【30】仲間
建物内の廊下は人通りが少なく、そこには2人だけしかいないように凛と静かに彼らは対峙していた。
「なんで、オレはお前と戦わなきゃならねぇんだかな」
「それは、俺が魔女狩りを狩る者であり魔女の敵である者を排除する責務を持った人間だからだ。そしてお前はオレの味方にもなり敵にもなる要注意人物。従って今ここで倒れておいてもらわないと後での仕事に支障をきたすんだよ」
淡々と彼らしくいつも通りに、ニコリと笑ってエイジはそこに言葉を並べた。だが、彼を知っている者ならそれが偽りではることも見抜くことが可能だった。
「シルヴィアに……お前と1度話せと言われた。そして、オレもそれは必要だと思っている。お前は心変わりが早すぎる」
それに、と言葉を濁したライトはエイジの揺れる髪を見つめて悲しそうに言った。
「エイジはそんな悪役になれるほど心を消していない。お前は、どうしたって善人なんだよ」
「俺の何を知っているんだ?」
だが、その言葉が彼に届くことはなかった。それがエイジを救うものとはならなかったのだ。その青年は、自分に課せられた使命に縛られてしまっていたのだから。
「俺の国は、皆優しいやつが揃っている。だけどそれは魔女と称されたジャンヌ・ダルクによる平穏があったからこそ物語っている結果なわけだ。だから昔から魔女は尊いものだと教わってきたし、本当に会ってみれば彼らはとてもでは無いが悪ではなかった。それはシルヴィアやお前も含めてな」
ならばどうしてここに無駄な争いは起きるのだろうか。彼と自分は仲間の位置に値するのに。オレはまだ、エイジに対して信じきれていなかった点もあったと思う。だが、それとこれとは何かが違う。
「だから、魔女狩りは不必要な存在ってことで。俺がそれを消すんだよ。そして、それ事態も仕事として俺に課せられた責務だ」
そう言ったエイジは、腕に持っていた無反動砲を肩に乗せてライトに放った。ライトは手に握った結晶石をクルクルと握り直してそこに障壁を築き上げる。結界を張って他からの干渉を妨げなければならない。
「責務とかそういうことに縛られてお前は自分のやりたいことを見つけていないんだよ、エイジ。自分の本当の意味に気づいていないんだわ」
そう言ったライトは細く鋭い剣先を持つ剣を腰の鞘から抜き取り、流れるようにして目の前に構えた。片手でそれを握って腰を落として臨戦態勢を整える。
「やる気になってくれたのか?本当はずっと隠してお前らと一緒にいるつもりだった。だが、察しの良いお前らは直ぐに見破ってきたがな」
無反動砲を持って走り出していたエイジにライトは、踏み込みを効かせ1歩前に跳びでる。低い体勢で突進してきたエイジは何発も放ってライトに対しての行動範囲を狭めていく。
「お前、勝つ気あるのか?」
唐突な疑問だ。無反動砲はリスクが高いが攻撃力が強いことが特徴の銃であるが、それは遠距離特化である。近距離で戦うのならば少々分が悪い選択なのだ。
「あるよ。ちゃんとな」
エイジがトリガー引く指に力がこもった。真正面からの連続射撃。しかし、銃弾としての速さは劣っていた。だからかライトにとって彼の懐に潜入することは容易いことであった。そのまま腹部に持ち手の方で突き上げる。心が痛かったのは彼に対しての武力行使に多少なりとも心が揺れたからだろう。
「ゥッ……なぁんてなッ!」
エイジはそのまま後方に転回すると同時に無反動砲を崩して拳銃に切り替える。
「全員さっきの無反動砲で殺したのか?」
「そうだ、と言ったらどうする?一瞬にしてドカンだもんな」
表情を黒に染めたエイジの苦しそうな言葉の数々は見るに堪えない光景そのものだった。ライトは目を伏せて彼のその信念こそ叩き切ることを決意する。
「お前は残虐ではない。本当に非道だったら、俺なんかと手を組まないだろう、馬鹿が」
ライトはエイジの銃口を見定めてそのまま彼の銃身をずらす。剣を滑らかに流して、インパクト時に力を込めて。打撃として打たれたその剣に、エイジはすかさず銃弾で掠める。ギリギリの境界線上で交わる剣と銃弾。それは一筋の光となって砕け散るのだった。同年代の似た境遇の友である。そんな相手の行動など一番に予測出来るだろう。そして予測と予測が交錯し、相手の行動範囲を見てゆく頭脳戦に発展すれば、それこそ目には見えない戦闘へと加速する。
「幻滅したか?俺の本心はこちら側であり、俺の本来の目的は魔女狩りの撲滅。だからわざわざ内部に潜入し、こうして1つずつ潰していってるということだわ。結局、俺はこういう人間で自分の目的にしか興味がないんだよ」
それならどうして、根拠となるように。俺たちに見つかるようにわざわざ死体に印象漬けを施し、推測できるような証拠を残していったんだよ。その言葉はライトの口からはするりと抜け落ちることは無かった。それを言ったら今まで彼が積み重ねてきた何かが壊れてしまうようで、出来なかったのだ。だからライトは異なる言葉を口にした。今度は糾弾ではなく、真相を明らかにしていけるように誘導する意図的な言葉を。
「じゃあ、お前が俺たちに接してきたのは全てが偽りだったというのか?少なくともオレには、お前の普段は素だったと思うがな。お前が魔女を崇拝していることは理解した。だがそれにしては、シルヴィアを善と決めつけるのには早すぎだ。シルヴィアよりも俺との時間の方が確実に多いお前にとって、彼女を信じきることなどその少ない時間では不可能なはずだ。誰しも、相手を信じきって真っ直ぐに捉えることなど難しいことだ。だからまだオレがお前を理解しきれていなかったように、お前もまだオレたちが本当に善人の魔女であることは理解していない。それでも自分がここに入れる保証のない危機感の中で協力をした。それ事態が、まず可笑しいんだよ」
つっかえることなく、熱くまくし立てるように言うのではなく。ただ単調に。冷静に言葉を繋げていくライト。そこに喪失感を浮かばせたエイジの表情を見てライトはゆっくりと1歩前進した。
「あれが素であった事もあながち間違いじゃないわ。だけど、それはお前らを敵対視していなかったからなだけだ。その時は話が別で、気づかれさえしなければ俺はお前らと行動を共にしているつもりだったわけ。だってお前らが俺の前に立ち塞がってくることなどありえないと思っていたからな」
エイジも拳銃を両手に構えてライトに真剣に眼差しを向けた。発砲音と同時に静から動へと全てが移り変わる。走り出すタイミングはほぼ同時に。絡まり合う攻防に2人は一瞬も気を緩めなかった。
「仲間は……一生作らない、そう考えていた」
唐突に剣を突き出したライトが紡いで、エイジはぴくりと身体を反応させた。だがそこで銃撃が止むことはない。
「だが、お前はオレの中にいつもズカズカと入り込んできてオレが釘を刺す前にそれを阻止してくる。回り道をも超えてエイジという男は、オレを引っ張りあげた。お前とのどうでもいい日常がオレを変えたんだわ」
こういう時だからこそ、普段よりも正直になれる。恥じらいは表情には出さない。
「オレは、お前に仲間って言われたこと嬉しかったんだけどな」
切なそうに弱々しく笑いを浮かべてライトは、エイジが動揺した隙に拳銃を払い落とした。剣はそのままエイジの腿に傷を入れた。鮮血を床に払い落としてそのままライトはエイジに背を向けたまま続けた。
「だが殺しはなしだ、エイジ。魔女を尊敬し魔女狩りを撲滅したいのであれば差別を無くせるように魔女が善であることを証明すればいい。狩人を殺して消していくのではなく、根拠を1つずつ増やしていけばいいんだよ。馬鹿らしいそんなものに縛られて運命とか言って逃げて生きていくのは勿体ない」
エイジは膝を落としてライトに返答を述べた。自分の意志とどれか本当の自分なのかを示すために。
「俺は……」
そう言ったエイジの指には力がこもった。震えた拳銃はそのままライトに向かっていったのだった。
「もう戻れないし、戻る気もない。魔女が殺されるのは可笑しい事だ。それなら、狩る方を消せばいいって話だろ!」
だが、勢いよく振り向いた先にライトの姿はなかった。それどころか、無人の廊下が広がっており目線を左右に揺らした。
「あぁ、それがお前の優しさだ」
ライトはエイジの背後に立って、彼の耳元に口を近づけた。立ちながらも姿勢を合わせてライトは緊迫した空気感を和らげるようにして。
「お前は魔女に優しいだけだ。その優しさを全体に向けさえすればいいだけだよ。殺しなんて……お互いに深く傷を残すだけだ。だから、やめろ」
諭すわけではなかった。これは、生死と隣り合になったことがある自分と今の彼が似ていたからだ。同族嫌悪か知らないが怒りが勝るのは正直なところだ。
「それでもやめないならば、オレは殺しを阻止するためにお前の脚を切断する。オレは同情をしない。本気だ」
剣先はエイジに向けたままで、ライトは心を虚無に達させた。能力的にはライトが1枚上手なことは実感させられる。
「答えを」
静寂に包まれた場所で、エイジは拳銃を下ろした。それが彼の答えだったから。しかしエイジという青年の求めるものは魔女が差別されない世界と共に、魔女狩りが手を汚してまで魔女を追わないようになる世界だ。
「大丈夫だ、オレたちの意見は初めから一致している。お前の考えも充分に分かっている」
敵対すべきは誰かを傷つけようとする誰かだから。ライトは遠くに視線を向けた。
「ごめんな、ライト。俺は誰かを殺すとき心を殺して最後に立ち会うことが出来なかった。だから報いることができるかな……」
彼の抱えていた心に寄り添えてライトは少しだけ、表情を和らげた。確かな本心に触れたことでライトもエイジの悩みを考えることが出来た。
「あぁ、大丈夫だわ」
そこで付け足して。
「それに魔女狩りの誰もが魔女を嫌っているわけではないだろう?」
今はその言葉だけで充分だった。それ以上は伝えない。それが今の2人の間にとって一番の選択であるのだ。




