第28話 ご令嬢はお伽話を所望するもの(後編)
令嬢は場所を変えることにした。
これから行なわれる話は、極力誰にも聞かせたくなかったからだ。
より正確には、誰に聞かれても良くない結果になると予感したからに違いない。
「――それで、何ゆえ私の部屋なのでしょうか」
「それは、貴方にも関係のある話だからですわ。宰相殿」
未だ病み上がり――というよりは、怪我人そのものである獣人宰相は、礼節正しくもため息一つで済ませる。
「承知いたしました、レディ。それで、どのようなお話なのでしょうか?」
「昔話を聞かせてほしいのですわ」
「なんじゃ、寝る前の伽話でもご所望かの?」
鼻白んだような表情を浮かべる地母龍に、令嬢は朗らかな笑みすらを浮かべ頷いた。
「えぇ、その通りですわ。何度も人生を繰り返している、龍と狼のお話をお聞かせ願えませんか?」
「…………」
地母龍の顔に常に浮かぶ諧謔味が、ほんの一瞬だが鳴りを潜めた。
「それは、誰から聞いた……?」
「小鬼族の襲撃直前、耳長族長老からですわ」
「む……」
知った男の名を聞き、地母龍は小さく唸る。
そして、なるほどと呟きながら、いつもの砕けた顔に戻った。
「なるほど……なるほどの。そうか……しかし、むぅ……」
腕を組みワザとらしく悩むそぶりを見せる地母龍からは、一瞬感じた危うげな気配は消えていた。
「ううむ……いずれ、とは思っておったが……」
「地母龍よ。良いタイミングではないのですか? いずれは聞かせるつもりだったのでしょう?」
「そうなのじゃが……何と言うか、ワシ発信で無いのが腹立たしいのじゃ。何ぞ、上手くのせられているようで嫌な感じじゃ」
どうでも良い理由を聞き、獣人宰相は心底うんざりとする。
「貴女の馬鹿は死んでも――いえ、何万年経とうと治らないのですね。逆に安心しますよ」
「誰がバカじゃ、誰が。お主も同じ穴のムジナじゃろうて」
呵呵と笑う地母龍と、天を仰ぐような仕草の獣人宰相。
その様子を見ながら、話に全く付いていけない魔王が手を挙げる。
「すまんが……話の流れがさっぱり見えん。最初から説明をしてくれ」
「そうでしたわね……説明いたしますわ。少し前の話なのですが――」
令嬢は、彼らが不在のタイミングで耳長族長老が来訪した際のことを伝える。
彼から聞いた不吉な忠告を。
曰く、小鬼族を滅ぼせば、誰にとっても不幸なことが起こる。
曰く、龍族の王と獣人族の元王は人生を繰り返している。
曰く、勇者もしくは魔王の消滅、いずれかの種族が一定数以下がトリガーである。
曰く……神は不在である。
「――神は不在……確かにそう言ったのじゃな? 間違いはないな?」
「えぇ、それだけは保証する、とも」
「そんな馬鹿な……それでは、私達はいったい……」
最後の一つは、地母龍と獣人宰相にとって、よほどの衝撃をもたらしたらしい。
誰が見ても分かるほどに動揺していた。
少なくとも、それを取り繕うことすら忘れている様子なのは珍しい。
「――いずれかの種族が、一定数より減ると宜しくないことが起きる、そうも言っていたのじゃな?」
「それについては、細かくは違うかもしれないとも言っておりましたわね」
「なるほど……いや、もしかすると気付いていない条件もあるのかもしれん、か」
比較的冷静に考えを巡らせる地母龍に対して、獣人宰相のほうは未だ衝撃冷めやらぬといった様子である。
普段の二人を知る者からすれば、よほど衝撃的な反応だ。
「狼の、落ち着かんか。その可能性は内心考えておったじゃろう。そして何より、これでよう分からんかったことが、幾つか理解できる」
「えぇ……えぇ、理解しています。しかし、……」
「しかしもカカシも無しじゃ。受け入れよ。お主もワシも敵などおらんかった。それだけじゃ」
「――貴女は、よく受け入れられますね……」
「元よりムカついたから噛み付いたまでじゃ。腹を立てる相手がおらんのなら、致し方あるまいて」
いつもより大げさに呵呵と笑う地母龍の態度に、少しだけ無理を感じとれる。
「数万に及ぶ年月の結果が……これですか」
「理解できただけ、善しとするしかあるまいて」
「…………」
長い沈黙が場を支配する。
その中心に居る二人が、どういう心境なのかは分からないが、魔王も令嬢も口を挟まずにただ待った。
「――申し訳ございません。話の腰を折ってしまいました」
「気にするな、宰相よ。正直、何のことか理解はできんのだが、お前には重要なことだったのだろう」
「はい……」
獣人宰相が落ち着きを取り戻したことを確認し、魔王が改めて地母龍を見やる。
「何のことだかサッパリ理解できない俺にも分かるよう、説明してくれるのだろうな? そもそも人生を繰り返すとはどういう意味だ?」
「うむ……まぁ、いずれは教えてやるつもりじゃったしの。良い機会だから、秘密を教えてやるのじゃ」
内緒じゃぞ、と口元に人差し指を当てる姿は、酷く愛らしくコミカルな仕草である。
だが、その口から吐き出される言葉は、恐ろしげな秘密の告白であった。
「この世界は……何度も滅びておる。正確には、繰り返し――いや、やり直しているのじゃろう」
「やり、直し……?」
「人生を繰り返すとは、滅びた後に再度始まった世界で、前世の記憶を完璧ではないものの保っているということじゃ」
生きとし生ける者の大半にとって、この世に隠された真相を知るなど、狂気を覗き込むに等しい。
「何がキッカケになるか毎度違うゆえ、てっきり神の悪戯なのかとでも思っておったのじゃがな……神は不在ときたか。なるほど、アレに意思は無いのじゃなぁ」
語るようでいて独白のような、曖昧な言葉が地母龍の口から紡ぎだされる。
「待て、滅びているとはどういう意味だ? アレとは何だ? 言っている意味がさっぱり分からんぞ」
「滅びとは文字通りよ。全ての生き物が死滅……というより、消滅しよる。影に飲み込まれるという方が見た目的には近いかのぉ? 生き物だけが飲み込まれるのじゃ。そしてまた別の生き物が吐き出される。恐らくは総入れ替えじゃな……毎度飲み込まれるゆえ、客観的に見た訳ではないが」
「消滅――総入れ替えだと? 影とは? 原因は?」
「それは勇者か魔王から――と、その前に魔王よ。ちと落ち着け。順に説明するのじゃ」
「世界が滅びるなどと聞いて、落ち着ける奴が居ると思うのか?」
「まぁ……それは、そうじゃなぁ」
次から次へと襲いかかる質問に、地母龍は苦笑しつつも妙に冷静になれたことを自覚する。
あまりにも非現実的な話をするには、凡庸な反応を得るほうがバランスが取れて丁度良いのかもしれない。
永くを生き、幾人もの超人と出会ってきた彼女からすれば、ここまで常識人な魔王は妙な新鮮味と――何故か既視感があった。
「あぁ……そうか、そういうことなのじゃな」
ふと、地母龍は今更のように気付く。
「今度はなんだ? 意味深なことばかり言いやがって。もっと分かりやすく話せ」
「いや、こんなことも忘れておるとは耄碌したものじゃ、と反省をな」
魔王の頭に大量のハテナが浮かぶ。
相も変わらず話が分かり辛いのだ。これはある種、老人特有の現象なのかもしれない。
魔王は思わず、ババァめと悪態をつきそうになった。
「世界樹じゃよ。この世界の根幹にして、何度となくこの世界を滅ぼした元凶。恐らくは敵の狙いはそれじゃな……」
「小鬼族の狙いが分かりますの?」
「あぁ、今気付いた――と言うより、思い出したのじゃ」
地母龍の断言ともつかぬ言葉に、令嬢は身を乗り出して詰め寄る。
「どういうことですの?」
「推測なのじゃが、恐らくワシら以外にも転生を繰り返している――つまり、滅びを迎えながら自我を保った者がおる。正気かまでは定かではないがの」
語るまでもなく、人は死ねば己を失う。
無に還るか死後の世界に行くか、その死生観は宗教によって様々だが、概ね輪廻を繰り返す類の話において記憶を維持できるものは少ない。
どのような形にせよ、死とは終わりなのだ。
よほど特殊な事情が無い限りにおいて。
「ふむ……まぁ、希望通り、昔話をするかの」
終わりを迎えながら続きをするということは、それ相応に代償が必要となる。
それこそ、古今のお伽噺が教えてくれるように。
「既に記憶が消えている部分も多いのじゃが、とある凡庸な男の話じゃ――」
故にそれは、むかしむかしと語られる――
いよいよ物語の佳境となります。
次話以降、少々過去話が続きますが、予定では2〜3話で終わる予定です。
その後は遂に最終決戦となります。
それでは、次回
「第29話 最弱魔族転生〜『略奪』スキルで異世界成り上がりでハーレム作ってやる〜」を乞うご期待ください。
(珍しく次回予告)




