【13】虚言の沙汰
駆け足は2つ。自分の後を追いかけてきている者が誰であるのかも十分に分かっていたからこそ、そこに警戒を解いた。
「ソル、身体は大丈夫か?」
「大丈夫かっ、て……大丈夫に決まっていますよ。私を舐め腐るのも大概にしてください。シルヴィア様もお前も、私が虚弱のように言いますが……少しは信頼してくださってもよろしいかと思うのですが!」
残りどれくらい平気だ?と問いたかったのだが、思っていたよりも強い言葉を返されて言葉に詰まったライトは前方に視点を維持したまま足を前へ進めた。
「焦らず慎重に行動してくださいね、ライト」
「分かっている。少し黙れ」
つっけんどになってしまったライトに対して、まぁと口元を手で覆ったソルが冷ややかな視線を送り付けてくる。
「酷いですねぇ、そんなことを言うのは。私が仕えているのはお前ではなく、シルヴィア様なのですよ。本当ならばお前の指図を受ける義理などないのですのに」
今にも美少女が舌打ちを噛ましそうな様子にしらを切ってスルーした。しかし、ここに来て地下に漂う暗い空気は濃度を増したのに、人と会わないのは些か奇妙だと感じる。
「ソル……」
もう1人の少女に声をかけようとした時、彼女はそこに足を止めていた。そして声は届く。
「こんばんは」
「はい。こんばんは、ですね」
足音は急に音を立てて近づいた。跳ね上がったプレッシャーにライトとソルは足をすくませる。
「自己紹介を、と思ってこちらに足を運んだわけなんだけど。イトア君はしっかりと説明、出来ていたのかしら?」
甲高く、そして奥ゆかしい声が響いて彼女の存在を思い知らされる。隣に立っている少年はにこやかな笑みを絶やさずに、ただ平静とこちらを見据えていた。
「勿論ですよ、主。僕は役目をしっかりと果たさせていただきました。彼らがここにいるということでそれはお分かりしていただけますよね?」
少しお堅いと言えるかもしれない口調だったが、人懐っこい表情でそんな様子も綺麗に消している少年。女はそこで少し、考えたようにこちらにすぅっと視線を向けて軽く目で一礼した。淑女、ではないらしい。
「改めまして、私。グロリア・アインシュベルタと申します。正真正銘の魔女だから、いつもアナタの隣にいるおばさんと同じ部類に入るわね。以後お見知り置きを」
おばさんと言う単語に眉を潜めたライトは、なぜ自分がそこでイラッとしたのかを理解していなかった。しかし、ただ1つ分かることはこの女がこの馬鹿馬鹿しいゲームを始めた張本人だということだ。
「ライト……この人何か違います」
しかし、ソルのか細い声でやっと今の現状を理解したライトは彼女の声に反応する。
「何が、違うんだ?」
「私の意識がザワついているんですよ。多分、双子で遺伝子を分かち合ったルナならば同じことを感じているはずです」
俯きながらソルが、冷や汗を滲ませ視線を合わせないように彼女の視線から逃げるようにして身体を縮こめた。
「一般人でも、シルヴィア様でも分からない。魔物は普通よりもいろいろな能力に優れていますからね。感知能力も一般とは少しだけ異なってくるのですが……」
「少し話しすぎじゃないかしら?」
しかし、その言葉は長くは続かなかった。少し震えるように小さくなっていたソルに1人の少年が一瞬にして前に立っていたのだ。その一刻は刹那の時間に等しい。少年は笑っていた。しかし、言葉に感情はなかった。
「主がそう言うんです。少し黙っていただけませんか?」
ライトも動けなかった。それは、まるで瞬間移動かとでも言うように人間の反応速度を超えたものだったからだ。そしてイトアのナイフは、ソルの首筋寸前で停止していた。
「まぁいいわ。私がここに来た理由は、アナタたちの顔を見たかっただけ。挑戦者がどういう人間でどういう雰囲気なのか。ゲームを楽しむに当たって知って損は無いでしょう」
そこまで言ったグロリアは薄く嘲笑してとても冷たい視線を浴びせた。
「知っているかしら?今の時刻。もうすぐ12時を回る。始めましょう、ゲームの醍醐味を。こうでなければ面白くないじゃない」
時間を忘れていた訳では無い。それでも、それは頭の片隅に置かれ少しだけ霞んで見えていた。術者となっている人物に対しても、そうでない他の人物に対しても多くの犠牲が出る前に食い止める必要があったというのに。
「じゃあ、イトア君お願いするけど。そうね……30分くらいかな?足止めしてちょうだいな。そうしたらどれくらい多くの生気が獲得できるかしらね。積もり積もって、ある意味サバイバルゲームのようなものになってるけれどもなかなか面白いものが見れそうで。私はとても満足した」
ソルの首筋にナイフを突きつけていたイトアは停止したまま。グロリアは今度は淑女のごとく、一礼してくるりと回って消え去った。ライトはそれを追おうとした。だが、彼女に隙などありはしなかった。あれほどまでにこちらに対して、一種のおもちゃに向けるのと同等な姿勢を向けていたにも関わらず。
「ちっ……」
舌打ちをして足を止めたライトに、イトアは軽く距離をとった。2対1、それも少年1人に。対するは青年と少女。見るからに部があるのは2人の方だと誰もが思う。だが、ライトは1対1の土俵を望んだ。
「ソル、お前はこの付近にいる術者を探し出すことに集中しろ。もう12時はっ!!!」
そして術は発動する。大きな魔法陣が地を囲み円となって球となる。ライトの行動もその他の人々の行動も全てが遅かったのだ。大幅に拡張した球場の魔法陣は煌々と青く煌めき一定距離ずつ狭まり始めていた。
「これが……」
「そうです。これが僕の主が楽しみにしていたゲームスタートの合図ですよ。ここは街の果てから2キロメートル地点。ざっとこの2キロが消えるのは3時間と言ったところでしょうか。しかし、初めのうちに全滅では物足りません。ですから僕の足止めは30分と制限されていますので、そこのところよろしくお願いします。ライト様」
イトアは本当に人形のようだった。指令に対してただ従順に動く下僕、そこに自分の価値観や自分の主観を織り交ぜない。完全なる配下となっていたのだから。
「それが1番厄介だな」
「ライト様ともう一度刃を交えること、少し楽しみにしていたのですがね……」
イトアは予備動作を起こさないまま流れるように加速した。やはりソルの目の前に立っていた時と同様、彼は俊敏さが尋常ではない。
「クッ、……!」
「さすがについてきますね、以前と同じ結末を辿らないように。学びを経て冷静さをかかないように。そうしなければ、つまらない戦いになってしまいますよ」
抑揚のない声は、ライトの心に突き刺さった。一瞬に縮められた距離を相手にギリギリのところで滑り込ませた細剣。どこか悲哀を持つ彼も。以前手を合わせた協会にいたノストという女も。ライトにとっては、腹だたしく感じられた。力で押しのけ、その反動で1度後方に退く。
「行け」
しかし、目の前に現れたのは少年ではなかった。
「舐められたもんだな」
人間を相手にすれば多少の同情と、多少の良心で手を抜きざるおえない状況へと発展する。それは死人であっても変わらないことだ。ライトは、剣の刃が急所からはずれるように計算しながら彼らを捌いていった。1人、1人の身体能力が高く、きちんと武器を巧みに使用している。それこそライトが、1番難を要される部分だった。
「もう12時を過ぎました。すみませんが先に行きます。探して術者を食い止めるのでライトはそこの少年の相手をしておいて下さい」
ソルの言葉にライトは、頷き剣をもう一度強く握り直した。片手で持った剣がライトの身体の一部かのように素早く滑らかに進んでいく。
「誰が少年、なのでしょうか」
少しだけソルの方に気が向いた先にライトは一歩大きく前に踏み込んで斜めからそのまま剣を持っていく。
「危ないですねぇ……何、してくれるんですか?」
鉄球に繋がれた鎖で食い止められてライトは少しだけ動揺を滲ませる。いつの間にイトアの手に鉄球が握られていたのか、その点でも彼の速さは不思議なものだった。
「喧嘩をふっかけてきたのはお前らの方からだ。何してくれる、とはこちらのセリフなのだがな」
「そうでしたね。失礼しました、ライト様」
少し声が高くなったイトアは、愛想笑いでも偽りの仮面でもなく戦うことに対して楽しさを隠せないような、そんな笑みを浮かべていた。
「僕は主の下僕である。そして、従順で在らなければならない。それが僕の運命だから」
自分に言い聞かせるように唱えた言葉の余韻に浸りながらイトアは鉄球を振りかざした。ライトは意識奥の怪物を呼び出す。
出てきていいぞ、悪魔。お前の力をオレが使う。




