【29】天才と一般人
閃光煌めく雷光の如く。それに対するは、漆黒に沈む一対の刺刀。それぞれは混ざり合いながら、世界を構築していくのだった。
「ッ!!?」
身体にピリリと走った電流のような何かに顔を顰めたアレンは痙攣を起こきた指先をその目に映して苦く表情を引き締めた。彼女の薬は本物で、そろそろリミットが狭まっていることを意味しているということか。踏み込んだ体勢で下から上へと滑らされた剣筋にノストは、後方にステップを踏んで目を閉じた。
「前へ」
堕天使が祈る手を合わせて、アレンに紫の鉄槌を下す。何本もの研ぎ澄まされた槍が一斉にして床に突き刺さってアレンを翻弄した。華麗に躱したアレンの太刀筋はそのまま女へと繋げられ飛びゆく。
「身体、大丈夫ですか?」
左手で床に着手して先の衝撃を吸収して体勢を立て直したアレンはその言葉を聞いて勢いよくもう一度踏み込んだ。
「余計な心配はしなくていいんじゃないか?逆に俺は、自分の身を気にするべきだと思うがな」
そのまま天に振りかざされた大剣はそのままノストの脳天にまっしぐら。と思いきや、グラりと揺らいで割って入るは堕天使だった。
「あくまで天使は最初、白しか召喚できません。これが世界の定理です。ではどうやって黒に染め上げ堕天使を作り出すか」
黒天使は、深く突き進みアレンの大剣に紫の刃をぶつけてくる。1度弾かれ浮き上がりそうになる身体を、地面に足を着くことで抑えてそのまま刃を振り落とす。
「何度でも。何度でも。それは1つの研究成果を産んだのです。悪魔を研究しそこに残された1つの成分を抽出、そこから幾度となく天使と見合うものを探して見つけたのがこれでした」
腰から抜かれた1本の小瓶をふるふると降って中の黒いドロっとした液体が揺れる。
「上官様は知っていますか?際限なく能力の行使に必要不可欠な瞳の存在を」
アレンはそのまま壁を伝って一気に距離を縮める。だが、それも黒天使に邪魔をされては進みゆく足も止まらざるおえない。
「これがそうなんですよ」
黒髪を揺らしてその小瓶をうっとりと見つめたノストはそのまま堕天に指示をした。
「彼はもう時期動けなくなる。では、そのまま前進しそこから弓を放ちなさい」
冷たい凛とした言葉と共に天使は動いてアレンに近づいた。
「ふぅん、そういうこと。そのために魔女を殺していたとでも?だが、それにしたって、無惨にも無慈悲にもやりすぎだ。殺す、というのは少々俺には分かり兼ねることだからなぁ。魔女狩りの概念も、秩序も乱れているってわけだ。ってことで、そこのとこを治していかねぇといけないってことね」
アレンは大剣を前に伸ばして目を瞑った。浮かび上がるは1列の文字式。だが、それはアレンを覆うようにしてグルグルと展開されていく。
「我が名はアレン・トーマス・グリバード。天使に告ぐ。力を持って力を伏せよ」
アレンの纏う赤が増幅し彼の周囲の空気感が変わった。遅くても、大剣は鋭い空気をも味方にするかのように。そして、アレンは女を見た。
「放て!」
前に手を伸ばしたノストの声とともに紫の弓矢は禍々しい光を持ってしてアレンに襲いかかった。強く尖って真っ直ぐに。
「あぁ、部下の過ちはしっかりと上司が正さないとな。ノスト」
直後、紫の弓矢はアレンの眼前で霧散した。それは一種の物理的法則を無視した何かがそこで起こったように。そして当のアレンは、無傷でそこに佇んでいた。
「なッ……」
言葉を漏らしたノストは今の実際の目の前に起こった出来事を脳内でスロー再生する。
今、彼は剣を一振しただけだった。そう捉えることしか出来なかったというのもまた事実なのだが。そうではない。そうではなくて、アレンは二振でそれを回避した。その弓矢の紫の弧光を払い除けたのが第1の剣撃。触れることも無く風圧で電光を消し去った弓矢は単なる勢いを持った弓矢と変化する。それでも勢いは強力なままの弓矢なのだが。しかし、アレンは第2の剣撃でそれを防いだのだ。弓矢の先端をなぞるようにして当てそこから滑らして弾き飛ばす。その衝撃は弓矢の数倍も強く霧散させて消すほどに。
「これが天使の力だ。どんな力だってなぁ、極めればどれだけでも可能性は広がるんだよ。それを、この俺直々に教わるとはありがたいと思えよ」
身体はダルかった、動けないと悲鳴を上げていた。既に薬は全身に行き届いていたからだ。速効且つ強い作用のよく出来た薬だとアレンは苦渋を呑み込んで苦笑いを浮かべた。少しの気の緩みだけで身体はそのまま倒れるだろう。
だが、仕事は果たす。それが俺自身の意味だから。
一瞬にして2人の距離は縮まった。それは時を無下にしたように。それは空間を削ったように。アレンは一気に先攻を有して前へと勝利を掴み取りにかかった。
「クソッ!」
ノストは1歩後方に仰け反って横から腕を持ってくる。天使が突如として割って入るも眼中にも入らない。アレンにとって今はただの障害物にしか過ぎないからだ。
「邪魔だ」
一筋の光とともに切り裂かれた天使の刃がガラスが崩れていくようにボロボロになってこぼれ落ちて行く。
「終わりだよ、ノスト。研究はよくやった。だが、方向は間違っている。心機一転これからもよろしく!」
そのまま言葉を残したアレンの斬撃は、ノストに食い込み彼女を抉った。黒の天使を崇拝していたのかという程に信じてやまなかった彼女の本心は不明だったが力を求めてここまで来てしまったということは理解出来た。それを理解出来るからこそアレンにとって彼女を殺すという結論には到達しなかったのだ。
「正義と悪は、本当に対極にあるようでとても近くにあるか……押し付けるのは間違いであり、誰かが正義であるならば誰かが悪であることを忘れるな、か」
昔、言われた言葉を思い出してアレンは俯いて大剣を背中の鞘に元通りに刺しこんだ。その言葉が自分の道のりを作ってくれるようで彼にとっては大切にしたいことなのだろう。だが、どうやら身体の悲鳴は現実になるらしい。ノストの倒れた姿を確認してアレンは床に膝を着いた。
「こちらも、もうダメか……」
全身に電流を走らせたように痛覚を刺激し痙攣を起こしていた。無理もないか。薬をそのまま入れられて多少の強引さで今まで耐えてきたのだから。倦怠感と眠気が彼の身体を覆ってアレンは意識を保っていることが難しくなった。
「少しだけ……」
仰向けで倒れたアレンは顔に腕を乗せてそのまま意識を遠のかせた。今回の自分の仕事は終わったのだと少しの安堵もそれと一緒に。
◇◇◇
「……殺られましたねぇ。さすが幹部であり、化け物です。あの薬が無ければわたくし死んでいたかもですよね」
ムクリと起き上がったノストは、手で床を押して自分の身体を立ち上がらせた。
「さて、アナタもまだバテていないですよね?堕天使さん」
自身の残っていた手の方に黒い炎を出して確認したノストは満足そうに1人頷いて倒れているアレンを見下した。
「アナタは本当に強い。天才型の超人だ。ですから知っておいて欲しいのですよ。どんな超人でも思いのままになる。そして、一般人だって超人に勝てるということを」
辺りを見回して自分のもう片方の腕を探す。落ちた無惨な片腕を見つけてノストはそれを拾い上げるのだった。
「こんな所で終わりません。彼女、どうなっているのでしょうか。壊れていたらとても楽に奪えるのですが……あぁ本物の魔女もおびき寄せられて一石二鳥ですかね。私は、まだまだこれからなのですよ」
自身の腕を自分の血なまぐさい切断面に置いて祈る。すると黒い光を纏って腕はくっつき戻るのだった。そして、ノストは普段通りに戻った身体でアレンをそこに置いて、1人地下室から抜け出るのだった。
「アナタはここで休んでいてください」




