第22話 ご令嬢は秘密を知るもの(仮)
それは全く以って思わぬタイミングでやってきた。
地母龍や獣人宰相を筆頭に、多くの者が各地への交渉に出立した五日後のことである。
この日は偶然にも魔王すら公務で一日不在にしている日だった。
「――この度の戦勝を言祝ごう。同盟国として」
「これはこれは、随分と辛辣なご挨拶ですのね。耳長族長老殿」
「これでも表敬訪問のつもりなのだがね」
応接室の豪華な――無駄に大きめのソファーで優雅にくつろぐ男は肩をすくめる。
なまじ少年の似姿なためか、妙に違和感を覚える構図に見えた。
率直に表するならば、不気味と言い換えても良い。
無論、このようなタイミングで襲来してきたことに対する警戒心――不安が多分に影響していることは間違いない。
「白色竜ちゃん……お茶のお代わり頂けませんこと」
この気分のまま少年もどきと対峙するのは宜しくない、と直感した令嬢は心を落ち着けるためお茶を飲み干す。
そして、不気味さを雪ぐため、誠の少年を目で堪能することとした。
「はいでふ……」
メイド服を着せられた哀れな白髪の少年は、着慣れぬ服に難儀しながらも責務を果たそうとする。
誰も居ないから、と――いう口実で――無理やり人型形体に変身させられ、給仕をするなら服装も正式なものに着替えましょう、あらメイド服しかないのね、でも可愛いから大丈夫ですわ、さぁさぁさぁ――というやり取りの末に、やったこともないメイドの真似をさせられている龍族は、恐らくあらゆる世界においても不幸に違いない。
そして、威厳の欠片も無い少女のような姿を嫌い、常に龍形体で過ごしている少年に対して、可愛いを連呼した挙句に『男の娘』に仕立てあげた令嬢は、三千世界で一、ニを争える人でなしであった。
しかし、令嬢を一方的に非難できる話だと一概には言い切れないだろう。
擬態が可能で令嬢より戦闘力のある者が他に居ないことで起きた不幸なのだ。
少なくとも、建前上は。
「――それで、今日はどのような楽しいお話を聞かせて頂けるのかしら」
劣情に似た感情を抱くことで人心地つけた令嬢は、意を決するように耳長族へ視線を移す。
「表敬訪問であるのは本心だとも。だからこそ、敬意を払い手土産――忠告をしにきたのだよ」
「手土産がご忠告とは……随分と妙なお話ですのね」
「有益な情報ではあると保証しよう。正直なところ、想定していた展開とは異なり些か驚いているのだよ」
「……今さら止めろと? いえ、止められるとでも?」
「話を急いてはいけないよ、君」
紅茶の香りを楽しむようにカップを口元に運びながら、耳長族族長は苦笑いを浮かべる。
「止めろなどとは言わない。むしろ、この状況を作り上げた君を尊敬すらしているのだよ」
「……嫌味、ではないのですね」
「あぁ、心からの本心だとも」
令嬢は困惑する。
一体全体なにが狙いなのか、と。
「だからこそ、心からの敬意と共に、不幸な結末を回避すべく忠告をしたいのだよ。君が相手でなければ口にすることもなかった言葉だ」
「まるで……愛の告白ですのね」
全く嬉しくはないが、随分と熱心な言葉であることは令嬢も理解できた。
「告白……そう、ある意味では告白なのだろうね」
何を考えているか読めない――狂人の如き態度や言説とは裏腹に、その瞳には曇りが一切見当たらない。
それがより一層、不気味に思えた。
「――君達に忠告しよう。間違っても小鬼族を滅ぼしてはいけない。いや、正確には一定数を割り込ませると宜しくないはずだ」
「滅ぼすな? どういう意味ですの?」
「言葉通りの意味だ。宜しくないことが発生する。君にとってもだし、私にとってもだ。恐らくだが、誰にとっても不幸だろう」
「仰ってる意味が全く分かりませんわ」
「――言葉通りの意味なのだよ。誓って、言葉の通りだ」
恐ろしいまでに真っ直ぐな瞳で見つめられた令嬢は、思わず目を背ける。
「……そのような曖昧な話では、理解できかねますわね。ハッキリとお聞かせ頂けませんこと?」
「そうなるのは当然だろうね。だからこそ、私から聞くより身内から聞いた方が信用できるだろう。私から聞いても、きっと君は信じてはくれないだろうからね」
だから秘密を告白しよう、と少年の形の何かは――虚ろな穴のような口を歪ませる。
「君のところの龍族の王と、獣人族の元王は、何度か人生を繰り返しているよ」
「…………何、ですって?」
それは、まさか――と、令嬢は一つの事象を思い浮かべる。
まさか、自分と同じく、
「前の時にも、その前の時にも、私は会っている」
「――前? 何を……」
「私のとっておきの研究成果を、彼らに伝えると良い。きっと教えてくれるはずだ」
混乱する令嬢を置き去りに、耳長族長老の独演は佳境を迎えようとしていた。
「トリガーは『勇者もしくは魔王の消滅、そしていずれかの種族が一定数以下』だ、とね。それで影――穴は開くはずだ」
細かくは違うかもしれないが、と得体の知れない存在は笑った。
「いったい……何を、言っていますの……?」
令嬢は酷く困惑した。
理解のできない話が、何故か酷く恐ろしいものに感じる。
狂人の戯言と断じてしまいたいのに、何故かそれができない。
「それと、こうも伝えると良い」
これは、致命的な話だ。
この世界の秘密の告白なのだ。
「――神は不在だったよ。これだけは保証する、とね」
それは正しく祈ることすら出来ない類の話だった。
「さて……随分と長居してしまった。それでは、またお会いできることを祈っているよ。心の底からね」
「貴方……いったい何者ですの?」
「良いかい? 死亡ではなく、消滅だ。そして小鬼族共には魔王の加護も、勇者の呪いも適用されていない。覚えておくと良い」
令嬢の言葉を笑顔で無視した少年は、不気味な言葉を残し去っていった。
そして、因果関係は不明だが、入れ違いになるように予期されていた凶報が届く。
――敵軍が国境線に向かって進発したのだ。




