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第24話 獣は舞い降りた



「こりゃ参ったのぉ……」


 上空から魔王城とその周辺を見下ろす地母龍は、絶望的な光景を目にしながらも、気軽な様子で苦笑いを浮かべていた。


「あやつら、生きておると良いのじゃが」

「笑えない冗談です、それは」


 付き合いきれぬといった表情で応じる獣人宰相だが、(とが)めるような言葉とは裏腹に、彼とて然程の心配はしていなかった。


 夕日に赤く染まる光景が血を連想させ、不吉に思えただけだ。


「それに、あの様子ではまだ攻城戦は始まっていないでしょう」


 大軍に取り囲まれつつある魔王城を見つめながら、獣人宰相は現状を把握しようと努める。


 一見すると包囲は完成しつつあるが、火の手が上がっている訳でも無い。

 攻撃の予兆は有るものの、多少の時間が残っていることは見て取れた。


 致命的状況であることは間違いないが、まだ何かが終わった訳ではない。


 彼にとっては、それだけで十分だった。


「はてさて、狼の……どうするかの?」

「まだ救いようがあるのであれば、救うまでです」

「即答か。しかしだ、仮に救ったとして、ここから逆転が出来ると思っておるのか? 困難なのは分かっておろうに」

「困難と不可能は全く別物です」

「だが、良く似ておる」

「えぇ……ですが、別物なのです」


 頑なな様子に、地母龍はため息を吐く。


「お主……あの娘っ子――令嬢に、自分を重ねておるのじゃろ?」

「何を……」

「この状況も似ておるしの。昔の自分を救いたいんじゃろ?」

「…………」


 獣人宰相は咄嗟に何も言えなかった。


「――なんじゃ、お主……気付いておらんかったのか?」

「いえ……えぇ、しかし、そうかも知れません」


 かつて滅びた世界の情景が脳裏に浮かぶ。


 彼は攻める側であり、彼女は傍観者ではあったが、確かにこの光景はよく似ていた。


 人の世の理を呪い、全ての人間を滅ぼそうとした大狼の記憶である。

 何が原因かも分からぬまま失敗した、元魔王の後悔でもあった。


「お主ら、そもそもの話、戦争に向いてないんじゃろうな。常識的過ぎて、面白みが無いのじゃ」


 感性こそ非常識ではあるものの、令嬢の思考は極常識的な判断の積み重ねで構築されている。

 獣人宰相も非常識なまでの力を持ち合わせているが、それを振るうべき人格はどこまでも常識の範囲内であった。


 故に、彼はかつて失敗した。


 だからこそ、彼女は今まさに失敗しようとしている。


「流石は魔王を喰った勇者ですね……辛辣過ぎて言葉もありませんよ」

「あれは不味かったのぉ……まさか、あんなことで滅ぶとは思ってもおらなんだ」


 かつて世界を滅ぼした勇者は呵呵(かか)と笑う。


「――ま、詮無きことよ。今さらじゃ」

「例え無能と罵られようと、貴女のような感性は要りませんね」

「後悔に意味は無いと言っておるだけじゃ。要はこれから何をすべきかよ」


 そう口にした地母龍は、笑ってはいなかった。


「賽は投げられています、とっくの昔に」


 獣人宰相は迷いなく言う。


「致し方あるまいか……負けてしまっては元も子もないからの。まだ温存したかったのじゃが……」


「若い者を助けるために命を使うのが、私達のような者の役目でしょう」


「……ま、老人らしいかのぉ」


 獣人宰相の言葉に迷わず頷く地母龍。


 結局のところ、何だかんだと言いつつも、彼女とて常識人の端くれではあった。





----





 時は、地母龍達が上空に達する少し前に遡る。


 場所は、籠城準備に勤しむ魔王城――



「――城下街の撤収状況は如何ですの!」

「撤収自体は完了でござる! 住人収容が完了次第、城門封鎖を――」

「どこでも良いので、急ぎ収容を! 最後の住人が橋を渡りきったら、すぐに爆砕してくださいまし!」 

「御意でござる!」


 走り去る蜥人族(リザードマン)族長を見送り、令嬢は周囲の様子を覗う。


『防御部隊の配置は――』


『トラップの起動を……宝箱なんざ要らん――』


『結界の出力を――』


 誰もが慌ただしく走り回る魔王城は、慎ましく表現しても鉄火場の様相となっていた。


 城を放棄する案も出たが、本拠地を失陥した勢力に今後協力しようという国は出てこないだろう。

 そんな理由で撤退案は棄却された。


 薄氷のごとく溶けて消えてしまいそうな可能性でも、無くなってしまうよりはマシである。


 無論、このような状況に追い詰められた以上、既に信用を喪失したことは誰しも理解はしている。


 結局のところ、逃げてもどうにもならないだけであった。



「――令嬢よ、籠城の準備は問題ないか?」


 常と変わらぬ様子で魔王が令嬢に尋ねる。


 その内実は不安と焦りで満たされてはいるが、少なくとも表には出さないよう努めていた。


「問題だらけですわよ……準備はしておりましたが、あの数を相手にそう何日も持ちませんわ」

「そうか……なら、すぐにでも終わらせないといけないな」


 それに何より、最後は自分がどうにかすれば良いという覚悟と自信が、魔王にはある。


「――やることは、分かっていますわね?」

「敵の指揮官を最短で倒せば良いんだろう」

「えぇ……後方の――恐らく、あの辺りが怪しいですわ。陣でも張ってくれれば、分かりやすいのですが」


 普段であれば美しい景色が一望できるバルコニーから、令嬢は遠くを指差す。


 今は大地を埋め尽くす無数の黒い点――敵集団しか見えない。


「人間の軍が見当たりませんが、好都合ですわね。小鬼族の軍は数が多すぎて、恐らく指揮官が足りていないはず。どうにか指揮系統を破壊できれば、数の多さが仇となり瓦解する可能性は高いですわ」


 令嬢の表情は、自分の言葉を信じこもうとするようだった。


「恐らく、はず、可能性か……」

「……いじめないで、くださいまし」

「そういうつもりで言ったのでは無い。実際のところ、どうなのだ?」


 俺に誤魔化しは要らないと暗に伝える魔王は、令嬢の不安を和らげるような口調で言った。


「普通の軍であれば、言った通りですわよ」

「問題は、普通ではないことか」

「えぇ、想像も付きませんわね。情けない話ですが」


 その気遣いを理解した令嬢は、心底素直な心境で不安を吐露(とろ)する。

 無意識のうちに、最期のその時くらい素の自分で居たいとすら思っていた。


「いっそ、奇跡でも祈った方が確実かもしれませんわ」

「珍しく、弱気じゃないか」

「この状況で強気になれませんわよ……」

「安心しろ、どうにかしてやる」


 魔王は、令嬢の肩に優しく手を置く。


 その言葉の通り、安心しろ、と。


 それが引き金だった。


 限界だった。


「――あんな数、一人でどうにか出来る訳ないじゃない……」


 これが、常日頃から無理をして強がっている、まだ十代の少女の限界だったのだ。


「魔王が死んだ例なんて、幾らでもあるのよ? あんなの相手に……アナタ、死ぬわよ……!?」


 突然の涙に魔王は驚き……は、しなかった。


 彼女が本当は普通の少女であることなど、とうの昔に理解している。


「令嬢よ……」


 怖いのか? 後悔しているのか?


 思わず、そんな愚問が口から出そうになる。


 だが、魔王は飲み込んだ。


「私のせいで……皆が、……」


「――――了解した。俺が、救ってみせる」


 慰めの言葉を飲み込み、優しさを飲み込み、魔王は覚悟だけを口にする。


 恐らくは無理だろうと理解しながら。


 最後に魔王は、己の恐怖すら飲み込む。


「……ごめんなさい」


「何を謝る」


「巻き込んだこと、力が及ばなかったこと……色々ですわ……」


「――まぁ、確かにな。巻き込まれて良い迷惑だったさ」


 不敵な笑みを浮かべながら、今までの日々を思い返す。

 不思議と不快なものは、何も思い浮かばなかった。


「だが、最後に決めたのは俺だ。だから、これは俺の戦いだ」





----




 日が傾き、世界が赤く染まる。


 夕暮れ時に、敵軍の攻撃準備は完了した。


 これから攻め始めれば確実に夜戦となるが、敵にそれを避ける理由も常識も無かった。


 魔王城に立て籠もる誰もが、地を這う敵を――自身の死期を見つめる。


 猛るもの、冷静なもの、自暴自棄になるもの、怯えるもの、泣くもの、叫ぶもの――その誰もが、大地を埋め尽くす軍勢を見つめていた。


 故に、それは誰にとっても唐突だった。


 意識の外から舞い降りたのだ。




『               

                

                

                

                』



 ――大地が……世界が、揺れた。


 ――だが、地響きは、聞こえない。



 最早、音とは認識出来ない程の咆哮が――全長三〇〇メートルにも及ぶ巨体から吐き出される絶叫が、ありとあらゆる音を掻き消した。


 敵も味方も誰もが何事かも理解できぬまま、それを見上げる。


 あまりにも巨大な、それを仰ぎ見た。





 その日、赤い大地に、かつて世界を滅ぼした――二つの獣が舞い戻ったのだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] な、なんと、令嬢が魔王を足蹴にしないにゃんて((((;゜Д゜)))
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