【17】組織内での1件
一通りの事項を終えて、解散になったのは日が沈み外が暗くなる頃だった。契約の儀が不要となった彼らには既に、取り決めなども存在はしない。しかし実際、プロという名のその狩人たちの組織に入れば嫌でも意識を上げられるものである。
きっちり絞られたライトは、自分のベッドに横たわってその疲労からの休息をとった。組織内もなかなか広くて案内されただけでもまだ覚えきれていないことが山積みなのだった。立ち入り禁止がどこだとか、食堂や寮がどこだとか。そういうものを、見て回ったところでライトはそれぞらの位置を覚えようとはしないのだが。その理由は簡単で、このニュアンスは適切である。彼らがいるのも期限つきのものであって当然のことなのだから。横たわった景色からは、ただの2段ベッドの天井しか見えないのだがそれだけでぼぅっと瞳を閉じた。
「疲れた……」
その一言だけで十分。暗転した世界は、眠るときでさえも悪夢を呼び起こすものだ。眠りに堕ちるとまたそれは変わるのだが、やはり暗闇を恐れてしまうことも長く付きまとってきたのだった。だが、それはもう大丈夫だ。彼らがいたから。
ふぅと息を吐いたライトは、そのまま意識が遠のくことを感じた。長い日もこうして目を閉じればすぐに終わるもの。そうして、これまでを過ごしてきたのだから。シルヴィアにもエイジにも、トオリにもいろいろ心配をかけたかもしれない。そんなことを考えながらウトウトしていると彼は夢を見た。選択の夢である。そうして、自身に問いかけ始めるのだ。
第1に、今自分はなんのために動いているのか。
答えはすぐそこにある、簡単なものだ。仲間と共にその灯りを消さないために。仲間の命と自分の命を天秤にかけそれを無駄にしない志を持つためだ。
第2に、シルヴィアと行動している理由。
答えは無意識的なものだ。ゴールの見えない道を辿るのではなく、自分が目指すものへの最短ルートを進むための光であった。ただそれだけだ。彼女の存在を問われても確かになんなのかわかり兼ねる。
第3に、魔女と自分の関わりについて。お前の中の悪魔は正しいのか。
答えは必然的なものだ。運命のようにその時の最善を尽くした結果がこれになっただけの話。
目を開いた、ライトは一気に思考を戻して身体を起こした。行き過ぎた思考を通常運転に加速させてゆっくりと同じサイクルに戻す。
「1人で考えるのも馬鹿らしいか。こんな、うじうじいつまで続けるんだがな……オレ自身でさえ嫌いになりそうだ」
呟いたライトは、何か悩んだあと立ち上がって伸びをした。馬鹿らしさとその矛盾に嫌気がさしたのだ。そして、感覚の中にあったひとつの敵の視線に目を向けた。今までずっと向けられていたその適意の視線とりわけ、すぐ分かるものだから。
窓枠に、投げられたひとつの小石。可愛らしい悪戯心ではない異様な雰囲気を纏った異なるもの。ここは、二階であるからまず小石を飛ばすのも思考してやられたものでしかない。
「まぁいいか」
嫌な目を向けられることには慣れていたし、それに対して動揺するものではない。それに乱心していたこの状況で少し笑みを浮かべていたライトの心境は面倒くさい、ではなく相手をしてやろうであった。窓を開けてそのまま下に着地したライトは、ポケットに手を突っ込んだまま辺りを見回した。そして、感覚を広げるその前にライトはその相手から声をかけられた。
「君が、ライトくん?」
青年は青年だ。しかし、その表情は曇を持ってこちらに対して負の感情が渦巻いていることを認知できた。何かしたか?と日々の出来事を思い返してみるものの思い当たるものはなくライトは唸った。
「初めまして。俺はオーベン・グラギエル。グラギエル家の長男であり、1人の弟の兄である」
顰めた顔は、好意的な自己紹介とは到底思えないものだった。ライトも一応は、名前と小石の件について尋ねてみようと考え口を開こうとした。だが、それは故意に止められた。
「俺の弟が、今回の試験に参加していたんだ。アレンさんの試験は普段よりも合格率が下がるもの。しかし、俺の弟は優秀でありそのままいけば合格していたはずなんだよ。なのにその本来の力を発揮出来ずに落ちた。それは、何故か分かるか?」
静かに言っていても彼の言葉に憤慨は見られた。次に続けられる言葉もハッキリと予想はできて、ライトは頭をかいた。
「オレのせい、とでも言いたいわけか?」
ただの傲慢で身勝手なその態度はライトを呆れさせていた。相手をしてやろうとしていたものの動機があまりにも身勝手すぎて呆れていたのだ。すると、男は少し渋い顔をした後に剣を抜いてこちらに対して鋭く振り切ってきた。
「そうだ。お前のせいで俺の弟は、落選した。そして、その辛さもその痛みも俺は弟と共にし分かちあった。夢は弟とのタッグだったんだよ!それでもそれはまたも遠ざかったんだ」
今にも地団駄を踏みそうな勢いの青年にライトは首を傾げる。手っ取り早く何をしたいのか話して欲しかった。
「それでだ。俺はお前に模擬戦を持ちかけたい。俺と勝負して、負けた方がここを出ていけ」
なんと大袈裟な。とライトはぶっ飛んだ思考を理解しかねた。つまりは、弟の屈辱を俺が晴らして加えてその弟の仇に退場して欲しいと言いたいわけだ。ライトは、一瞬黙って考えた。
「……」
「怖気付いているのか?強者を前にすれば当たり前のことか」
自分の力に相当な自信があるようでその青年は堂々とした様子で挑戦的に言い放った。
「あぁ、いいぞ」
怖気付いたのは違うし、ずっと話を聞いていたのも案外身体はなまるものだ。そう思ったライトは、退場よりもそちらの方でそれを承諾していた。
「では、どちらかが倒れればそこで終了。死に至る殺傷や障害を残すものはなしとし、能力の使用をありにする」
提案された事柄に頷き、ライトは素手の状態で腰を下げて構えをとった。
「では、始め!!」
◇◇◇
その頃、エイジはアレンとの話を終えて食堂に向かっていた。トオリ、シルヴィア、ライトともそこで待ち合わせをしていたためだった。しかし、様子がおかしいことはすぐ分かるし空気感の違いについても瞬時に認知した。
「何かあったのか……」
足早に進んでいき、エイジは逆方向に向かう他の人間たちに違和感を覚えた。そうして、食堂に入るとそこにはシルヴィアとトオリしの2人しかいなかった。シルヴィアは、コーヒーを飲んで。トオリはガッツリと夕ご飯を食べて何やら話していた。
「やっほ、何かあったんか?」
気になっていたことに関してエイジは、2人に内容の真理を聞いてみる。するとトオリが呆れたようにスプーンを止めて、エイジに答えた。
「なんか今日やってきた新入隊員とオーベンが揉めて今から模擬戦をするんだと。そして、新入隊員はこことあともう1人しかいない」
隣を見てもう1人空を見た後に、トオリは止めていたスプーンをもう1度動かし始めた。エイジは、それを聞いては?と返してしまった。
「まず、どんな理由があってそんなことになるんだよ……ていうかライトもライトだな」
そう言って呆れと焦りを共有したように忙しなく話したエイジは優雅にコーヒーを飲むシルヴィアに答えを求めた。すると、彼女がカチャリとコーヒーを置いて立ち上がった。
「さぁ。なんだったかしらね。噂話だしよく分からないわ」
そんな簡易的な答えを返して食堂から夕ご飯を持ってもう1度席に腰を下ろした。一緒に見に行こうと考えていたエイジからするとズッコケものだ。
「優雅だな、シルヴィアさん。どうしたらそうなれるんかね」
呆れと嫌味をこめて発したその言葉にシルヴィアは表情変えずにスプーンをとった。
「いい?私は自分の目的には興味がある。けれどもその目的の障害となることでなければ勝手にやってて構わないのよ。結局は、ただ一時の揉め事に過ぎない。どこで誰がどうしてようとも私には関係の無いことだわ」
冷たいとか冷めているとかそんな感じの彼女にエイジは、ため息をついた。
「勝手にオーベンから仕掛けたことらしいわ。どうにもこうにも、弟がヴィアたちと同一の試験に来ていたらしくて落ちたことの逆恨みをしているらしいんですよ」
そう言ったトオリもシルヴィア同様に黙々と食べ進めていった。そんな2人をエイジは唖然と見た後に無理やり立たせた。
「行くぞ」
「どこに?」
不満を浮かべる2人の少女にエイジは、罪悪感を感じない。ただ彼女らの背中を押して自分たちもライトの方に足を向けるのだった。
「まだ残っているのだけど」
そんな呟きを残して3人は食堂を出るのだった。
◇◇◇
オーベンは、剣を縦に切り落とした。素早くはなくとも力いっぱい振り下げられたのだ。それだけでも勢いはつき力は増す。だが、ライトはそれを軽く避けた。自信ありげに言っていた割にはとてもではないがお世辞も言えないほど型が安定していない。何か、似合っていないような力を持ったように感じていたのだ。
「そんな余裕で居られることも今のうちだ」
しかし、剣を振る方も余裕そうに笑みを崩そうとしないのは策略があるからか。周囲に観衆が集まってきてライトは、面持ちを下げた。
「面倒くさい」
ポツリと発してライトは、一気に地面を蹴って高く跳ね上がった。剣を受け流して遊ぶのもそろそろ終わり時だ。さっさと蹴りをつけようとそのままの姿勢で一気に上から叩こうと脚を振り下げた。ライトの脚はそのままオーベンの脳天に直撃するかと思われた。しかし、オーベンはその一瞬の間にくるりと身を捩り方向無視の斬撃を落とした。馬鹿だなとライトは、呆れた。しかし、オーベンは高笑いした。
「馬鹿はどちらだ、弟はもっと強い!!」
ブラコンにしては度が過ぎているようで。しかし、ライトにそのありはしない風圧が横から入った。感覚的に捉えたライトは、腕を縦にし防御を施すも衝撃の全吸収は難しくそのまま横に吹っ飛ぶ。
「チッ……」
舌打ちをかまして、ライトは観衆の目の前で止めて見せた。しかしオーベンはどうやらお構い無しだ。そのままの斬撃がライトを襲う。後方にいる観衆を考えたライトは、下に転がる剣を蹴りあげた。手に握ったライトは上から下に一閃。勢いよく振り下げた。
「ヤバい、さすがに」
呟いた言葉通りに結果は起こる。衝撃は衝撃で破壊しようと考えたライトの斬撃は、誰もが考えていたよりもずっと強いものだった。誰もが固まりオーベンも固まった。ギリギリのところでオーベンの目の前で止んだ斬撃。しかし、彼の腰を抜かすにはひとつの大きな武器となりライトは頭を抱えた。振り下げた剣は既に壊れていたからだ。
静まったその空間にライトは、3人を見つけた。しかし、空気の読まないシルヴィアはそのままライトの襟をがしりと掴んでその場を去っていった。4人が消えたその空気には、驚きと虚無感しか残らずに戦いをふっかけたオーベンでさえ、冷や汗を垂らして崩れていた。
「あれはなんか違う」
ライトたちの存在がハッキリと示されたこの現状は彼らの心に何かを残していったのだった。




