。しかし、少年も単純な世界にいる訳ではない。ライトが瞼を閉じて通常に移り変わったと同時に、イトアの首元に鎖が見えたように感じた。それは錯覚ではなかったと思う。
「はい。主、了解致しました」
先の傷がまるでなかったように、立ち上がった少年はこちらに視線も合わさずに背中を向けた。何故だか分からなかったが、その背中を追う気にはならなかった。そしてそのまま一歩一歩足を前に出しそこから跳躍して姿を消した。
それはまるで、確かな本物の人形のように。




