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第33話 ご令嬢は信じられるもの



「――つまり、この世界は数百年から数千年でループしていると?」

「ループと表現するには、ちと違うような気がするのじゃが……まぁ、そんな感じかの」


 地母龍の目線から語られた昔話は、推測混じりのどこか不完全なものだった。

 その内容にしても殆どがこの世界の歴史であり、哀れな男の話は極一部――オマケ程度でしかない。


 とはいえ、それは無理もない話である。

 地母龍が知る彼とは一周目のそれであり、その後を知らないのだから。


 だが、そうだとしても……話の結論は変わらなかった。


 誰も見ていなくとも――覚えていなくとも、悲劇の事実は消えない。


 そして、繰り返すたびに小鬼族は明らかに変質していた。

 そこに何か一つの目的があるとは理解していなかったが、そうであろうと認識してしまえば導き出される答えは一つだ。


 あの哀れな男は――どこまでも凡庸な魔王は、復讐を望んでいるのであろう、と。


 その想定と実態に如何なる不整合があろうと、結論だけは正しかった。


「――時間が巻き戻るのではなく、あくまでももう一度始めからやり直している、と認識すれば良いのだな? つまりはリセットか?」

「うむ……まだそっちのが近いかの? 魔王(ひよっこ)のくせに、理解が早いのぉ」

「くせに、は余計だ」


 魔王は『つよくてニューゲーム』で別ルートを攻略するようなものだな、と比較的容易に話を理解した。

 実際には強くは無いうえにニューゲームでも無いため、その認識は間違いなのだが、プレイ時間が加算され続けている点だけはあながち間違いとも言い切れない。


 似たような例えをするならば、一度発展させた文明を地震で破壊し、再度作り直すに近いだろう。

 実際の世界でそれを行なわれると、神の御業というよりは悪魔の所業にしか思えないが。


「条件を満たすとどうなるかは分かったが、何か防ぐ手立ては無いのか?」


 極々常識的な発想で、魔王は当たり前の疑問を抱く。

 真っ当な思考回路を持っていれば、誰であれそう考えるだろう。


 故に、真っ当ではない想像力を発揮した者がそれを否定する。


「恐らく有りませんわ……いえ、正確には有るかもしれませんが、誰にも分からないでしょうね」

「どういうことだ?」

「今まで条件を満たさなかったことが無いのよ、この世界は。そうでなければ、今のこの状況は有り得ませんもの」

「その通りじゃろうな。少なくともワシが知る限りでは、リセットされなかったことが無い」


 なるほど、と魔王は頷く。

 仮に正解が存在しようと誰も経験したことがない以上、それに回答できる者は居ない。


「リセットの条件にしても、耳長族(エルフ)長老の推測だけが根拠では、信じきる訳にもいきませんわね」

「ワシらの経験と照らし合わせて、そこまでハズレているとは思わんがな。狼の、何ぞ意見はあるかの?」

「同感とだけ答えましょう。それに耳長族長老とは多少の面識がありますが、如何に狂っていようとも信用できない訳ではありません」

「ええ……確かに、そうですわね」


 地母龍と獣人宰相の言葉に、令嬢は至極簡単に頷く。


「これは勘ですけれど、彼に騙そうという意図は無いと思いますわ」


 信じきることが出来ないのは、根拠が示されていないのは勿論だが、ここまでくると信用問題に集約する。

 積み重ねた関係性。最早それだけの話である。


「情報が正しいとは限らない以上、この事象は棚上げするしかありません。今は小鬼族王(ゴブリンキング)の狙いを(はば)むことが優先ですわね」


 あくまでも現実主義的であろうとする令嬢は、全ての問題を受け止めきれないと素直に認めた。

 だからこそ、事態への対処にだけ集中することに決める。


「敵の狙いは世界樹の破壊であり、それを達成されると生物のリセットどころか、この世界は真に破滅し得ると考えて宜しいのですわね?」

「恐らく……と、言わざるを得んが、その通りじゃな。世界樹は姿形(なり)こそ馬鹿デカい木じゃが、その実態は魂の集合体か何かじゃ。魂の故郷と表現しても良いかもしれん」

「それを破壊するということは……」

「――すなわち全ての生命が死に絶えるじゃろう」


 あくまでも推測じゃが、と口にする地母龍の表情は、自分の言葉が誤りであれば良いと願っているようだった。


「世界征服より、余程性質(たち)が悪いですわね……」


 本気でそんなことを考えるような存在と、何らかの交渉を行なうのは、どう楽観的に考えても無理があるだろう。


 文字通り、交渉の余地など存在しないのだ。


 つまるところ、対策など一つしか思い付かなかった。






 この夜の会話はここで終了した。

 特に何かが進展した訳でも解決した訳でもない。

 ただ、認識を共有しただけに過ぎない。


 あまりにも何事も無く、自然と終わった。


 だからこそ、地母龍は全てが終わり部屋に戻った後でようやく気付いた。


 魔王にしろ令嬢にしろ、彼女の言葉をただの一度も疑わなかったことに。




 


----





 昔話の夜より五日後。


 どうにか軍を動かせるだけの最低限の準備を整えた連合国は、性急に過ぎる迅速さで出撃を決定した。


 蜥人族(リザードマン)族長のもたらした調査結果により、小鬼族軍の進路が確定したためだ。

 事情を知る者はそうであって欲しくないという想いだったが、敵軍は耳長族の国――より正確には世界樹を目指していることが確定した。


 つまるところ、敵の目的は穴だらけの推測通り世界樹――この世界の根幹をなすソレの破壊であった。


 これに対し連合軍は、動かせるだけの全てを動員することに決める。

 要塞線防衛部隊の残存五万および、各方面軍からかき集めた七万――合計十二万にも及ぶ大軍を投入すると発したのだ。

 それはこの時における、ほぼ全軍を意味した。


 対して防備に回した部隊は後備役――実態は各部族の元戦士階級からなる老体達――から緊急招集した部隊となる。

 数こそ三万と立派ではあるが、その大半は編成すらろくに完了していない状態にあった。



 無論、この無理な動員に対して反発が起きる。

 大反発と表現しても良い。


 中でも特に、蜥人族族長からの反対は強烈なものであった。

 常日頃の彼――荒波を立てることを嫌う姿――を知る者からすれば、驚愕すら覚える。


 しかし、その主張は至極真っ当な忠言だった。


 膨大なリスクに対してリターンが少ない――いや、無いと断言できる。このような侵攻は即刻中止すべきである、と。


 令嬢ははじめこそ表向きの説明――敵首魁(しゅかい)の位置を特定できている内に奇襲すべきだ――で押し切ろうとしたが、結局は主だった者達に対して素直に事情を説明することにした。


 無論、表向きの説明とて建前ではあるものの、同時に事実を含むため押し切ることは出来ただろう。


 だが、普段なら有り得ないことだが、彼女はそれをしなかった。


 事情を話すうちに、もし自分がこんな説明を受けたとして果たして信じただろうか、と令嬢は自問自答する。


 さほど考えるまでもなく、苦笑と共に答えは出た。


 ……きっと最後は信じたのだろう。


 事実、地母龍の言葉を信じたように。


 信じるに値する者の言葉は、それだけ重い。

 だからこそ、自分を信じてくれるであろう彼らに対して、令嬢は真摯でありたいと願った。


 その甲斐があってなのかは誰にも分からないが、やはり彼らは信じてくれた。


 魔王と令嬢の言葉を。

 その荒唐無稽で誇大妄想じみた『世界滅亡の危機』などという内容は兎も角として。

 少なくとも信を置く者の言葉と態度は信用した。


 どのみち完全な放置は不可能である、という事実が多分に作用したのは間違いないが、消極的にせよ積極的にせよ、最終的には結果は同じだった。



 こうして、史上初にして最後となる――魔王軍による大侵攻が開始することとなった。



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