【35】立ち上がらせるもの
誰かに引っ張られた?
トオリの相手をしてこの様では、私も落ちたものだと実感して。眠りについたシルヴィアはそんな想いを残したのだった。
「間に合ってよかったな……こいつも馬鹿か」
シルヴィアの血の気が引いた青白い顔色を見てライトはそんなことを呟いた。血の抜きすぎなのだろうと推論を巡らしてライトは彼女の頬を触った。
「血液型A型の血か……B型のオレの血では無理があるな。こいつが目を覚ましたさえいれば、血液コントロールでその時だけ血液型を変換することも可能だったが。何をしているんだかな」
すると、避けられたナイフに自分の指を当ててすぅっと撫でたノストが口を開いて自嘲を浮かべた。
「あらあらあら、ヒーロー気取りのガキが出しゃばって来てしまったのですか。1度わたくしの天使を止めた程度でイキガッてんじゃないですわ。あぁ、ですが結果オーライですか。どんどんわたくしの獲物がここに集まってきているのですから、問題ないというわけですね」
ノストが広げた手から紫の槍が構築されていた。そこから黒が彼女を包み込んで。
「トオリ、シルヴィアがこうなったのはアイツのせいか?」
短絡的に今の状況整理のために問いかける。すると、曇らした表情にトオリは首を左右させた。
「違います、これは私が彼女に操られたせいで起こったことであり彼女はそれを傍観していたに過ぎない。私がヴィアをここまでにしました」
トオリが嘘をついているようには見えない。それを察知したライトはそれ以上追求せずに次にノストに話を持ちかける。
「お前がフードの女か……関係性を掻き乱すなんていい性格しているな、お前」
挑発気味につけた嫌味をノストは笑いでスルーする。
「そうですか?そこまでの悪い性格をしているとは自覚ないのですが……まぁいいです。そこの魔女の瞳からこの能力の持続時間を長くし、そこの悪魔から力の増幅を試みる。それでは、アナタには何をしてもらいましょうか」
ビクリと身体を強ばらせたトオリを横目で、ライトはノストを前に剣を引き抜く。
「トオリ、お前血液型は?」
「え!?A型ですけど……急になんですか?」
シルヴィアをトオリに受け渡してそのまま彼女に採血針を渡す。シルヴィアが万が一の時のために自分に持たせていた献血ができるようのものだ。本来ならば他人に、それをしてもらうことなど無いに等しいのだが今は急を要する。
「それにトオリなら大丈夫だろ」
呟いたと同時にそのまま立ち上がって庇うように姿勢を向ける。説明はそれからだ。
「トオリ、お前には今からシルヴィアの輸血用の血を採血してもらう。いわゆるお前に献血をしろというわけだ」
シルヴィアの血液量から考えるに今は、それが最善だと思考した上での判断だ。急な医療的事務へと移り変わった2人の間の空気感にトオリは戸惑いを覚える。
「でも……私は悪魔だから」
しかし、会話に集中させてくれないのも相手である。ノストが手を交差させて伸ばした先に紫の槍は構築され次々に放たれた。ライトが彼女らを守備するようにしてそれを全部弾き落とした。
「御託を述べている余裕はない。オレらが非現実的な力を持ち、超常を引き起こせるようになったのは神がその術をオレたちに与えたからだ。だが、戦う術を持ったとしても所詮それは誰かを助ける力ではない。人を外敵から守る力はあっても傷ついた誰かを癒して治すことなどオレたちには不可能なんだ」
そのままの状態で冷静に言葉を掛けたライトは、ノストとの間で前進する。急速に加速した青年の動きに彼女は些か動揺するもそれすらを見かねていたかのごとく天使は攻撃を降り注いだ。
「今、シルヴィアには血が足りていないんだ。吸血鬼のように誰かの血を吸うことも出来ないソイツは誰かから血液を入れてもらわない限りそのままいけば死ぬぞ」
死ぬの一言に跳ねた心臓がトオリの慌ただしかった脳内を沈める。今はそれしか出来ないのならば私がやるしかないのだと。そう意気込んで自分に採血針を刺す。
「私の血液には悪魔のおぞましい黒が混ざる。それでもいいのですか?」
「多分、シルヴィアの中にもその黒は存在する。なんの問題もないと思うぞ」
彼らの身に気をつけていたライトは、そこに神経を当てることを中止する。彼女らはもう大丈夫だと、目の前の相手に集中したのだ。
「どうせ死ぬのなら変わりませんよ?わたくしを止めることなどどうしたってアナタたちには不可能なのですから、その小さな足掻きも結局は無駄になるわけです」
笑みを消したノストの真っ白な肌が彼女の黒を際立たせた。告げた瞬間、放たれた刃にライトは宙で身を翻して躱しながら相手する。
「では行きましょうか!わたくしが最強へと行き着くまでの道になりなさい」
ノストの狂気を滲ませた声と共に彼女が走り出した天使も動き出した。
「『ディセンブル』」
一般的に妖術に詠唱は必要とされない。しかし、彼女は確かに唱えた。そして空間に突如として出現した全方位を閉める紫の剣にライトは一瞬だけ言葉を失う。
「下がれ」
後方にいた2人に指示し、自身の剣筋を睨む。今現状の力量で全てを落とすことはできるだろうか。それを考えてライトは瞳を閉じた。
やらなければ終われない。
それが最後に行き着く答えで、深くに眠る悪魔に語る。
お前の力を差し出せ、と。
瞬間ライトの世界は暗黒に落ちた。しかしながらその手に握る力は大きい。五感にひとつの視力が欠けたところで他を最大限に伸ばせばそれも補うことが可能だ。そして、悪魔との契約に従って差し出した対価はその瞳に魔法陣を刻んだ。
「これこそ、オレにとっては大したことではないんだよ」
ライトは剣を前に振り落とした。流れるようにして断続的に払い落として。見えないはずのノストに視線を向けた。
「お前の最強ってなんだよ」
その眼光に、その言葉に。ノストは息を吐いて冷静になったかと思いきや、逆上して口を開いた。今までにはないその言葉遣いをライトは攻撃を弾き返して打ち返し身体を反転させる。
「最強ですかぁ!?最強っていうのはですねぇ、相手に背を向けず、絶対的な能力を持っていて。誰かを見捨てたり、誰かが傷つけられた時に逃げない力を持っているような人間なんですよ。弱者ではなれない圧倒的な強さがそれには必要で。だから、最強が成り立つんですよ!!力を持ってさえすれば、なんだって自分の思うように上手くいくんですから!」
力を込めて打ち付けられていくその刃に、何故かライトは悲哀を感じた。しかし次々と迫り来る剣は弾き落とすことが最優先だ。斬撃を飛ばして風圧で吹っ飛ばし、そのまま転回して対応する。
「では、問おう。それがお前の答えなのかと。それならば他に犠牲があってもよいのかと」
最後の剣を落としたライトは殺気を込めて誰もが後込むような視線をノストという女に向けた。
「正当防衛だ、お前が先に手を出したんだからな」
「ッ……!」
ノストはそれに顔を引き攣らせた。歪んだ表情と共に漏れ出た恐怖の音。彼女の裏側が顕になった様子を見て取れるように。
青年は、右足を踏み込んだ。そして、剣を上に振り上げる。そして、力を込めた黒の剣が青に染まってそのまま一閃を引いた。真っ直ぐ全てを斬り裂き、断絶する。それは1点へと集中し、伸びていくのだった。
だが、その斬撃はノストとの間に突如として現れた天使によって打ち消された。ノストが咳き込みこちらを睨む。彼女事態の身体には、何かが既に蝕んでいるようだった。血を垂らしたその唇を乱雑に吹いたノストは告げる。
「まだ終われない」
その表情には、悲哀を残して。強く彼らの前に立った。




