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第4話 ご令嬢は反乱を鎮圧する(後編)




「――中央は魔法兵の支援をもっと集中! 前線は急がず遅滞行動を! 慌てると潰走いたしますわよ!」


 戦争は本で見た、歴史に学んだ、学園でも教育を受けた。


 しかし、やはり本物は全くの別物だった。


「左翼、馬人族(ケンタウロス)部隊の突撃予兆有りましてよ! ドラゴンを全騎投入! 航空支援をなさい!」


 白色竜の背に乗り俯瞰で見ても尚、目まぐるしく状況は流れ、全てを掌握するなど不可能だった。


「これは、思ったより……」


 元より練度も低く数にも劣る軍勢での衝突、無理があったのだろう。


 しかしながら――


「どうにか、なりそうですわね……」


 中央に殺到した大鬼族(オーガ)蜥人族(リザードマン)は、後方魔法部隊の火力支援で止め得た。

 それ故ほぼ潰走に等しいが、曲がりなりにも遅滞戦闘は形になっている。


 左翼も虎の子の敵騎兵を、突撃発起地点に殺到したドラゴンによって潰せそうに見えた。

 これで航空優勢の下に、右翼、左翼共に押し上げることが出来れば、薄い包囲は可能となるだろう。


「――ドラゴン全騎は、そのまま敵後方を回りこむように、右翼へ展開してくださいまし!」


 自陣後方を空飛ぶ(対抗不能な)脅威に晒された敵戦列の動揺が見て取れる。


 この時代の戦争――つまり平面での戦いに、ドラゴンによる空からの戦況把握、航空支援、陸上部隊の諸兵科相互支援、そして通信。


 これらを持ち込み勝てない道理が無い。


 令嬢はそう自身を奮い立たせることにより、胃の奥から込み上げる酸味と、足の震えを抑え込む。


「宜しいですわ! 包囲を形成なさい!」


 自ら武器を振るった訳ではない。


 だが、自ら手を下した。

 自己の目的のため、人命を数と見なした。


 それだけは忘れまい、と号令を下す。


「そのまま、後方部隊は敵中央へ集中砲火よ!」





----





 開戦より半日にして、反乱軍はその数を半数以下に減らすより前に降伏した。


「クッ……殺セ……!」


 目の前には、がんじがらめとなりながら叫ぶ豚人族(オーク)の族長。


「その台詞……普通、言う側が逆なのでは無くって?」


 縛られた豚人族の妙な叫びに、令嬢は溜息を吐く。


 断じて豚人族側から聞きたい言葉では無かった。


「我ラハ、貴様ノヨウナ小娘ニ従ワヌ! 魔王サマニ忠ヲ誓ッタ! 不服ナラバ、殺セ!」


 豚人族族長の主張に、令嬢は率直に意外だと感じた。

 忠義に厚い豚人族など、想像もしていなかったのである。


 てっきり姫騎士等を襲うだけの存在だとばかり思っていたのだ。


「一応……確認なのですけれども、他の皆様も同様のご意見で反乱を起こされたのかしら?」

「――無論」


 令嬢の疑問に真っ先に応じたのは、巌の如き表情を浮かべた、如何にも武人然とした馬人族の族長だった。


「我ら一同、殿に忠義を誓う身。昨今現れた怪しげな小娘の言など、到底受け入れられぬと集ったまでよ」

「拙者らも同様にござる」


 馬人族の言葉に同意を示すのは、蜥人族の族長だ。


 蜥の表情は狼に比べても更に分かりづらいが、その傷だらけの顔から実直さを感じ取ることが出来た。


「魔王殿が就任なさってから、飢えも減り、戦も減った。拙者らは殿に感謝しているでござる」

「お前たち……」


 彼らの言葉に、魔王は目を潤ませながら感動していた。

 今にも抱き合いながら和解しそうな雰囲気すらある。

 青春ドラマ的な意味で、感動的な光景ではある。


 だが、登場人物は豚と馬と蜥蜴と悪魔である。

 少々奇妙な光景にしか見えない。


「そちらの貴方も同じですの?」


 令嬢は視線を反らすように、長髪の大鬼族に目を向ける。


「いんや、俺っちは戦えるって言われたから来ただけだ」 


 なるほど、と令嬢は頷く。


 想定していた通り――いや、それ以上の脳筋は、どうも大鬼族だけだったようだ。


 それにしたところで、排除対象たり得るのかというと微妙なところであった。


「いえ……全員同じですわね」


 令嬢はあまりの馬鹿らしさに、気が抜けそうになると共に怒りが込み上げてきた。


 避けられる戦いだった。

 避けるべき戦いだった。


 だが、自身が避けなかった戦いだ。


 殺さずに済んだかもしれないのに、とは言うまい。

 行動を起こすと決めた時、覚悟は決めていたのだから。

 目的のために手段を選ばないと。


「一つ……いえ、二つほど申し上げても宜しいかしら?」

「何ダ?」

「一つ、これで私の改革の意義は伝わったかしら? 劣勢の私達が勝利したのですから、お分かりでしょうけども」

「――理解シテイル。故ニ、コノ首ヲ差シ出シテイル」


 豚人族族長の言葉に大鬼族族長以外は、全員神妙な顔――一部表情が分からない者も居るが――で、素直に頷く。


「残る一つは何であろうか?」


 馬人族族長の言葉に、令嬢はため息を吐きながら応じる。


「反乱を起こす前に、言葉をお使いなさいまし。この度の戦いは避け得たはずですわ……」

「オオ! 何ト!」

「なるほど……そのような手が!」

「拙者、目から鱗でござるよ! ……蜥蜴だけに」


 脳筋共の反応に、令嬢は心底嘆息する。


 こうして対話に繋がった以上、無益だったとは言うまい。

 軍事改革の意義――自身の有効性――が伝わったことで、目標も一つは達成できた。

 もっと上手いやりかたも有ったかもしれないが、急ぐ必要があるのだ。


 そう考えれば、これは十分に成功である。


 そうとでも思わなければ、この戦いで死んだ――自身が殺した者が浮かばれまい。


「宰相殿――後のことはお任せしても宜しいかしら?」

「はい、お任せください。魔王様のご意向もございますので、軽い厳罰といたします」


 令嬢は、軽い厳罰とは何だ、などと無粋なことは言わなかった。


 獣人宰相が令嬢の企てを黙認していることは察しがついている。

 あくまでも有益であるから受け入れているのだ。


 反乱者を罰しないことも、今回の場合はそのほうが有益だからに違いない。


「――宜しいですわ。事後、お任せいたします」


 そして何より、彼女に何かを言う気力は残ってはいなかった。

 覚悟を決めていたとはいえ、さしもの令嬢とて精根尽きかけている。


「承知いたしました」


 獣人宰相に全てを任せ、令嬢はその場を後にする。


 そんな令嬢の……思った以上に小さな背中を見て、魔王は――


「宰相よ。俺もこの場を離れるが、問題ないな?」

「無論でございます。魔王様」

「では、後は任せる」


 令嬢の背を追い、遠ざかる魔王。




 こうして令嬢の初めての戦争は終わり、この後永きに渡って続く彼女達の闘いの日々は始まった。




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