【3】意図と意思
依頼主はここ、イグルのロムリア郊外に位置する中央軍事施設及び、青軍事隊大機関。
青軍は治安維持のために構成された1つの部隊とも言われておりここら周辺の警備をする組織、という表現が1番しっくりと当てはまるだろう。
そこから送られてくる依頼を解決していたのが彼女、シルヴィアだった。そして彼女と共に旅を始めることを決意して今までその依頼の解決に自身も関わってきたものだ。が、魔女などという言葉が出ることもなかった上に彼女が笑みを零すことなどそうそうにない。だからか、驚いたことは見ての通りだ。
「魔女狩りの真実……?どういうことだよ?」
シルヴィアを見返すと、彼女が続きを読めと目で促してくる。目を落とした書類の説明はライト自身をも飲み込んでいくものだった。
【魔女狩り】
魔女とされた人間に対して裁判、処罰を下す執行人。魔女を殺してその平穏を保つ自主的な個後の意志によって確立された組織が『黒十字殺しの魔女狩り』と呼ばれるもの。そして、彼らもまた、魔女に対抗するために悪魔と対になる天使と契約を交わした超人である。
これが定義だ。魔女を追う組織と言ったところか。
「今回、行うべく依頼をここに記す。近日、魔女の大量虐殺が相次ぎ、流石のこちらもそれに目を伏せることが出来なくなった。しかし、それだけならまだよいものの。魔女の死体にはある不思議な点が共通することが判明した。その詳細とは、彼女らの瞳が揃ってくり抜かれている点だった。曰く、協会内にいる魔女狩りの中に瞳をコレクションとして集めている人間の有無を確認し見つけ次第即刻処罰を願う」
それを読み終えたライトはフゥと一息吐いて顔に手を当て姿勢を崩した。魔女狩りという存在を決して知らないわけではない。それも自分の隣に座る魔女に深く関係しているものなのだから尚更だ。
「なんで、魔女のお前に青軍はこれを送ってきた?」
すると、シルヴィアも目を細くして首を傾げた。
「さぁ?私もそれは理解に苦しむ。だけど、魔女に協会に潜入しろっていうのは少し厳しい話だと思うのも同感。というか、こういう依頼はここ最近無かったのに急にどうしたのかしらね」
指を口元に当て少し考える素振りをしたシルヴィアは何かを思い出したように少しだけ硬直した。
「世界の日常を、少しずつだけど非日常が飲み込んでいるのは事実。それを裏付けるように人々の中に混ざるその感情に変化を感じているのは君も同じでしょう?どちらにしろ、そういう不純な世界の中に起こる1つの狂気は刃となる。早いうちに打っておきたかったのかもしれないわね」
シルヴィアが、目の前を通り過ぎる人々をその瞳に映した。ライトは、その答えに意見を述べる。
「結局、人手不足と現在の状況がこういうことに結びついているというわけか」
もう一度、深くため息をついたライトは両手をポケットにつっこんだまま立ち上がった。彼女の正面に立ちゆっくりと声をかけるのだ。
「魔女の手でも借りたかったわけか……で、どうするんの?受けるんだろ?」
シルヴィアは帽子に手を当ててもう一度小さく頷く。その言葉は、短直でありながらも何か好奇心的なものも感じられるよう。
「勿論」
◇◇◇
「それで、この服ってわけかよ」
シルヴィアに持たされた荷物を見てライトは関係的な事柄を結びつけた。
「もし、潜入するには絶対にバレてはいけない。気付かれずに接触を試み標的を討つ。これこそ、私のやり方だから」
ニヤリと笑ったシルヴィアは、色々な店に手を伸ばしては回っている。さっきもやっただろ!とツッコミたい気持ちを抑えて、ライトは彼女の買い物に付き添った。どうやら普通の買い物を楽しんでいる様子でそれを見ていて気分を少しだけ微笑ましい光景だと思ってしまうのは口にしない。だが自分の中にも限界はあって、それを教えないと彼女は止まらない。だから、次の店に進もうとする彼女の肩をがしりと掴んで離すことをしなかった。
「お前金は?」
「次のその依頼の報酬が、思っていたよりも高額なものだったから。大丈夫!成功させればがっぽがっぽよ」
歯を見せて笑ったシルヴィアはその指で金を見せてくる。そんな彼女の言動に、頭痛を感じたライト。だがそれで引き下がるなどありえずにライトはもう一度、強気な姿勢で出ようとした。だが、そんな街も社会的には差別は無くならず、飢えに苦しむ者もまた現れるものだった。
「ひったくりよォ!!!」
甲高い貴婦人の悲鳴が街に響いて、反射的に2人は耳に手を当て塞いでいた。2人は同時に感じたのだろう。やかましい、と。
「いやぁぁぁあああ!低俗な下民に私の貴族の象徴である勲章を盗まれてしまったわァ」
そちらの方向に視線を向けるとなぜだか、その盗みを冒した少年はこちらに真っ直ぐに走ってくるのが見えた。彼も必死なのだろうと同情心をくすぐられる。だが、間違いは間違いだ。
「ねえ、ライト。彼は私たちに捕まえて欲しいとでも言っているのかしら」
「いや、そんなことないと思うぞ。必死なんだよ、みんな」
シルヴィアがその少年を正面から見据えてそのままライトに投げかけた質問。少年の様相からするに貧民そのものだと言えた。だが、そこで少年をそのまま逃すのもライトには出来なかった。
「現実は早めに知っておくのが最善、か。過酷なのものほどそれは人を成長させる。あくまで死なない程度だが」
真正面にいた2人に気づいて方向転換をし路地に入った少年。それを確認したライトは、素早い移動で彼の後方に回りこんだ。少年の腕をパシリと掴み捻って勲章を奪い取る。ライトが投げるのはいつも決まって同じこと。追いかけて捕まえるのは助けて教えを与えることでいつも等しくそれはあった。
「少年、どうした?その勲章。何に使う?」
少年は悔しそうにライトには嘆いた。それは自分のあの時の孤独と同等なもの。それはライト自身にも響いたことだった。
「オレには妹がいるんだ!だから金が必要なんだよッ!!少しならいいだろ、あんなに贅沢で苦のない生活を送っているんだから。オレたちだって救われてもいいはずだ!」
じたばたと暴れる少年にライトは黙り込んで言葉を探す。そして優しく目を閉じて、自分のひとつの金の袋を少年に渡すのだ。
「オレは優しいわけじゃない、それはこの行動が証明している。だがお前の、そこまでの誰かを想った行動に同情しなかったわけでもない。だからお前の少しの力になれればと思う。だってわかかる事だから、いつだって早く大人になりたいってな」
そう言ったライトは、腕を離して少年を自由にした。彼だって、こんなことをしたかったわけではないだろう。
「だけど禁止事項は踏まえた上で生きるべきだ。それは、生きる上で最低限のこの世界のルールだからな。そして成長したらお前も1人前に誰かを助ける力を持つんだよ」
ライトは少年の手に袋を握らせ、少年と目線を合わせるようにしゃがんだ。少年が小さく震えて目を潤ませていた。悔しさなどが込み上げてきているのか、彼の心情を知ることは出来ないけれど。
「じゃあ、な」
だから、別れの言葉を言って瞬間的に消えた背中に少年は、憧れるのだった。
そして青年もまた、誰かに助けられたからそういうことが言えるのかもしれない。