【34】2人
私は、君に何をしてやれただろうか。未熟ながらも私はそこにいた誰かを助けたいと思ってしまう。その死んでしまいそうな虚ろな瞳に覗かれるだけで、私は生半可な気持ちで煮ることも焼くこともせずに未来を繋げてしまう。
それが本当に正しい道でないにしろ、そこで止まろうとし終わろうとする運命をねじ曲げてしまうのだ。
「思っていたよりも強力な力を持っているようでそんなの表に出していたら誰もが後込むってんのよ。君……それで私は弱いですなんていう言葉を口にしたら即刻、縛り上げるわよ」
冷や汗を額に滲ませたシルヴィアは姿勢を低くして間合いに入ったらいつでも斬るとでも言うようなトオリに会話を投げかける。だが、彼女も自身の血を相当なまでに使用していた。そして、それは色々なところに血痕を残して。
「360度全方位に視線を広げ、注意を設置し気を緩めない。さすがに私と一緒にいただけあるわね」
シルヴィアはそのまま自分の腕に赤の刃で切り傷を入れた。そこに躊躇など有さない。そこから零れ落ちるのは赤い鉄の匂いをようした液体。ボトボトと垂れ落ちてゆくそれに力を込めて黒髪の少女は宙に結晶を作りあげていく。彼女の深紅の瞳は赤く血の色を持ってして光り輝くのだった。
「でも違う。君は私をなんだと思っているのかしら?」
トオリが低く突っ込んでくる。重心を下に。前へ前へと押し進むかのように走り出したその足はシルヴィアの床に刺さらんとする結晶を弾き落として彼女に迫るのだった。トオリの斜めから振り落とされた短剣を滑らせそのままシルヴィアは自身の刃を叩きつける。だが、それもまた力任せに振り落とされてシルヴィアはそのままトオリの足蹴りで後方へと吹き飛ばされた。
「荒々しいものは、好まないのだけれど……ッ」
宙で反転した身体で足を壁に当てクッション代わりにもう一度反動をつける。そのまま飛び出したシルヴィアは上方から雨を降らせるかのごとく赤い細くとがった刃を下に向けた。そのままシルヴィアは自分の唇を噛んで眼を見開く。トオリの足元を固定すべく彼女自身の血液を硬化させようと神経をそこに集中させたのだった。
「ヴッ、ァ……ァ、……」
トオリが人知れずしてそこに音を漏らした。だが彼女の身体はそのまま自分で足の結晶化を抉りとる。
「なッ!!!」
驚愕を浮かべるのはシルヴィアの方となりそのまま地に足を付けたシルヴィアはよろめき膝を着く。血液量と疲労を考慮した場合、限界が近いことは目に見えていたのだった。
「ァ、ヴッ!!……」
トオリはそのまま自分の足の血液を滴らせながら上空から降り注がれた雨を相手には叩き落とす。それはまるで、本物の悪魔のように知り尽くしたような雰囲気だった。
「状況最悪。これはさすがに腹を括るべきかしら……」
そんな弱気な発言を発したシルヴィアは自分に自分で鞭を打って奮起しそのままトオリに冷たく言った。その指は宙を踊る。
「うん、……この言葉は私自身のことではない。君自身の身体の問題だから。私がそこまで気にする必要なんてないか。少しだけトオリの身体に傷が入ってしまうけれど仕方がない」
告げたシルヴィアはそのまま、空を掴んで手繰り寄せた。
引っ張ったように見えたのは極細の糸。糸が伝うのは零れていた血の刃で。括って胸元まで引っ張りあげた糸を伝わせ、シルヴィアはトオリに三本の鋭い結晶を仕向ける。
「避けてみなさいよ!予測不能な刃の道筋を」
結晶が霧散すれば消えたということを意味し、そのままその操ることは不可能となる。血液を操る妖術において、自分の手元から離れることも操れないひとつの欠点であった。しかし、予め硬化しておくことは可能なのでありそれは相手にはバレずに上手くカモフラージュを効かせることができる。
「それが意味することは、とても簡単。自身の近くで自らの血液を硬化する際、どうしても相手に今から攻撃しますという宣告をすることになってしまう。それは避けられないことだから。だけれど予め予期せぬ場所にその刃を置いておくことができるなら?」
引っ張りあげて、強く手繰り寄せれば予期せぬ方向から飛び出す刃へと変化させることができるのだ。
「グッ!!!」
しかし、その途中で揺らいだ視界は自分の最終通告だった。これ以上血を抜けば瀕死寸前の危険域まで達するという宣告。長期戦闘が私にとって苦手なのはこれのせいにほかならないのだ。
この力の欠点に、自身の血液には限度があり。相手の血液コントロールには普段の数十倍の疲労感を要するというものが存在する。実際に人は簡単に死ぬ。それが世界の定義であるからだ。人間は自身の体重の1割を超える出血をすると難なく息を引き取るらしい。しかしこの身体ではそれを2倍にし、尚且つ寸前のところまで意識を保つことが出来るようになる。だが、それまでなのだ。頑張ることは誰にだってできる。限界の線を自分で引いてしまうのは諦めた奴がやることだから。
糸に手繰り寄せられた刃たちは一斉に浮揚し宙に踊り出した。そして、彼女の指がそれらを引っ張り下げる時。全ての刃はトオリに襲いかかる。
「隙を許さない、工夫をこらす、それが勝者の道順だわ」
宙に舞った尖頭はトオリの顔前に迫った。一投目を弾いたトオリ。二投目をジャンプしてそのまま内から外に奮って落とす。そして三投目を真正面から叩き落とした。
「……ッ!」
しかし、落として目線を戻した先に相手となっていた彼女の姿が見当たらなかった。
ヴィア。
心の中でそう唱えた。身体の自由は効かなかったのにそう叫ばずにはいられなかった。
「!?」
スっと包まれた温もりにトオリは硬直し静止したのだ。鋭く殺気の帯びた眼光が動揺に緩む。常に保っていた近郊が崩壊していくように。回された手にトオリは何故か涙を伝わせた。
私はこんなに優しくない。
常にドライに生きていたはず。だけど、彼女を止めるにはこの方法しか考えられなかった。気づいていた。トオリが自分の存在意味に悩んでいたことを。その表情は、自分にとっても深く理解があることだったから。
シルヴィアが差し伸べてくれた手に私は必死にしがみついた。嫌われていた私は、人々に消えて欲しいと思われていることに変わらない。それは、存在を否定され常に怨みの視線を受けていたからよく分かるのだった。強い自分に対しての恐怖と憎悪。それだけで私は一人ぼっちだった。だから、母の存在が支えようとする私の1つ生きがいだったのだ。それも消えれば私の味方はなくなってしまう。そして、同郷の人間たちも自分の手で消してしまったのだから。そして彼女もまた、自分に本当は嫌悪感を抱いていたのではないかと。
「……トオリ。悩まさせてごめんなさい。私の感情表現が下手でごめんなさい。私が手を差し伸べたから強くなろうとしてしまった。だからこんな危険にわざわざ踏み込んで、命を危機に晒してしまった。だからその責任を取りたい」
シルヴィアの腕に流れ落ちる雫が落ちた。トオリの瞳が通常に戻り、彼女の世界の色が戻る。
「せ、きにんなんて……何を言っているんですか?」
彼女の見たことのないその弱々しい姿にトオリはシルヴィアを引き剥がした。
「君をこんなにしてごめんなさい」
「私は、感謝しかないですから!」
そこにシルヴィアは驚きを見せた。目を見開いて彼女の姿を確認する。普段通りのトオリに戻った彼女の表情は必死だったのだ。
「やめてください。私の恩人であり、大好きなアナタを悪く言うのは!」
トオリが必死にその言葉を否定した。正常を取り戻したトオリは落ちていたリボンを拾ってシルヴィアに見せる。
「ヴィア。謝るのはこちらです。いつも迷惑かけてしまってすみません。だから嫌い……に、ならな、いで」
今の今までの事を考えるとトオリは嗚咽を漏らして込み上げてくるものを抑えながら叫んだ。
「そ、……ぅ……」
だがシルヴィアは、もう立つことすら無理が過ぎていた。血を流しすぎて視界が暗転する。しかし、彼女の耳に届いたのはトオリの声ともう1つ。
「ヴィア!!!」
「感動パートをありがとうございますわ。さすがなシルヴィアさんもアナタの相手で手一杯でしたのね。ですが、わたくしにとってはとても好都合でした。傷を癒す時間とアナタたちの力を奪う準備の時間を用意することが出来ましたので」
ナイフを持った狂気のノストが2人の間に割って入りシルヴィアの方に向けた。背筋の凍るような瞬間の奇襲にトオリが手を出しても間に合わない。
「トオリ」
だが、低い声が彼女を後方に跳び退かせることを許した。トオリはそのまま後ろに転回して距離をとる。
そして、倒れそうになったシルヴィアにナイフは届かない。一瞬にして、彼女らとの距離が開いた。シルヴィアを抱きとめてそのまま後退したライトは堕天使を持った女を睨んだ。
「シルヴィアが手こずるなんてなぁ」
ぐったりとした彼女をお姫様抱っこしたままのストを見据えたのはライトだった。




