【19】調査の本質
翌朝、まだ太陽が顔を出し始めた程度の朝と夜の境目の時間。静寂の組織に佇むふたつの影はライトとエイジ。そして、シルヴィアとトオリ。不思議と長く感じる廊下はしんとそこに位置しているからだろうか。
「用意周到。君も少しはできるようになったようで感心したわ」
静かにシルヴィアが感心の意をライトに投げかけるので彼は反射的に顔を背けていた。いやいやいやいや、いや?なぜか彼女と顔を合わせることが難しい。理由不明の不確かな現象に首を傾げつつ昨晩のエイジの言葉を思い出してしまうのがライト。それに気づいたエイジは、なにやらははんと分かりきったような顔つきをして。
「あいつも、やっぱり思春期男子か」
という納得を心の中で呟いていた。そんな男子陣2人の様子を1歩後ろで冷ややかに見つめているのはトオリで、そんな苦悩を微塵も感じないシルヴィアはそのままスタスタと突き進んでいくのだった。
「既に私たちの行動は怪しまれている。面倒くさいことにこのの監視は少し優秀なようで警戒態勢が引かれてしまったかしら……」
唐突に紡がれたシルヴィアの一言に、3人の表情も個人個人で考えていたものを潜めて真剣な顔つきへと変化する。監視室はこの先を曲がり、突き抜けて真っ直ぐ。資料室は、横の階段を上に上って少し行った先の一角にあるのだ。4人は頷いて2つに別れる。
「では、始めようか。誰もしくじることなく何事もなかったようにきっかり1時間後にここに戻どってくることがベストかしらね」
「ああ」
「了解です」
「オッケー」
それぞれが思い思いに返事を返して瞬間、エイジとトオリが消えたように見えた。
「よし、願いものね」
「お前も策略家だよな」
満足気に頷くシルヴィアと呆れを含んだ視線を向けるライト。消えた彼らは、監視が追えない速さで先にある監視室に入ることが見つからない条件として。監視たちの一瞬の気の緩みを使用して、灯台もと暗しのように近くにいることを悟らせないように行動するのだ。ライトが心内で感じていたのは、彼女ほど完璧にものをこなそうとするものは居ないだろうという陰ながらの尊敬の意だった。
現在、2人はなぜか疾走中。その意味を理解した上で組織を走っているのは面白いことなのかもしれないが。
「ヴィアも考えますよ。監視の瞬きの一瞬に消えれば行動を追うことが出来ない、なんて。在り来りなものなのに彼女が言うとやけに信憑性が高まりますね」
それに頷くエイジも苦笑いを浮かべていた。
「彼女は、色々なことを視野に入れて動いていて俺たちからしたら尊敬せざるおえない人だな」
3人から、想いを寄せられるシルヴィア本人はそれに気づくことは無いのだが。昨日のことを思い出したトオリは、違う意味で苦笑した。それを見たエイジがはてなを浮かべて冷ややかな視線を向ける。
「なに?」
「それはあとで」
唇に指を当てたトオリは、胸から1つのガラス瓶を取り出す。エイジも事前に用意されたそれを手に取り、目の前に来た扉を静かに開けてガラス瓶の蓋を同時に開いた。監視がこちらに気づいたときは既に遅く、煙はまわり理性を保とうとする意識も正常に動作しなくなる。本能的な眠りに逆らえずにいる彼らを見て2人は揃って笑みを浮かべた。
「ここからなんだけどね……」
監視室内に足を踏み入れたエイジとトオリは、静かに扉を閉めるようにして中に入っていく。足音を殺して、眠りについている5人の監視の隣に立つのだった。誰にも知られず動作に狂いが生じるのは、こうして考えるととても簡単なように感じるものだがここからの仕事に少将が難があることもまた現実。これから、動かぬその脳内に入り込んで、今の一部始終の記憶改竄を行っていく必要があるのだった。全ては、敵に気づかれることなく彼らが任務を果たせるように。濁りった緑の結晶石を手に取り直に頭に触れることで、その妖術を発動する。長い長い思考回路を辿っていき今の時間まで遡るのだ。打ち合わせ通りに同じ記憶を貼り付けていく作業。それは、彼らの神経をもすり減らす確かに繊細な動作なのだった。
◇◇◇
「じゃあ、私たちも行くわよ」
彼らが消えた廊下を確認しシルヴィアは、階段の方に姿勢を向けた。残って記憶処理を行う彼らの大変さを理解しているからこそライトもすぐに着いていく。階段を登っていく2人は誰にも会うこともなく着々と目的地に近づいていく。それもまだ太陽が浮かばない早朝なのだから、皆が眠りについているのも当然なのである。だからこそ、足音と息を潜めて歩いていく。普段とは変わらない彼らの行動も意識内で音を出さなくなるのだ。
「監視ははずれても、警備は緩まない。それに関してはどうするつもりだ?」
ライトの投げかけた質問にシルヴィアは、大して表情も声色も変えずに答えた。
「そんなのもう仕方ないから正面突破よ。姿を見られずに倒しとけば問題ないでしょう?」
自分のこととなると少し大雑把になるのも彼女特有の性格なのかもしれないが。それに付き合わされる自分ももう慣れを感じていた。曲がった先に警備が2人立つ資料室の前。シルヴィアとライトは、全てを殺して存在を断って歩いていく。彼らは目の前にいるのに存在を感知することなく倒れるのだ。シルヴィアとライトが片方ずつ、地面に横から蹴り落として彼らの頭をめり込ませた。
「ねぇ、私たちの音を殺せたとしても地面に叩きつけた音は消すことが出来ないのよ?単調にそんな強い行動ダメだから」
と、言いながらもシルヴィアの下にも地面に倒れた警備がいてライトは苦笑いを浮かべた。お前もだろ?というツッコミは避けてその資料室の内部に入った。
「誰かが入って通知を起こすシステムとかはないのか?」
「だから、はい。念の為に持っときなさい」
そうして、渡されたのが青の妖術を留めた結晶石。これは?というように視線を向けるとシルヴィアは扉に手を当てて静かに答えた。
「それは、一切の探知を遮断する。強制的なシャットダウンのシステムよ」
扉を開いたその先は、数々のファイルを並べる棚に何かが厳重に保管されていそうな金庫。そして、机に並べられた資料の山が映りこんだ。
「さっさと済ませるわよ」
手袋を付けたシルヴィアにライトもまた手袋をはめて扉を閉める。刑事でなくとも証拠を残さずにだから当然のことだった。
2人は、至る所のファイルに目を通して怪しい人物を徹底的にあぶりだしていく。この組織内にいる狩人たちの情報も全て記されていてそれぞれは鮮明に書き綴られていた。次々に目を通していく中で情報量に目を晦ます勢いで2人は探していった。最近の事件や事故について。奇妙な行動の記録や不可解な記され方に彼らは共通点を導き出していく。
「なぁ、」
ライトがシルヴィアに声をかけていくつかの資料を提示する。それは、組織内に所属していた者が記されている紙の横に付いた赤い印だった。
「普通のものには付けられていないのに、いくつかのものにはつけられているんだが……」
それを見せられたシルヴィアは、自分が持っていた魔女の資料もライトに見せた。彼女が持っていた資料も、共通してその印が付けられていた。
「これが付けられている魔女たちは、この依頼の説明をした時に私が話したあの殺された者たちなんだけど」
その意味が示すものは、死者の印だ。探していくと他にもどんどん出てくる死者印。
「で、ここに死日が記載されているみたいだけど。魔女の方は連日に。狩人の方は規則的に次々と殺されている。どういうことなのかしら」
驚愕がたちこむ中でシルヴィアが目を細めて考えている様子を横目にライトは次に魔女狩りの方の資料に目を通していった。幹部の下の直属の部下。そして、俺たちという順序で並べられているようなそれらに引っ掛かりを覚えたライトは、その1件のファイルを抜き取った。
「ノスト・ヘズ・リグラス」
名前を口にし彼女の資料を読み進めていく。出身地不明にして、20歳の時に加入された研究員。天使との契約に苦労して、5年の月日と共に身体と合わすことに成功する。現在は自身の研究所で研究に没頭しながら狙う魔女を落とすことなく百発百中で捉える優秀な魔女狩り要因である。
ここの文章に異変は感じられない。しかしながらも何か違和感を感じたライトは記憶の底にそれを記録していく。彼女関連で現れてきたのが2人の男と1人の女。4人編成で組まれた彼女らは高い実績を得ていると記されていた。
ライトは、そこで考えることを止めて異なる資料に目をつけていく。
「シルヴィア、ここで考えるのは後にしろ。今は情報を記憶する方に専念した方が効率がいい」
その言葉にハッとしたシルヴィアは、小さく謝って資料に没頭していった。2人はまたも静かに情報を叩き込んでいった。数分が経過してライトは、エイジとトオリの資料も発見した。
「アイツらも一応は、ここの一員だからか」
緩まった表情に優しい言葉でライトは彼らのものにも目を通していった。トオリ・ブルース・リバイア。出生不明の貧民街出身。シルヴィアの情報通りの内容がそこには記載されていて、彼女の能力は強化の部類に含まれているらしい。そこで一区切りつけたライトは、今度はエイジの方を見てみる。興味本位で眺めてもそれは結構面白いものだった。エイジ・グラディエル・ロイダー。フランスオルレアン出身の16歳。自身の志望の元合格しなかなかの優秀な成績を残している、と記されていた。
「アイツらも一応はなかなかの凄腕なのか」
笑いをこぼしてパタンと閉じたライトは、不意に気づいた外の様子に目を細めて五感の先の視覚に目を映した。シルヴィアも気づいたらしく扉を眺めて冷たい視線を向けていた。
「どうやら、もう遅いようだな」
ライトがかけたその一言と同時に扉は開かれて1人の人物がその資料室に入ってきた。
「なんでお前らがここにいるんだよ」
頭を抱えて困惑した表情の彼は、はぁと大きくため息を吐いたのだった。




