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第23話 ご令嬢は耐え忍ぶもの



 大地を埋め尽くすような――などという表現は、如何にもありきたりで陳腐にすら感じるだろう。

 大地が揺れるような――などと聞かされても、共感するのは難しいだろう。


 決して簡単に思い浮かぶ光景では無い。

 誰もそれを目にしたことは無いのだから。


 だが、想像してみて欲しい。


 見渡す限り地平の果てまで埋め尽くす軍勢を。

 砂嵐の如く舞う土埃を。

 地鳴りのように轟く軍靴の音を。


 想像してみて欲しい。


 途方もない数の敵を目の当たりにした者が抱ける、数少ない心境というものを。


 どうか、想像してみて欲しい。


 文字通り、一〇〇万を超える大軍と対峙する気分というものを。











「おーおーおー! こいつは、とんでもねぇな!」


 国境防衛用の要塞線――その半分を与えられた大鬼族(オーガ)族長は、実に楽しげな様子で敵軍と対峙していた。


 まるではしゃぐ子供のようではあるが、無論気が触れてしまった訳では無い。

 命という代物に適正価格以上の価値を見出だせない彼からすれば、愉快な現実と対面したに過ぎないのだ。


 あまりにも馬鹿げた光景を、ありのまま受け止められるだけの余裕すらある。


 彼はこの世に馬鹿ばかりが(あふ)れていることを、心底喜ばしいと信じていた。


「おい! 魔王城に伝令を出せ! 十日以上は保証できねぇ、ってな! こいつは無理だわ!」


 戦争狂であり、常に生き残り続けてきた彼は、小気味よく音を上げてみせる。


 戦争を愛しているからこそ、彼は常に真摯だ。

 愛すべき恋人の機嫌を読み違えるような真似だけはしない。


 彼は勝てる見込みが無いことなど、とっくに理解していた。


「ありゃ八割は小鬼族(ゴブリン)だな……全く、どうやりゃあんだけ前線に送り込めるんだ?」


 五万ほどの軍勢を率いる身として、要塞と地形のみを頼りにしなければならない立場として、彼は絶望しなければいけない状況にあるだろう。


 大軍を通し得る平野部を塞ぐように伸びる()()()要塞線。その残る半分でも、豚人族(オーク)族長が同じように五万の軍勢と共に立て籠もっている。


 つまり、友軍は併せて一〇万――これはこの世界において、史上最大規模の()()()である。

 しかし、それでも尚、敵の数は十倍に達する。


 相対する敵は文字通り、人類種史上最大の軍勢なのだ。


 正に絶望すべき状況である。


「いやはや……こいつは楽しくなりそうだな」


 故に彼は自身の死地を、得難いものを見付けたような心境で悟った。





----





「――前線の状況は如何ですの?」


 要塞線が敵軍と接敵して十日後、もはや常時開催していると言っても過言ではない会議の場において、些か疲れた様子の令嬢が何気ない素振りで全般状況を確認する。


 その態度は、ほぼ不眠不休で働いているトップが示せるものとしては、十二分以上に頼れるものがあった。

 要塞司令たる大鬼族族長が指定した限界の日だと考慮すれば、尚の事である。


「ご報告させて頂くでござる。先般戻った龍族(空軍)の一部が前線に合流し、弱体化していた航空支援が補強されたでござる。これにより要塞線への圧迫は弱まったようでござります」


 蜥人族(リザードマン)族長は、主に独立魔族への交渉(きょうはく)を行なっていた者達のことを言っていた。

 想定していたよりも早期に侵攻を受けた結果、総勢五〇〇騎とただでさえ少ない空軍戦力の四割近くが不在の状況が続いていたのだ。


 戦端が開かれ数日、やっと不在にしていた内の半数が戻ってきたところである。


 残る半数と地母龍および獣人宰相に関しては、未だ戻っていない。

 彼女らはより困難な――より遠方の、人間や亜人に対する交渉を行なっている。


「西側との交渉に出ている地母龍殿達がお戻りになれば、今少しやりようも有るのでござるが」

「そろそろ帰還しても良いタイミングなのですがね……」


 令嬢はここには居ない友軍に思いを馳せる。

 彼女達が戻ったからといって戦況が一変する訳ではないが、その交渉の結果には敵の後方を脅かせる可能性があった。


 仮に(かんば)しくない結果だとしても、疲弊した空軍の補充にはなる。

 空軍頼りの現状、それは十分に万金に値した。


 とはいえ、不在の戦力に頼ることは物理的にできない。

 実際問題として、対峙すべき現実というものがあるのだから。


「あと、どれくらい持ちそうなのだ?」


 そう理解していたのかは兎に角として、魔王は率直に確信を切り出した。


「……実際のところ、要塞線の隙間を突いて少数部隊であれば既に浸透し始めている状況でござる。馬人族(ケンタウロス)族長の部隊が都度撃退してござりますが、全てをカバーするのは厳しくなってきておりまする」


 要塞線などと呼称しているものの、実際に国境線を完璧に塞げている訳では無い。

 複数の要塞と防衛拠点、更に主要道路を封鎖する巨大関門によって、点線のように国境を抑えているのが実情である。


 敵軍が全ての拠点を拘束できるだけの兵力を残置し、侵攻を優先すれば突破そのものは可能だろう。


 空軍による監視と爆撃を避けることが出来るのであれば、だが。


 もしくは多大な犠牲さえ無視できれば良い。


「こちらが疲弊し空軍の稼働状況が悪化したタイミングで、突破を図るでしょうね」

「こうなったら……俺が出るべきなのかもしれないな」


 魔王はある種の覚悟と共に、決意を口にする。


 ただの一個人の増援など、普通であれば間違いなく無意味な行為だ。

 しかし魔王とは、その偉大なる名の通り強大な存在である。

 一〇〇万の大軍を撃滅できるかといえば怪しいが、戦線の一端を単独で担い得るほどには強力なのだ。


 少なくとも、一部例外を除けば勇者以外には傷付けられない、という点で反則的な存在ではあった。


「却下ですわ。危険すぎます」


 だが、それでも抜け道は幾つか存在している。


「――何故だ?」

「アナタ、万が一にも勇者や聖女が出てきても死なない自信がありますの?」

「どうだろうな……実際に戦ったことは無いから、何とも言えん。そもそも本当に勇者なんて居るのか? 聖女というのもイマイチ分からんしな」


 能天気な回答に、令嬢は深いため息を吐く。


「ご自分の天敵でしょうに……」


 とはいえ、ある意味致し方無い面はある。

 勇者のそれに比べれば分かりにくい――目立たない性質ゆえに、誰しもが聖女というものを曖昧にしか理解していないのだ。



 仮に知らぬ者のため端的に説明するならば、聖女と呼ばれる者は劣化版勇者とでもいうべき存在である。


 誰も傷付けられない魔王を倒せるのが勇者であれば、聖女とは魔王という存在を誰しもが傷付けられるように貶める者だ。

 但し、戦闘能力は完全に人のそれであり、密着するほどに肉薄する必要がある。


 つまるところ、聖女とは直接戦闘能力を持っていない勇者ともいえる。


「勇者に関しては……置いておくとして、聖女につきましては昨今腐るほどおりましてよ」

「聖王国の女王もそうだったか? いまいち実感が湧かないが」


 令嬢の言葉通り、聖女と呼ばれる者はここ数十年で劇的に増えている。


 世界の危機を救うために神が遣わした、などと大衆は訳知り顔で(うそぶ)くが、偶然にも的外れと言い切れない話であった。


 少なくとも、硬直し行き詰まっている世界を動かすために、超常の何かが産み落としていることに間違いは無い。


「何にせよ、今は()()危険を冒す必要はありませんわ」

「しかしな……どうにかしないとマズいのではないか?」

「相手は一〇〇万などという、途方もないほど馬鹿げた大軍ですのよ?」

「あぁ、そうだ。だからこそ追い詰められている」


 故に、誰かが救う必要があると魔王は主張していた。


「追い詰められているのは、向こうも同じですわ」


 だからこそ、令嬢は無用だと断じるのだ。


 あくまでも『今はまだ』と条件付きではあるが。


「……どういうことだ?」

「一〇〇万なんて大軍、どう考えても一ヶ月も維持できませんわ。ましてや、略奪を前提とした小鬼族が殆どともなれば、ろくに兵站も整っていないでしょう」


 事実、策源地から近い魔王軍ですら一〇万を超える軍を維持するには困難を抱えている。


 侵攻軍である敵情は、間違いなくそれ以上に悲惨なものがあった。


「この戦いは如何に敵の限界まで粘れるかの勝負です……問題は――」


 敵とて、それを理解している点こそ最大の問題であった。


 戦争とは、常にそれの問題となる。




「――緊急の伝令です!」


 故に令嬢は、扉を壊しかねない勢いで飛び込んできた兵の様子に『またか』と罵りたくなる。


「何事でござるか!」

「敵軍に、増援が合流したとの報告です!」


 なるほど、嫌がらせの手腕において、小鬼族にしろ人間にしろ敵は見事であると認めざるを得なかった。


「……数は、どの程度ですの?」


 今さら数千ということはないのだろう、と令嬢とて理解していた。

 聞きたくないと心のどこかが駄々をこねるが、それでも聞くことを立場と覚悟が求める。


「敵増援、更に五〇万とのことです……」



 令嬢は天を仰ぎたくなるような思いで、呪詛めいた事実を口にする。


「――前言を撤回いたしますわ。危険を冒す必要は、向こうからやって来ましたわよ」




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