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第34話 決戦前夜(最弱魔族転生 〜エピローグ〜)



 これは極論だが、物語における魔王軍とは、その恐ろしげな名前に反して実に受け身な存在だ。

 真面目に侵略するつもりが無いのか、もしくはやる気が無いと思えるほどに。


 勿論、そうならざるを得ない事情はある。

 巨悪を討つ勇者の物語こそが王道であるがゆえ、そう描かれることが多くなるのは致し方ないのだ。


 ただ一人の英雄を倒すために、凶悪な集団が全力で襲いかかってしまえば、それは文字通りお話にならないのである。



 そんなお伽話の事情との因果関係は分からないが、現実において――その進軍は、史上初となる魔王軍による大侵攻となった。


 少なくともこの周回において――いや、この世界で何度と無く繰り返された歴史においてすら、その光景は初めてのものである。


 魔王軍――連合国軍は、その侵攻ルート上に存在する人間や亜人の国々、その全てを()()()()()進軍した。


 一気呵成に襲いかかる小鬼族(ゴブリン)軍を退け、その都度失った戦力を救った国々と合流することで補い、進めば進むほどにその数を増やしていく。


 実態としては、ゴトフリード王国第二王子の外交手腕や、令嬢の強引な調整能力、小鬼族という共通の敵の存在、その他諸々の要因が重なった偶然の結果ではあるが、その通常では有り得ない光景はまるで……






----






 進軍開始より一ヶ月後。

 耳長族(エルフ)領域との境界線付近。


「――小鬼族軍主力の最後尾とは、本日中にでも接敵する予定でございまする」

「戦況全般は如何ですの?」

「空軍の偵察によれば、耳長族は未だ健在の様子でござる」

「よくもまぁ、三〇〇万もの大軍を相手に半月も持ちこたえたものじゃな。魔法科学じゃったか? 大したもんじゃの」

「たかが一万程度の数を持ちこたえさせられる程のものなのか?」

「何ぞ、ワシら(ドラゴン)のブレスみたいなのが、大筒からバカスカ吐き出されているようじゃの。小鬼族共も取り付くまでに大損害が出ているようじゃ」

「流石に近寄れなければ、何も出来ないということか」

「遠距離からの攻撃は有効なようだな」


 接敵直前の最後の指揮官会合において、多種多様な面子――魔族、人間、亜人と呼ばれる多彩な人類種が顔を突き合わせている。


 その半数は連合国から付き従う魔族達だが、残る半分は道中の国々で合流した義勇軍とでもいう者達である。

 小鬼族という共通の敵を倒すため、救われた恩に報いるため、復讐のため――各々の真の思惑は窺い知れぬが、今は間違いなく味方として集った者達であった。


 その実態がいかに敗残兵の寄せ集めの烏合であろうと、小鬼族を除いた数多の種族が集まる軍勢は、人類種連合と呼んで差し支えない代物となっている。


 好意的に表現すれば、熱気あふれる会合となっていた。



「――とはいえ、昨日遂に……小鬼族軍は耳長族の里の城壁に取り付きましたわ」


 騒がしさをかき消すように、令嬢はひときわ大きな声で注意をひく。


「あとは、お分かりですわね?」

「懐に入られてしまっては、ジリ貧じゃの」

「左様です。わたくし達に余分な時間は残されていません」


 令嬢は内心でため息を吐きながら、一同を見渡す。


 先ほどまでの会話を聞くだけで分かるが、あくまでも烏合は烏合でしかないのが実情だった。

 指揮官会合の場においてすら、統制がとれているとは言い難い状態なのだ。


 正直にいえば、人数が増えてしまったことによって、誰が何を喋ってるか分からない場面すらある。

 このような状況で、連携のとれた作戦行動が行なえると思えるほど、令嬢は楽観主義ではなかった。


「対する我々も増えたとはいえ、三〇万弱程度……未だに戦力比は十倍以上ありますわ」

「背後からの奇襲で挟撃の形に持ち込んでも、ちと厳しいかの」


 控えめな表現ではあるが、地母龍は暗にこのままでは勝てないことを指摘していた。


 耳長族と連携が可能であれば、時間をかけて敵が自滅するのを待つ手もある。

 敵の兵站は事前の想定通り、無きに等しい代物であり、自前の物資が尽きれば自滅するのは目に見えているのだ。


 しかし、兵站が貧弱なのは何も敵だけの話ではない。

 耳長族は既に全周を小鬼族に囲まれ補給の見込みはなく、連合軍も出撃を急いだ弊害により兵站線は非常に貧弱だった。

 半ば侵攻路上の他国に補給を頼っている面すらあり、彼らが寝返りでもすれば軍は瓦解するだろう。


 そして何より、急激に膨れ上がった烏合の衆で、時間をかけた戦いを仕掛ける気にはなれなかった。


「となれば……選択肢は一つだけですわ」


 令嬢の物言いに、魔王が何かに勘付いたように笑みを浮かべる。


「俺の出番か」

「えぇ……その通りですわ。自身の至らなさを思い知る限りですが……」




 その後、軍全般方針として二日間限定ではあるものの、小鬼族軍に対する全力攻勢が発せられることとなった。


 十倍にも及ぶ敵軍――その全軍の注意をひくことを目的として。





----





「本当に、ごめんなさい……」


 魔王――と、その護衛の龍族十騎――の出撃直前、令嬢は誰にも見せることのない表情で、滅多にしないことをしていた。


「何を謝る……いや、()()に謝られるのは、これで二度目か……」


 かつて魔王城から単身出撃しようとした場面を、魔王は思い出す。

 そういえば、あの時もこんな表情――今にも泣き出しそうな、歳相応の顔をしていたな、と。


 普段であれば平然と無茶ぶりをするくせに、どういう状況だとこうなるのだろうか。魔王は素朴な疑問を抱いた。


「謝る必要は何も無いだろう? やるべきことを、やれる者が果たすだけの話だ。それに前も言ったと思うが、これは俺がやると決めたことだ」

「いいえ……本当は、わたくしが行なうべきことですわ」

「それはまた、随分と……」


 極論だな、という台詞は最後まで続かなかった。

 令嬢の目があまりにも真剣だったからだ。


「――なるほど。理解したぞ」

「何を、ですの?」

「お前は少し、真面目過ぎだ。何でも自分で背負おうとするんじゃない」


 魔王は、責任感が強い人間にありがちな思考パターンだなと把握した。


 特に優秀な人間が陥りやすい罠でもある。

 他人のことを根本的には信用できず、何でも自分でやろうとしてしまう――やるべきだ、と考えてしまう一種の強迫観念だ。


 そこまでの真面目さも優秀さも持ち合わせていない魔王は、今――やっとこの局面になって、令嬢の根っこにあるものを認識した。


 それは何てことはない……極々普通の、ありふれたものだった。


 普段の破天荒な言動からすれば、拍子抜けするほどに普通の話だ。


 魔王は思わず苦笑してしまう。

 まぁ、そんなものだよな、と。


 別に特別な理由など無くとも、人は弱さを見せる時もある。


 極々当たり前の話だ。




「令嬢よ……人ひとりが出来ることは大したものじゃない。やれることと、やれないことがそれぞれ有るんだ」

「何ですの……? それくらいは――」


 分かっているという言葉を、魔王は最後まで言わせなかった。


 頭だけで分かっていることに意味は無いと、物理的にその言葉を遮ったのだ。



 ――チョップによって。



「痛っ! 何をしますの!?」

「令嬢よ、お前は案外バカだろう?」

「な、な……何を!」


 突然の蛮行に、令嬢は殊勝な態度もどこかに消え去り、顔を真っ赤にする。


「お前には、やるべきことがある。俺にもやるべきことがある。それだけだろう? 何に責任を感じる必要があるんだ。少なくとも俺は嫌々いく訳じゃない」

「けど、これはわたくしに責任が……痛ッ!」


 魔王はMPを2消費しながら、デコピンを放つ。


「何の責任だ? 戦争か? そんなものは百年以上続いているんだぞ?」

「わたくしが色々と余計なことをしなければ、こんなことには……!」

「お前、地母龍(ババァ)の話を聞いていなかったのか? 何をどうしたって、こうなったに決まっているだろ」


 当人達は知る由もない話だが、仮に令嬢が対人間用の魔族連合改革プランを実行していなかった場合、なすすべもなく既に滅びているはずだった。


 それを阻止し、まがりなりにも対抗できた点において令嬢の功績は小さくはない。


 少なくとも、この何度も繰り返されてきた歴史の中で、『ゴトフリード王国先王の弟の孫娘』という配役を与えられた者の中で――世界を救おうと足掻く運命を持った者の中においては、最もその目的に近付いていることだけは間違いないのだ。


「令嬢よ……俺が行く。お前は残れ。やるべきことだとかはどうでも良い……危ないことは俺に任せろ」

「けど、わたくしは――」


 魔王――()()ヴェルト・シュナイダーは――細切れになった魂の欠片を継いだ一人の男は、凡庸な精神性を持った魔王という配役の男は、既に覚えてすらいない後悔を超える。


 それは、かつて大昔に居た凡庸な男の後悔だ。

 止めるべき場面で、愛する女を一人で死地に向かわせた後悔だ。


 削ぎ落とした欠片を受け継いだ成れの果ての――もはや細分化し過ぎて、記憶の一片すら残っていない残滓(ざんし)のような片割れは……遂に、彼女を止めることが出来た。



「…………」

「……」



 やや強引に――しかも、ムードの欠片も無い状態で押し付けた唇が、無言のまま離れる。


「何というか……スマン」

「――このタイミングで謝るのは最低ですわよ」

「いや、そういう意味じゃなくてだな……もう少し、格好良くしたかったな、とだな……」

「あぁ……なるほど」


 そっぽを向くように、頬を掻きながら魔王は顔をそらす。


 なぜだか、令嬢の顔をまっすぐ見ることが出来なかった。


 理由は自分でよく分かっている。


「次は、もう少しマシなのをするから、今は許してくれ」

「それは、せめてわたくしの顔を見ながら言ってほしいものですわ」


 呆れるような……それでいてどこか楽しげな表情を浮かべた令嬢は、顔を真っ赤にした魔王をからかうように笑った。


 次の機会を――未来が訪れることを願いつつ。





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