第27話 ご令嬢はお伽話を所望するもの(前編)
ゴトフリード王国第二王子との会談は、彼の到着後すぐに行なわれる運びとなった。
夜も遅い時間だったので、まずは休息を……という話に勿論なったのだが、当人から迅速な面会を求められれば、少しでも情報が欲しい連合国側に断る理由は無い。
令嬢としては、絞り出せるだけの情報を絞ってやる、といった気概で望むつもりだった。
「――やぁ……久しぶりだね」
「随分と、酷い姿ですのね……」
だが、元婚約者だった男の変わり様は、令嬢にとって不意打ちのような効果を発揮する。
記憶の中の彼は、まさしく誰もが思い描くような王子様然とした、いつも身奇麗で爽やかな好青年だった。
「すまないね、こんな格好のままで」
所々擦り切れたマント、金属鎧についた幾つもの傷、本人の手や顔にも傷痕がある――それでも、血や土の汚れは目立たない程度に落ちていた。
可能な限りは身奇麗にしたのだろう。
それでも野戦ずれした雰囲気が、否応なく明らかな違いとして肌に伝わってきた。
少なくとも令嬢が知る彼は、こんなに疲れた笑みを浮かべることは無かったはずだ。
「――何があったのだ? まずは状況を説明しろ」
最上位者の作法としては正しくないかもしれないが、動揺している令嬢をフォローするため、魔王がまず口を開く。
彼としても、一度しか会ったことが無いとはいえ、この変わりようには驚いている。
故に理由を知りたかった。
情報を少しでも早く得たいという現状にも一致する感情である。
断じて、令嬢と第二王子を喋らせたくないからでは無いのだ。それはこんな時に抱く感情では無いのだから。
「……失礼しました、魔王陛下。まずはこのような不躾な時間に来訪したことを、謝罪させてください。また、皆様にお時間をとって頂いたことに、心よりお礼を」
第二王子と同席する八名の貴族・騎士らが、頭を垂れる。
「この者達は私と共に国元を脱出した、ゴトフリードの有力貴族の次男や三男達――の、生き残りでございます」
「当主や長男達はどうした?」
本来くるべきはずの者はどうした、と言外に問われ第二王子は沈痛な面持ちとなる。
「半数は、貴国への侵攻に参戦しておりました。残りは防衛戦力――という名目で、小鬼族軍を背後より奇襲するための兵力を各々準備していたはずです」
第二王子の返答に、令嬢は自身の予想が当たったことを理解する。
かつて予測した通り、彼らは小鬼族と連合国が疲弊したタイミングを見計らっていたのだろう。
そこまで考えて、令嬢にほんの少しの疑念が湧く。
幾らなんでも口が軽すぎるのではないか、と。
「我々は同盟国との連絡要員として国外に駐留していたのですが、十日ほど前にゴトフリード襲撃の報を受けると共に、駐留先の国も襲撃を受け、帰国することも出来ない状況となりました」
一応は蜥人族族長の報告とも一致する状況だった。
恐らくは要塞線に現れた増援が進発したタイミングで、各国に進軍を開始したと予想がつく。
「駐留国よりの要請もあり、我々は同盟各国に援軍の要請を行なうべく行動したのですが、どの国も――少なくとも小鬼族共と隣接する国は既にどこも襲撃を受けており、自国の防衛に手一杯の状況で……」
「それで……まさかとは思いますが、交戦国に援軍を求めにきたとでも言いますの?」
令嬢の言葉に、第二王子は苦々しい表情を浮かべた。
「敵の敵は味方と言うだろう……?」
「敵の敵は、ただの第三者ですわ。もしくは、別の敵ですわね」
「かもしれない……だが、これから味方になれる可能性はあるんじゃないかな」
「虫が良すぎる話ですわよ……」
どう考えても罠だろう。
ノコノコと出向いたら襲撃を受けるのは目に見えている。
これを素直に信じる者に軍を指揮する資格は無い、と令嬢は確信すらした。
本来なら、間違いなくそう考える。
「頼む……聞いて欲しい。小鬼族と戦った貴方達なら分かるはずだ」
第二王子は令嬢を含む連合国面々――魔王、地母龍、蜥人族族長――を真っ直ぐと見つめる。
その視線は真摯なようでいて、どこか鬼気迫るものを含む危うさがあった。
「――小鬼族は異常だ……女も子供も、ろくな武器も持たずとも一心不乱に攻め寄せてくる姿を見たなら、分かるはずだ。僕自身、ここに来るまでの間に何度か交戦している。五〇〇居た兵は、ろくに武器も持っていない敗残兵を相手にしてすら、既に一〇〇まで減ったよ……」
令嬢は蜥人族族長に視線を向ける。
「要塞線の防衛部隊から聞き取った限りでは、第二王子殿がおっしゃる通り、女も子供も関係なく尋常ではない戦意であったとのことでござる」
ここ数日の間に、令嬢も同様の報告は受けていた。
曰く、狂気的な襲撃であった、と。
また、戦意――と呼んで良いものかは悩みどころだが――が異常に高く、全滅判定以上の損害を与えてもなかなか潰走しないとも報告を受けた記憶がある。
「勿論、国を救いたい気持ちが一番だが、アレをどうにかして止めないとマズいことになる……」
「ろくでもないことを始めたのは、貴方達でしょうに……」
「虫の良い話なのは分かってるんだ……お願いだ、助けて欲しい」
第二王子が懇願するように頭を下げた。
その姿に令嬢は、またしても驚くこととなる。
自身を正当化せず、素直に頭を下げた姿など初めて見たかもしれない。
「このままでは……我々は……」
項垂れる第二王子を見ながら、令嬢は悩む。
これは本気なのではないか、と。
令嬢が知る第二王子に、これほどの演技ができるとは思えなかった。
端的にいえば、彼は素直な部類の人種なのだ。
それに、彼の語る内容が全くの出鱈目でもないと考えられる点も大きい。
連合国が持つ情報とも辻褄が合い、人間達の困窮具合を加味すれば、ある程度は信用もできる。
「――ゴトフリード王国が陥落したと聞いているのですが?」
「……まだ、この目で確かめた訳じゃない。だが、同盟国に居る間に報告を受けたんだ……少なくとも、王都と王城は陥落したと」
「その貴方が居た同盟国は未だ健在ですのに? 私が知る限りではゴトフリードは人間の中でも最大規模の軍が有ると思うのですが?」
第二王子を疑うような言葉を述べながら、令嬢は全く別の方向――小鬼族の動向に頭を働かせていた。
「ゴトフリードには二〇〇万の敵が侵攻してきたと聞いている。だが、一方で数万程度の軍勢しか差し向けられていない国もあるようだ。各方面への戦力分布には、偏りがあると思う」
それは当然といえば当然の話だろう。
攻撃目標に優先順位はあって然るべきだ。
その点について、令嬢も何も不思議には思わない。
如何に狂気的だとはいえ、今までの小鬼族の行動を考えると明らかに無策ではない。
むしろ何度も出し抜かれていることを考えれば、非常に狡猾な敵だろう。
これまでの経緯を考えると、概ね目立つ攻撃目標を攻めている裏で別の目標が設定されている。
海戦に目を集中させれば中立国を狙い、連合国に大侵攻をかけていると思えば人間達に牙をむいた。
もし連合国が主目標であれば、今頃こうしている暇は無いだろう。
では、と令嬢は考える。
もしかするのではないか、と。
「ゴトフリード王国以外で、大規模な侵攻を受けている兆候はございませんの?」
「幸い僕が立ち寄った国々は持ちこたえているが、幾つか既に落ちた国もあるみたいだ」
「お教え頂けませんこと?」
「地図はあるかな……?」
その言葉に、蜥人族族長は素早く書棚から地図を取り出し机に拡げる。
「小鬼族の国を中心に考えると、むしろこちら――連合国とは逆側に近いのだが……」
こことここだ、と指さされた国は、概ね南に位置する国だった。
その方向に、一つ思い当たる節がある。
「――敵主力は、恐らく耳長族の国を目指しておりますわね。この侵攻路上に他に目立つ国はありませんもの」
既に陥落した国は、小鬼族の国から耳長族の国に侵攻するルート上の国ばかりだ。
他の更に弱小な国が持ち堪えている以上、そのルート上にかなり大規模な部隊が居ることは間違いない。
「ほぉ……耳長か」
令嬢の予測に、地母龍が真っ先に反応した。
「何かございまして?」
「いや、なに……あそこの長老とは少しだけ面識があってのぉ」
「そう、ですの」
地母龍の返答に、慌ただしくしていたために忘れかけていた事柄を思い出す。
耳長族長老が残した、あの不吉な忠告だ。
「――蜥人族族長殿」
「はっ!」
「至急、小鬼族軍主力の位置を割り出してくださいまし。方面は分かりますわね?」
「御意に。数も多いかと思われる故、さほど時間はかからないと思うでござる」
「お願いいたしますわよ」
第二王子の語った内容が嘘で無い限り、恐らく敵の主力はすぐに補足できるだろう。
蜥人族族長であれば、抜かりなく他方面も調査してくれると信頼している。
第二王子の話が嘘であれば、それはそれで構わない。
問題は本当だった場合、どう対処するか、に尽きる。
そもそも敵の目的すら分からない。
彼らは世界征服でもしたいのだろうか?
何を理由に?
考えても分からなかった。
明らかに情報が不足している。
今更ではあるが、小鬼族はこれだけ目立つ存在だというのに、驚くほど実態が見えない。
彼らは何の声明すらなく、淡々と狂気をばら撒いている。
令嬢は、まずは知る必要があることを認めた。
今まであまりにも敵を知らずに戦っていた失態を、素直に認める。
ならば、することは一つだろう。
「第二王子殿下……援軍派遣の件は、今暫くお時間をくださいまし」
「あ、あぁ……! 勿論だとも。しかし、時間が無いことも理解してほしい……」
「分かっておりますわ」
令嬢は魔王と地母龍に視線を向ける。
「お二人とも……まだ夜更しは可能かしら?」
「それはまた、お肌に悪そうじゃのぉ」




