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第25話 魔王とは最も強きもの



 踏み潰される蟻の気分を知っているだろうか?


 もし想像しやすいのであれば、小さな蜘蛛を想定しても構わない。

 好みなのであれば、別に芋虫でも良いだろう。


 自身を百倍する巨体を見上げる気分というものを理解できるのであれば、何だって構わない。


 果たして、思い浮かぶだろうか。


 見上げた視界を埋め尽くす影を。

 空を遮るほどの恐怖を。

 全容を理解できない破壊を。


 そして、あまりにも唐突に訪れる死を。



『■■■■■■■■■■■■■■■

 ■■■■■■■■■■■■■■■

 ■■■■■■■■■■■■■■■』



 想像してみてほしい。


 馬鹿みたいにデカい足の裏が、迫り来るその瞬間を。






----






「何ですの……アレは……!」


 それは、もはや災害だった。


 たった二頭の生物が巻き起こした現象だと、令嬢の脳は咄嗟に認識できなかった。


 敵軍の只中に降り立った巨大な狼と龍は、ただその着地の衝撃のみで数千人を死傷させている。


 そんな光景を一目で理解しろというのは、酷な話であろう。


「あれは……宰相と地母龍(ババァ)か?」

「なんですって?」


 令嬢は魔王の言葉に驚愕する。

 自身の知る彼らと、大破壊をもたらす存在が、すぐには一致しなかったのだ。


「魔力の波長が同じだ。恐らく間違いない」


 魔王の言葉に、令嬢は巨大な獣を観察する。


 令嬢は魔力で人物を判定する技を持ち合わせてはいないが、なるほどと納得できた。


 確かに巨大ではあるが、灰色の狼と、地を歩む龍である。特徴は一致するといえなくもない。


 そして、かつて本人が言っていた通り、小さな島くらい吹き飛ばしてしまえそうなほどの龍族(ドラゴン)であった。


 この世でただ一人、翼を持たぬ地龍だ。

 まさに地母龍の名に相応しい姿であろう。


「それにしても……なんて……」


 大きさなの、と続く言葉は、頭上を見上げるうちに消え去ってしまった。


 全長二五〇メートルの大狼と、全高三〇〇メートルの二足歩行の龍は、その威容だけで全てを破壊できそうに思えるほどの巨体である。


 真っ赤な夕日を黒い影で切り取った光景は、まるで抽象画のようだった。

 タイトルをつけるなら、きっと『破壊』だろう。


『――――!』


 地母龍が巨大な口を開き、周辺の魔力を根こそぎ吸い上げる。

 その様はまるで、この世全てを喰らい尽くそうと唸り声をあげるようで、


「…………ッ!?」


 ――閃光が走った。


 そして、やや遅れて衝撃と爆風と音の奔流が襲いかかる。


 吹き飛びそうになる令嬢の身体。

 それを魔王が抱きかかえていることに気付いたのは、更にその後だった。



「これは……いかんな」


 魔王は、遠く地平の果てまで続く破壊の跡を見て呟く。


 直線五キロほど、高熱でマグマのように赤熱化した大地が尾を引いている。

 ブレス(熱線)の射線上に存在したものは、生物非生物問わず跡形もなく融解しただろう。

 遠くの山は形状まで変わっていた。


 まごうこと無く、史上最大規模の大破壊である。

 ただの一撃でそれをもたらす存在とは、正しく破壊の権化であろう。


 だが、そんなことよりも……魔法使いである魔王は別の点に気付いた。


「――あのまま暴れ続けると、あの二人死ぬぞ」

「どういうことですの?」


 大狼が遠吠えと共に数多の紫電を走らせる。

 大地には黒焦げた破壊の爪痕だけが残った。


 動くものは何も残らない。


「燃費が悪すぎる。自前の魔力で身体を維持しきれていない。周辺の魔力を手当たり次第取り込んでいるが、そんなものすぐに干上がる」


 かつては魔王の加護なりで賄えていたものを、無理矢理動かしている弊害であった。

 無論、魔王達は理解していない事柄であり、地母龍たちは当然承知のうえだった。


「すぐとは?」

「この感じだと、一〇分も保たない」


 令嬢は大暴れしている狼と龍を見やる。


 恐らく先程のブレスと雷撃で、敵軍は数万以上の損害が出ているはずだ。


 あの巨体であれば、動き回るだけでも大損害を与えられる。

 今こうしている時にも、毎秒数百以上が死傷しているだろう。


 確かに一〇分もあれば、敵軍は壊滅的なダメージを被るように思えた。

 そうともなれば、自分達は助かるだろう。


 しかし、



「……わたくしが何を考えているか、分かりますわね?」

「あいつらの負担を減らせば良いのだろう? 五分で片を付ければ、どうにかなるはずだ」

「出来ますの?」


「――俺を誰だと思っているんだ?」


 安心しろ、と呟くと魔王はバルコニーから戦場へと飛び出した。



「……格好つけ過ぎですわよ」





----





 飛行魔法で上空――高度一〇〇〇程度まで飛び上がった魔王は、戦場の中央付近で停止した。


 味方に損害を出さず、効率的に打撃を与えるには、その辺りが丁度良いと判断したのだ。


 魔力をほぼ消費しきるため単独では使えなかったが、今この状況であれば使える魔法を選択する。


 最も短時間で敵を駆逐し得る、魔王の最大奥義である。



『――終着の果て、淀んだ虚より零れ落ちよ


 終末の水にして、原始の炎よ


 全なる澱よ 無色の檻よ


 この(うつわ)を、静寂で満たせ


 我が門を開き(溢れ)我が意を示す(堕ちよ)――』



 魔王とは個の極地である。


 始原の魔力を加護とする、魔の王である。


 当世一の大魔法使いが、その力を手に入れたのであれば――



『――根源より滲め夢幻の光(アイン・ソフ・オウル)



 ――極限へと達する。




 魔王の膨大な魔力により天空が裂け、極彩色の光が降り注ぐ。


 それは文字通り、天の空間を引き裂き、この世ならざるものを流出させる大魔法である。


 無論、光に意思は無い。


 ただ無慈悲に、無感動に、無節操に、あらゆる者に分け隔てなく降り注ぐ。


 だが、気のせいだろうか。




【肉の一欠片、血の一滴すら……許さない】




 まるで、そう聞こえるような光景であるのは。



 ただの一撃を以って、敵軍はその半数を消失した。


 文字通り、消失したのだ。




 ――後の歴史書には、魔王城攻囲戦は戦闘開始より僅か七分で終了したと記載されている。小鬼族(ゴブリン)軍の全滅を以って。



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