【5】現れた先導者、歪みきった街
街に降り立った瞬間、貼られたのは一種の結界。この街全域に広がった膨大な箱庭となったわけだ。
「シルヴィア、これは意図的なもので間違いないと思うんだが。お前はどう思う?」
「意図的に決まっているでしょうね。だって私たちがここに入った瞬間に開閉自由の扉は閉ざされてしまったのだもの」
シルヴィアの答えは絶対確かなものだった。誰だって分かる答え。ソルとルナが警戒を強めて、ライトは腰に収まっていた剣をなぞるように触れた。
「警戒は怠らず、それでも足を止まらせるのは却下だな」
「ソル。この結界がどういうものかまで明白にすることは可能かしら?否、君の最大限の力で詮索しても無理なのであればそれは仕方のないことだけれどね」
主であるシルヴィアにこれを願われれば拒否権などソルにはない。人通りの道から少し外れて、結界があるだろう障壁の近くに手を置いたソルは意識を集中する。そして、結界の類を探知しながらシルヴィアに向けて情報を引き出していった。
「この結界は……高周波によって作り出された分子までを分断する刃ですかね。組み込まれたプロセスから断続的に絶えることのない刃と考えられます。でも、これ以前にも見たことありますよ?それとやはり……」
ソルがそのままで目を瞑ったまま答える。意識を深くまで巡らしてそこで摘み取ったものを言葉に。
「この街は、半径10キロと言ったところでしょうか。そして実際、円状である街全域に結界は張り巡らされているようです。半球体になっているこれは全方位。やはり全てが閉ざされてしまっており脱出経路はありませんね」
ソルがそこまでを言い切り息を整えるとルナがその隣に立ってソルの顔色を伺った。やはり、4人が入り込むことをトリガーとして発動した事前から準備されていたものだろう。ルナが唇を噛んで忌々しそうに視線を揺らすのに対して、シルヴィアは頬に手を当てた。
「おびき寄せられていた、というのが正解かしら。最初から私たちが来ることを知っていたとしか言いようがない、用意周到な準備だったわね。どういうことかハッキリしたいものだけど、一旦カルラたちの家に足を運んでいろいろ聞いた方が早い」
ライトの自分の胸騒ぎが現実感を要していて、すっかり気分を害していた。焦る気持ちを抑えてただひたすらに彼らの家がある方向に姿勢を向けて。ライトは深く息を吸い込み、落ち着いて表情を緩めるのだった。
「どうしてこう、何度も厄介事に首を突っ込まなければならないのだろう。少々うんざりしてくるのだが、どうやら相手も物好きらしいな」
相手に少し挑戦的に、聞こえるはずもない言葉を残してライトが1人足を進めようと前に出たその時。
前方にいた1人の少年だけが際立ち目立った様子で立っていた。他の貴族は全て背景と化すように。街並みも建物も全てが背景。少年の周囲だけ異常なまでの奇妙な空気感を隔ててライトたちの視界にストンと入り込む。
「アイツ……」
爪をかみそうに指を口元に持ってったシルヴィアがその少年に殺気を向ける。ソルとルナに対しての少しの戒めだ。だが彼女も、そこで飛び出すなどという馬鹿な行動はしない。猪突猛進で何も考えずにここから彼を射止めようと刃を向ければ事態は収束することなく、悪化を招かざるおえなくなるだろう、と。考慮なども含めてシルヴィアはそこで踏ん張りを効かせて立ち止まっていた。
ソル、ルナは彼に何も感じていなかった。昔から魔物はさほど感情に豊かな方ではないと言われている。それは彼女らにも当てはまることであり、それが繋がれてきた変わらないものだ。持っていたとしても大きく偏りのある変異な偽りの感情。しかし、ソルもルナも感情において人間と同等に十分な水位に達していると言ってもいいほどに豊富な感情を譲り受けた。
それは通常とは異なる方法で譲渡されたの言葉が上手く合っている。
だが、自分を殺した相手だとしてもそこに憎悪も恐怖も。ましてや憤慨の意でさえ皆無に等しかった。なぜなら彼女らの感情はそういう類のものだったから。排除すべき敵。それ以上でもそれ以下でもない感情。そういう点でいけば彼女らはいい意味でも悪い意味でも魔物という立場であることを実感させられる。
ライトはその少年に見覚えがあった。確かに、彼は見たことがある。あの時点では老婆だったのに今となっては育ちのよい好少年であるかのように。伸びた透き通るような青髪の少年。ピンと張った背中は曲がることがなく真っ直ぐに。そしてこちらには、煌々とした光を宿す迷いなき眼が向けられて。
「こんにちは、初めまして。ですかね?」
フフフと笑った少年は、可愛らしく愛嬌のようなものを振りまいて手を口元に持っていった。着飾ったようでもない彼のその行動からして、それが素の行動なのだろう。
「誰だよ?お前」
誰だって感じる。街を行き交う一般的な貴族には、分からずとも。少しでも頂上に片足でも両足でも突っ込んでいれば理解できるのだ。彼がそういう人間であることを。質問に質問はあまりいいものではない。それに加え相手の名を聞く時は自分の名から、などは礼儀であるかもしれない。しかしそれをわきまえる必要があるのは、時と場合も関連する。
「はい。僕はイトアと申します。あぁ、自己紹介は結構です。知っていますから。シルヴィア様とライト様」
通りゆく人たちをいないもののように、ロスのない動きでくぐり抜けてきた少年はこちらにゆっくりと近づき声をかける。その声色は穏やか以外の他にない。
「僕は、シルヴィア様とライト様。そしてそこのお付の2人に魔女様から伝言を承ってここに参ったのです」
腕を後ろに組んで、一礼した少年の髪が揺れる。風にふわりと浮かんだ青髪とそこから除く黄色の瞳。整った顔立ちは綺麗な美少年といえる。だが、彼はマナーを知らない常識が通用しない少年ではないようだ。
「それよりもライト様。僕はアナタと似た境遇に位置している人間です。是非、いろいろとお話したいのですが……」
しかし、イトアはその言葉を飲み込んだ。ライトの後方から向けられていた氷のような冷たい視線に気づいたからだった。
「なんです?シルヴィア様。僕が話したいのはライト様なのですが。あぁ、でもアナタとも後で話す必要があります」
「「シルヴィア様に対する侮辱、私たちが許さないのでそのおつもりで」」
シルヴィアを見て後方に下がるようにして軽くステップを踏んで離れたイトア。彼の表情には、いつまでも余裕が浮かんでいた。ソルとルナがシルヴィアの後方について、少年を睨む。
「そんな怖い顔をしないで。そこの2人は……そうだな。シルヴィア様の使い。あの時1度殺しのに未だ生き残っていることから、魔物でしょうか。どうでしょう?僕。都市の割に頭回るんですよ」
もう一度フフフと笑ったイトアはそこから、4人の前に立ち下から覗き込むようにしてギロりと冷たい視線を向けた。それは、表向きの殺意ではなく裏からの殺意で。
「伝言、ですよ。お二人共。この街の今の現状は当たり前ですが理解していることを前提にお話していきたいと思いますね」
冷たい言葉と共に、イトアの口調は機械的に口を動かした。
「ゲームをしましょう」
説明が始まる、そのゲーム内容とは。罠が張り巡らされた新たな2人の物語の始まりだった。




