【42】魔女らしく
「こんにちは、警備さん。今日は正面突破で抜けさせていただくわ。もうここに用はないから」
ライトが警備を相手にしている間にシルヴィアがそのまま扉に手をかける。だがその扉は重く動こうとはしなかった。
「面倒くさいものを取り付けてくれたわね。アレンも人が悪い。だけどそんなことをしたとしても、内側から壊していくから関係ないということよ」
ニヤリと笑みを浮かべて、新しく取り付けられていたセンサーを見たシルヴィアはそのまま躊躇いなく拳を運んで破壊する。
「よし」
シルヴィアの合図とともに2人は、中にあった魔女用の書類を引き抜いていく。シルヴィアは2冊、ライトは3冊。引き抜きダッシュしてその廊下を駆け抜けた。警告音が鳴り、早朝として静まっていた寮内も慌ただしさを増してゆく。
「これになんの意味がある?」
黒の太もも近くまでのワンピースを纏い、長い足を前に出しながら帽子を深く被った女にライトは走りながら問いかける。
「いい置き土産でしょう?」
その瞳にコンタクトはない。赤く深紅に染まりきったシルヴィアの瞳は赤黒さを垣間見せ、近くにいた魔女狩りたちを掻き立てる。
「あれって……」
「魔女、か?」
途切れ途切れの言葉を聞きながら通り過ぎていく廊下の音はやや懐かしさを覚えていた。約1ヶ月。旅の中では、それを記録するのならばほんの一瞬にしかならないだろう一部分。それでも、ライトは何故か面白かった。
「さて、どうしようかしら……」
目の前に待っていたのは、立ち並ぶ狩人たち。今まで自分たちの存在に気づきもしなかった人間たち。欺いていたわけではあるのだが、それに気がつかないということもまた見事な事だ。
「お前ら……魔女だったんだな」
そこには苦虫をかみ潰したように怖々とした面構えで立つ顔ぶれが揃っていた。その中の1人の顔に見覚えがあってライトはその男に話しかける。
「お前、あの時オレに無駄に吹っかけてきたやつか。随分と大層なことで。なんのためにそこに立っているんだ?」
無関心だったその男に、ライトは冷たく吐き捨てる。するとそれに対して憤慨するようにその男はもう一度名乗り出た。
「オーベン・グラギエル。この名を忘れるな、外道が。お前は、なんのためにここに立っているんだ?と言ったか?そんなものは決まってる。お前たちをここで取り押さえるためだよ」
鼻で笑ったオーベンは抜刀していく仲間たちに合わせて自分も剣を引き抜く。
「まだ早朝なのだけど、やけに朝には強いのね」
「慣れてるからなぁ。いつだって俺たちは万全の状態で臨まなければ勝てないから。そして、俺たちが悪に屈していては、この世界は成り立たない。それと。俺はあの時よりも良心を持たずに、軽侮することもない。なぜならお前が本物の敵の位置に立っているからだ。従って躊躇はない」
エゴを振りかざして、自分の正義心を周りに向けて必死にそこに自分を立たせいている状態。その目的が確立しない限り、人は何かを成すことに意味を持たない。
「オーベン、と言ったか。ならば、これ何かわかるか?」
自身が持っていた資料の束を上げて指さす。彼らにとっての敵にまつわる詳しい情報。協会側が絶対に手放してはいけないものをライトはそこに見せつけたのだった。
「無理なんだよ、所詮は。捕まえることは出来ない。俺たちにこんなものを盗まれている時点でお前らに勝ち目はないんだわ。それにガバガバの警備体制と、1度剣を交えた時に気がつく動体視力がなければ務まらない」
「お前らごときの道から外れた、いわば人間ではない奴らに何を言われたところで響きもしないわ」
そこまで言って、動かない表情筋を少しあげたライト。置き土産としてトオリやエイジの少しの手助けを。
「ライト、そろそろ」
シルヴィアが周囲に集まってきた組織の連中らに目を向けてライトに催促を施した。
「わかっている」
それに反応して、剣を抜くことなくライトは体制を整えてその男だけではなく隊列を組んで並んでいた正面に向けて言い放った。
「魔女についてもう1度情報集めから始めろ。それを俺たちが、必然的な物事にしているんだ。感謝してもらってもいいことだと俺は思っているがな」
そこまで言ってシルヴィアが後方に大きく跳んで方向転換をしたのが目に入る。ライトもシルヴィアの後に続き、彼らから離れようと地面を強く蹴り弾いた。
「何も知らないお前らがどんなに頑張って、前線に立ったところで理解不能なものに飲み込まれ。最終的にはひとつの換えの聞く駒として使われ死ぬ。そうオレは予想している」
呆然と聞いている彼らには、まだ何の話をしているのか伝わっていない状態だろう。でも今はそれでいい。
「だから、忠告をひとつしてやるよ。今後の責務において自分の正義を貫くやつがいるのであればそいつは目的の全貌を見据えてから行動を起こせ」
冗談抜きで、死の恐怖を彼らには感じて貰わなければならない。それがあのアレンという男が隠した秘密に繋がるのだ。
「ライト、君はそんなに情熱的な人物だったかしら。まぁいいけれど。お説教は自分がそういう立場になれてからにしなさいよね」
シルヴィアが屋根裏に降りたってそのまま振り返らずに駆け出していく。それについて行ってライトは顔色変えずに前を向いた。
「別に、お前が置き土産と言ったのだろう?それならオレの今のはエイジに対してのものだ」
だがライトの無表情の中の少しの満足そうな雰囲気にシルヴィアは、無言で笑いを堪えた。
「そうかしら……ねぇ」
しかし、シルヴィアが協会門扉を前にして地面に降りたってそのまま抜けようとすると待っていたのはあの男。
「アレンか」
ライトの一声にタバコを咥えたその男は背中に携えた大剣に手を伸ばす。
「よぉ、魔女。改めシルヴィア、ライト。昨日ぶりだが思っていたよりも早い段階で来たなぁ」
「切り替えの速さに驚きを隠せないんだが、アレン。お前本当にオレらを捕まえるつもりか?」
止めた足に、ライトは挑発を投げかける。だがこの程度のものが通用するものでもない。
「立場上、侵入者は排除だ。それも下のやつらがいたら尚更な」
後方にいたアレンの部下であろう隊員たちがこちらに鋭い眼光を突きつけていた。シルヴィアが髪を耳に掛けてそのまま前に手を出した。
「私たちの置き土産は、これよ?土産、とまではいかないかもしれないけれど君たちにとっては重要なものでしょう?」
2冊の止められた資料本を腰に提げて見せたシルヴィアは唇に指先を当てて薄く笑う。
「警告音はそれのせいか……というかあのセンサー壊したんだな。お前らやってくれるな」
アレンの顔も苦笑に揺らいでいて、シルヴィアもそれに対して相槌をうつ。
「いえいえ、それほどでも。それとそこ、退いてほしいのだけれど」
シルヴィアが笑うのをやめて、アレンたちの覇気も増す。だが、ここでライトは頼まれていた。シルヴィアに。
全てここまでを予想して、算段を立てて用意した。最後に少しの荒らしを付けて。
「魔女は……魔女らしく、よね?」
帽子に指を置いて、シルヴィアは深く被り直す。風で黒のワンピースの裾がなびいた。そして、ライトは指を鳴らす。
「エンターテイナーの気質があるのかねぇ」
そして、指を鳴らしたと同時に青く光が瞬いて彼らの瞳を晦ます。アレンが漏らした言葉は、まさにそれだ。
「クソっ」
魔女狩りの1人が悔しそうに音を漏らして、腕を前に上げる。光に反応できない両目は塞がり、彼らのその手は2人に届くことは無い。
「本当に、奇想天外なことをしてくれる」
光が収まり、目が慣れてきた時にはすでに彼らの姿はない。大剣を握ろうとしていた手はそのまま落ちて、タバコに添えられる。フゥと白い煙を吐いたアレンは、青い空を眺めてそのまま次にくる騒乱に備えるのだった。
「さぁてなんて統括に報告したらいいんだかなぁ。ま、いいか。巻き込まれるなよ」
◇◇◇
「成功しましたかねぇ、ヴィア。エイジはどう思いますか?」
ソワソワした様子で気になる素振りを見せていたトオリがエイジに話しかける。
「そんなに気になるんならアイツらと一緒にお見送りとして一撃食らわせに行けばよかったんじゃねぇの?ていうか、ライトは通常運転だとしてシルヴィアはなんであんなに追われるような形でここを出たかったんだろうな」
食堂で、話していた2人はそこにはいない彼らの向かう先を見た。
「なんかあるんですよ!絶対、ヴィアのことですから」
フンスと意気込んで話すトオリに呆れながら、オレンジジュースを飲んだエイジ。
「でもま、意味がないことをアイツらは好まないからな。ちゃんと何かあるんだろうけど、大騒がせだよな」
それでもエイジも笑っている。
「いいんですよ、ヴィアたちは!」
◇◇◇
「その書類を持ち出して逆に意味はあるのか、シルヴィア?別にあの時、燃やしてもよかったんじゃないか」
ライトは、駆けながらシルヴィアに問いかける。それに対してシルヴィアは資料本をめくりながらチラリと視線を出して答える。
「私たちにだって、これは有力な情報よ。ほら見覚えあるでしょう?重要危険人物の能力」
見せられたのは見知らぬ女。そして、補足にこう記載されて。
彼女の妖術に触れれば全てを断絶される。彼女の力は全てを切り裂き、触れればそこで原子をも両断する刃物である。彼女は生死問わずに捕縛することを最優先事項とし、出来るならば戦闘に発展することを避けろ。
「……」
何故かその、両断という言葉にひっかかりを感じてライトは黙り込む。閉じた本にシルヴィアは脳内に直接放たれた声に耳を傾けた。
『おはようございます、シルヴィア様』
『相当眠ってしまっていたようで申し訳ないです』
彼女らの声にシルヴィアは、にわかに微笑みを浮かべた。ライトに向けて告げるシルヴィア。
「次の依頼。言ってなかったわよね?」
足を止めたシルヴィアは表情を引き締め、厳しい口調で言い放った。ライトの腕を引いて手紙になっていた依頼を突きつける。
「次の依頼には私が見せたこの女と深く関わりがある。そして、君にとってはとてつもない心労と苦痛が襲うと思うわ。だから本当なら、君とは別行動にしたいのだけれど。場所が場所だから君を連れていくしかない」
だが、シルヴィアは闘志を燃やした。
「3年ぶりよ、ライト。君の故郷に1度、戻りましょうか」
彼女が示した次の行先、グルーラ国ビルゲイジ。ライトは血がドクンと脈打つのを感じた。彼女からそれを奪い取ってその依頼の紙に目を通す。
「どうして、この場所に依頼が来る?」
「あったのでしょう?何かが。そして君にもそれは覚えがある」
3ヶ月に1度、送られてくる手紙がある。それは自分の育った牢獄があった地からの一通の手紙だ。幼馴染とはまた違う。だが大切な仲間たちからの手紙が先月、届かなかった。
「私たちの時間に猶予はないのよ。この依頼を受け続けると決めた時から」
シルヴィアは人差し指をたてて、首を傾げて見せる。ライトは悠然と遠くを見た。
「早く行くぞ」
足取りは重い。だが、重くても速かった。その危機感を肌で感じたから。
彼女から手渡された依頼に胸騒ぎが感じたのは初めてだ。これが、嘘であってくれと願ってしまうのは必然的に。
シルヴィアは脳内の声に反応を返した。
「もしかすると、君たちにはもう一度死んでもらうことになるかもしれない」
1章完結しました!
2章に続きますよ(◦ˉ ˘ ˉ◦)
誤字とか、矛盾とかあると思うのでそこのところを修正してきます笑




