第31話 最弱魔族転生 〜『略奪』スキルで異世界成り上がりでハーレム作ってやる〜(後編)
今にして思えば、結局のところ魔王なんて誰でも良かったのだろう。
人間達には戦争をしかけるだけの口実と、魔王を倒したという対外的な実績が作れれば、それこそどこの馬の骨だろうと構わなかったのだと思う。
たまたま各国を旅して名が多少売れており、たまたま多くの種族を引き連れており、たまたま『あれこそが魔王である』などと世間に認知させ易い存在が居たのは、彼らからすれば幸運だったはずだ。
お膳立ての労力すら省け、それが倒すのに苦労もしなさそうな最弱種族であったのは、運命すら感じたかもしれない。
これほどまでに生贄に適した存在は、世界広しといえど他には居ないはずだ。
結論からいえば、逃亡は悲惨なものになった。
俺が魔王だなんて笑えない冗談を知った当初は、楽観的な気分が残っていた。
勘違いだと説明すれば、きっと分かって貰えるなどと思っていたのだ。
多くの国で色々な出会いをした俺達は、正直顔が広いと自惚れてすらいた。
きっと皆が味方してくれるはずだ、と。
現実が無情だと知ったのは、それが初めてだったかもしれない。
殆どの国が俺達との関わり合いを拒否し、説明すらさせて貰えなかった。
優しげな国ほど、その傾向が強かったのは新鮮な驚きに満ちていた。
恐らく国際社会との調和やら、他国との軋轢への懸念、もしくは圧力等々……様々な問題から、そうせざるを得なかったのだと思う。
大半の国は門前払いに等しい扱いだった。
まぁ、これでも関わらないと決めた国は、積極的に討伐しようとした国よりもかなり穏当な対応だろう。
少なくとも見逃してくれる程度の優しさは見せてくれたのだから。
顔が広いという自己評価も、案外自惚れだけでは無いのかもしれない。なんの役にも立たない話ではあるが。
ちなみに、救いと表現するのが正確かは分からないが、一部の魔族なんかは割と協力的だった。
援助を約束してくれる国もあったし、場合によっては戦力まで出すといってくれる国もあった。
武闘派な国に多くみられる傾向だった。
これも結局は、祭り上げようという魂胆が透けてみえるのが虚しかった。
恐らく、彼らも戦端をひらく口実を求めていたのだろう。
俺を魔王だと断定した人間達と最も敵対していながら、彼らこそが最も似通った存在なのかもしれない。
ある意味では、お似合いの関係だ。
間違っても近寄りたくないという点でも一致する。
誰も助けてくれないと理解した俺達は、自力で逃げる以外の選択肢が無いことを遅まきながらに悟った。
どの勢力にとっても、俺は生贄の羊なのだ。
逃亡生活は半年ほどで限界を迎えた。
一人、また一人と仲間が減っていく。
パーティーを自分の意志で抜ける者は意外なほど少なく、彼女らが抜けていった要因は主に非自発的な理由――この世からのリタイアだった。
楽しかった旅の二割にも満たない期間で、俺達の人数は逃亡開始当初の三割以下――両手の指で足りるだけの数になっていた。
日に日に荒んでいくのを実感する。
意外だと言ってしまうと失礼な話なのだが、この状況を最も悲しみ、そして激昂していたのは人間であり聖女であるセレナだった。
彼女は最後まで付き合ってくれたし、こんな不正は許されないと常に真剣に怒ってくれていた。
人間である彼女なら、いつでも逃げることは出来るはずなのに。
あれはどこだったか……もう、場所も思い出せないが、いよいよ以って駄目だと考え始めた頃の話だ。
セレナは最後の手段だと言いながら、自国――人間達の中心国家であるゴトフリード王国に単身帰還することを提案しだした。
勿論、パーティーから離脱したいという話では無い。
俺が魔王などではないとお偉いさんに説明し、声明を撤回するように説得するというのだ。
この時はじめて知った話だが、なんと彼女はゴトフリード王国先王の弟の孫らしい。
まぁ、つまるところ、まがりなりにも王族となる訳だ。
なぜ王族がこんなことを? とは問うたが、曖昧な話しか教えてくれず正確なところは分からなかった。
いや……昔話で言葉を飾っても意味は無いだろう。
単純な話、俺がそこまで強く聞かなかっただけだ。
もしかしたら事態が改善するのではないかと、助かるのではないかと、期待してしまったのだ。
その考えに、頭が支配されてしまっただけなのだ。
焚き火から乾いた音が響いたのを、なぜだか妙に覚えている。
俺は深刻そうな表情を作りながら、火を見つめていたのではなかっただろうか。
結局、藁にもすがる想いで彼女の提案にのった。
俺はこのことを生涯――いや、永遠に悔いることになる。
もっとよく考えるべきだったのだ。
彼女もまた、生贄の羊であったのだと。
彼女も内心そんなことは理解していたからこそ、最後の手段としていたのだと。
この世には、火種は多ければ多いほど良いと考える連中が居るのだと。
俺は、もっとよく考えるべきだった。
彼女が戻ったのは……単身出立してから七日後のことだった。
――彼女は、その首だけが、俺達のもとに戻ってきた。
その後のことは、あまり語るべきことは残っていない。
あの瞬間にアルという名前のゴブリンは死んだのだと思う。
少なくとも、この世で最もソイツを殺したい存在は、俺だったはずだ。
だからこれは、残骸めいた話に過ぎない。
首だけとなったセレナに縋り付き、泣き叫びながら俺は何かを誓った。
もう、その誓いが復讐だったのかすら曖昧だが、俺は何かを求めたのだと思う。
そして何のご都合主義か――全く笑えない話だが、望みは叶ってしまった。
嘘から出た実なのかは知らないが、俺は確かに魔王となったのだ。
もしかしたらドラゴンの女王あたりは察していたのかもしれない。
今代の魔王は世に出るつもりが無いのではなく、そもそも自身が魔王だと気付いてすらいない、救いようのない阿呆だったという訳だ。
怒りとも発狂ともつかぬ状態のまま、俺は魔王軍を作り上げた。
多くの人にとってはた迷惑な話だろうが、魔王が持つ絶対命令権――魂への強制力により、多くの魔族を無理矢理に従えた。
そして俺は、逆襲を開始した。
人間や亜人に対しての大反撃は、当初は順調に思えた。
生贄の羊がまさか本気で魔王となり、ましてや反撃してくるなど予想していなかったのだろう。
だがそれも、思わぬ反撃を喰らって驚いた一瞬の隙に過ぎなかった。
常日頃から魔族との戦いに備えていた人間達の前に、烏合たる魔王軍は次第に押し込まれていく。
真っ当な戦争は一年も続かなかった。
半ば瓦解した魔王軍は大規模な行動がとれなくなり、散発的なゲリラ戦もどきに移行する。
最後まで支え続けてくれたノアとクシィも、この辺りで戦死した。
俺のイカれ具合も、この辺りで加速したと記憶している。
怒りと悲嘆で真っ当な判断をくださない指揮官に率いられた敗残軍の末路など、誰でも想像がつくだろう。
凄惨の一言だ。
あれは、ついに大陸の端のほうまで追い詰められ、残存兵力の中核であるゴブリンが殆ど死に絶えた時だったか。
もはや怒りが何かすら理解できぬほどに沸騰した俺の頭が――突然内側から弾け飛んだ。
何故それを知覚できたのかは分からない。
だが、弾け飛んだ俺の死体から、極彩色の光が溢れ出したのは理解できた。
そして、それは世界を包み、実にあっ気なく世界は滅んだ。
何が起きたのか、当時は全く理解できなかった。
恐らく条件を何か満たしたのだと後に理解したが、大した意味は無かった。
――俺は、二周目に突入した。
次で過去話は終了となります。
出だしの軽さと比較して、少々重めの話になりましたが、お楽しみ頂けたなら幸いです。
毎度の口上となり恐縮ですが、ご感想等々心よりお待ちしております。